逆鱗
短めです
「今夜一晩、ギルドの仮眠室を使ってもいいですよ?」
それが、受付嬢の提案であった。
流石に申し訳ないと断ろうともしたが、押し切られる形で仮眠室を使わせてもらうことになったのだ。
それに──
「この時間にいきなり押しかけても、泊まらせてくれる宿はほとんどありませんよ? ここアリムルは海に面した交易都市です。冒険者はもちろんのこと、商人たちもここで宿を取りますからね」
この言葉が最後の一押しとなった。
さすがに今日まで2日間を海で過ごしているため、今日こそはベッドに入りたかったのだ。
仮眠室はひとつしか借りれていない。
それにベッドもひとつ。
普通の男女であればどちらがベッドを使うのか、いやここは2人で分け合うべきだ。
などと、ドギマギするイベントがあるのかもしれないが、海上では互いのトイレも見合った俺と秋守は平然と同じベッドに入っていた。
あ……トイレを見合ったって変な意味じゃねぇぞ。あれは事故だったんだ。断じて俺が覗いたとか、そういう話ではない。
「あー、やらかしたな」
「どうしました?」
「いや、あんだけ冒険者がいたんなら鑑定でも使って、実力を見とけばよかった」
それもそうですね。と、秋守の声が耳元で響く。
俺達が強いかなんてのは割りとどうでもいいもので、問題なのは自分が周囲と比べてどのくらいの差があるのか、だ。
要するに、テストの点数よりも偏差値の方が自分の実力を知りやすいってことだな。
それ次第で、どう立回るのかを考えるべきなのだ。周りより弱ければ強くならねばならないし、周りより強いなら悪目立ちしないように注意しないといけない。
「名瀬君」
「なんだ?」
「今度から名前で呼んでも? 私のことも名前で呼んでいいので」
「構わない」
「分かりました。では、おやすみなさい。雪兎」
「ああ、おやすみ。紅葉」
女子から名前で呼ばれるのは、どこかくすぐったいような気もしたが、俺は自分の思っていた以上に疲れていたらしい。
こみ上げるような睡魔に身をゆだねてから、眠りに落ちるまでは一瞬の事であった。
***
「おはようございます。ナゼさんにアキモリさん」
「おはようございます」
「うー」
受付嬢に挨拶を返す。
秋守も挨拶を返したつもりなのだろうが、それだとただのうめき声だぞ。コイツ、本当に風紀委員だったのだろうか。
髪もネグセだらけでボサボサだった。
まあ、俺の『水魔』と『風魔』を使って綺麗に整えたけどな。
「お二人の魔力が多いせいか、カードへの魔力定着がもう終わってましたよ。渡しておきますね」
「ありがとうございます」
そうして、俺と秋守はギルドカードを受け取った。
「ギルドカードを所有する冒険者はFからA。そして、最高のSまでの7段階でランク付けされています。Cよりもランクが低い場合は、年に一度以上依頼を達成しなければギルドカードを停止しますのでご注意ください」
その他にも、いくつかの決まり事を教えられたが、その全ては常識的なことであった。
正当防衛を除いてできる限り人を殺さない……なんてのもあったが、できる限りってところに闇を感じるな。
「早速、依頼を受けますか?」
「いえ、守衛の方に身分証明書できるものを手に入れたと言いに行かないといけないので、今日はやめておきます」
「そうですか、依頼書が掲示されているのはそこの階段を登った先の2階です。依頼を受けたい時は気軽にどうぞ」
「分かりました。いろいろとありがとうございました」
「どういたしまして♪」
と、俺が受付嬢に感謝の言葉を伝えて、カウンターを離れようとした。
その時だった──
「ガハハハッ! そんなヒョロっちぃのが冒険者だぁ? 坊やはママに抱かれて寝てなってんだ!」
大声でそんなことを叫ぶオッサンがいた。
2階から依頼書を持ってきたところのようだが……スルーだな、無視無視。
伊達に一年間以上イジメを無視はしていない。これくらいのスルースキルは持っていて当然だ。
俺は何事も無かったかのように、秋守の手を引いて出口へと向かった。
「──オィ、待てよ」
「ッ!?」
驚いた。先程まで、階段を降っていたオッサンが、一瞬にして俺の目の前に現れたのだ。
俺はハッとしてオッサンのステータスを鑑定する。
──────────
名前:ディレック
年齢:29
Lv:109
種族:人間(男)
職業:冒険者Bランク
~能力値~
器用値:1097
敏捷値:1478
魔力値:561
知力値:412
筋力値:1789(+1789)
生命力:1300
精神力:1163
固有スキル
『怪力Lv.Max』
『瞬間移動Lv.2』
共有スキル
『剣術Lv.8』『体術Lv.7』
『威圧Lv.5』『直感Lv.5』
───────────
強い……!
ステータスやスキルも俺が見た中では最高レベルの実力だ。
てか、筋力値がおかしなことになっている。プラス値と合わせて3578って、表記間違ってない?
「……待てって言われてもな」
「おーおー、言ってやるさ。お前らみたいなロクな装備もつけてない、鍛えてもいない。そんなやつらにゃ、冒険者は向いてねぇってな」
むー、なんとなくだが、このオッサンからは悪意ってのを感じない。
イジメという悪意に晒されていたせいで、人の悪意には敏感のなのだが、コイツから感じるのはむしろ善意の方だ。
「心配してくれてるのは嬉しいよ。でも、俺は強い。アンタほどじゃないにせよ、それなりに実力はあるつもりだ」
「ほう……」
オッサン……ディレックが目を細めた。悪人面が相まって凶悪な人相になっているが、何となくわかる。俺を見極めようとしてるんだ。
だが、ディレックの応えの前に別のところから声が上がった。
「オイオイ、ディレックさん。アンタみてぇな人が、そんなガキになめられちゃいかんでしょ」
「グルースか」
そう言って現れたのは、ディレックと同じく悪人面の──しかし、チンピラ臭がぷんぷんするような男であった。
「それに、お前もお前だ。お前が弱いことくらい、一目瞭然だっつーの。そんなに強いって言いたいなら、その娘を賭けて俺と決闘でもどうだい?」
「あ゛?」
その娘──それは明らかに秋守のことを指していた。秋守自身はまだ眠気が取れていないらしく、むにゃむにゃとしているが……。
これは、許せないな。
「後悔……するぞ?」
「キャハハッ! 馬鹿もここまでいきゃぁ、滑稽なもんだ!」
「お前のパーティ全員を相手にしてやる。表に出ろよ」
いかん、秋守のことが絡むとどうしてか頭に血が上りやすくなってしまう。だが、後悔はしていない。
受付嬢が突然のトラブルにあたふたしているな、後で謝っておこう。
「なぁ、ディレック?」
「なんだよ」
「殺してもいいのか?」
「形はどうあれ決闘だからな。別にいいが……グルースもそれなりに慕われてるやつだ。もちろん俺を含めた周りの心証も悪くなるぞ?」
ディレックの言葉には「グルースを殺せば、俺が黙ってない」。そんな言葉が含まれていた。
まあ、ディレックとは敵対したくない。今の俺で、彼相手に勝てるビジョンが見えないからな。
だが……殺す寸前ならいいはずだ。
俺とグルースのパーティとの決闘は、冒険者ギルドの裏にある訓練場にて行うこととなった。
普段は新人冒険者向けの講習がある訓練場だが、ランクCであるグルースの戦いを見れるとあって講習は急遽中止となっていた。
しかし、相手が俺だと分かるとギャラリーは退屈そうな表情を浮かべる。俺の惨敗を確信しているのであろう。
「ちゃんと五体満足に返してやれよー!」
「へへっ、俺もそこまで鬼畜じゃねぇよ!」
あー、なんでこんな決闘受けたんだろ。
今更ながら後悔するが、後悔して決闘が無くなるわけでもない。
「んじゃまぁ、賭けるもんをいうか。お前は何が欲しい? 金か? 宝か?」
「何もいらない……でも、強いて言うならお前達の力だよ」
「何言ってんだお前……」
「直に分かる」
そして、俺が賭けるものも言わねばならないようだ。秋守をモノ扱いするのは気に食わないが、どうせ形だけだ。我慢しよう。
「俺が賭けるのは秋守紅葉だ。これでいいな?」
「おうよ」
グルースのパーティは合計で5人。
対する俺はたったのひとりだ。
「竜を倒すつもりで来い。そうしないと直ぐに終わるぞ?」
訓練場に溢れるのは失笑。
秋守やディレックは神妙な面持ちでこちらを見ているが、それ以外の奴らは俺の子とを『妄言を吐く餓鬼』だとでも思っているのだろう。
だが、ギャラリーの顔に驚愕の色が浮かぶのはそう遠い先の話ではなかった。




