良心の呵責
結局、港町に到着したのは夕方になってからであった。
「お前達、入るなら急げ! もうすぐ門が閉まるぞ!」
そして、あともう少しという所で門の守衛が大声をあげた。もちろん、俺たちに向かって叫んでいるのだろう。
「走るぞ」
「はい」
そう言った瞬間、秋守が凄まじいスピードで駆け始めた。唖然としつつも、俺もそれに続く。
てか、敏捷値400の差はデカイな。秋守が俺にペースを合わせてくれるまで追いつけなかったぞ。
まあ、とにかく門が閉まる前に到着できて良かったよ。
「へぇ、なかなか速いな。冒険者か?」
「まあ、そんなところです」
守衛さんにも褒めてもらえた。
ちょうど、その時に門がひとりでに閉じ始める。
「前もって設定した時間に閉まるようになってるんだ。閉まれば王族が外にいようと開かないぞ」
と、守衛さんは笑って言った。
良い人そうでなによりだ。
「ところで、ギルドカードや身分を証明するものは持ってるか?」
「いえ」
「それだと、一時滞在許可しか出せないな。それも二日ごとに更新しないと行けないがどうする?」
へぇ、人の出入りはかなり厳しめにチェックしているようだ。しかも、身分証明ってことはそれなりに戸籍制度がしっかりしているのかもしれない。
「お願いします」
「手数料として、1人につき銀貨一枚を貰うぞ」
えっ、お金?
まずい、さすがにお金は持ってないぞ。
仕方ない。あの手を使うしかないだろう。
「えっと、銀貨を見せてもらえませんか?」
「どうしてだ?」
で、ですよねー。
創造で銀貨を創ろうと思ったのだが、どうしよう。
──と、俺が悩んでいると、守衛さんは怪訝そうな顔をしながらも銀貨を見せてくれた。あざっす。
「手に持っても?」
「はあ……構わんぞ」
よく観察して、形から重さまで全てを調べる。それに加えて、鑑定によって銀の含有量まで調べた。
そこで、銀貨を守衛さんに返した。
よし、できるはずだ。
俺はポケットの中に先ほどの銀貨を創造した。そして、あたかも元から入っていたかのようにそれを取り出す。
「どうぞ」
「確かに受け取った」
すみません、守衛さん。あなたの善意を利用して、お金を偽造しました。
懺悔をしつつも、守衛さんが書類を書き終えるのを待つ。そして、程なくして守衛さんが紙を持ってこちらに来た。
「名前と出身地を聞くぞ」
あっ、また思わぬ落とし穴だ。
名前はともかく、出身地……?
なんと言えばいいのか迷う俺だったが、何故か秋守が俺より先に質問に答えた。
「秋守紅葉。出身地はジパングです」
ドヤァ……無表情だが、分かる。あれはドヤ顔だ。しかも、かなり自信満々のドヤ顔だ!
てか、ジパングって、いつの時代の話だよ。
「ジパングか……大変なところから来たんだな」
は……通じた?
唖然とする俺をよそに、守衛さんは俺の方を向いた。俺も名乗らねばならないのだろう。
「名瀬雪兎。同じくジパングの出身です」
「分かった……」
守衛さんはそのまま紙に俺達の名前と出身地──ジパングと書いてゆく。その目には涙が浮かんでいた。
ど、どういうことだ?
「辛いだろうが頑張れよ。これは俺からの餞別だ」
そう言って、守衛さんは俺たちに銀貨を渡した。当然断ったが、それでも守衛さんは無理矢理に渡してくる。
「どうせ飲み代に消える金だ。お前達が持ってたほうが、その金も喜ぶだろうよ」
「は、はい」
「この金があれば、冒険者ギルドでカードを発行できる。ギルドは街の中心部だ。カードを作ったなら、またここに来るんだぞ? 手続きの更新が必要だからな」
結局、押し切られる形でお金を受け取ってしまった。
俺としては、めちゃくちゃ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
特に守衛さんの「頑張れよっ!」って見送りが心にしみるね。主に罪悪感がしみてるわけだが。
「秋守さん、ジパングってなによ?」
「黄金の国……だと思います」
秋守さんも知らないようでした、ハイ。
無表情だけど冷や汗をダクダクとかいてるし、彼女も罪悪感でいっぱいなのかもしれない。尻尾や耳もどこかションボリとした哀愁を放っている。
まあ、気にしすぎてもよくない。守衛さんのアドバイス通り、冒険者ギルドへ向かうことにした。
迷うかとも思ったが、街の人に道を尋ねるとすぐにその場所は分かった。
「この道沿いに行った先に見える大きな建物だよ」
その言葉だけで分かるほどに、冒険者ギルドは大きかった。
いや、日本で見た建物と比べればそこまで珍しい大きさではないだろう。だが、多くて三階建て程度しかない街並みの中で、それは一際目立っていた。
「時計塔と一緒になってるんですね」
「らしいな」
ようやくたどり着いた冒険者ギルド。五階建てはありそうなそれは、大きな存在感を放っている。
俺と秋守は恐る恐るギルドの扉を潜った。
「すごいな」
「はい」
そこは酒場だった。
西部劇で見るような、丸いテーブルが並び、その奥にカウンターがあるような酒場だ。
外から見れば石造りの立派な建物だったのだが、内装には木材を採用しているらしい。照明である魔法の炎によって、赤く照らされた木材たちは温かみのある色で包まれていた。
唯一西部劇の酒場と違うのは、その広さとなかにいる人間だ。ギルドは広いし、それにそこにいる人間達の中にガンマンなどはいない。
剣や槍、斧や槌を携えた冒険者たちである。
ここで……あってるんだよな?
正直、893のアジトと言われれば信じてしまうほどに、中にいる人たちの人相が悪い。
だがそれでも、怖気づきつつも、出入口で立ち尽くすのは迷惑だろうと足を進める。
とりあえず、テンプレ通りなら奥のカウンターでニコニコと営業スマイルを貼り付けている可愛らしい女性。彼女がギルドの受付嬢だろう。そうであって下さい。
そんな俺の祈りが通じたのか、カウンターの女性は俺が目の前に立つと快活な声で──
「ようこそ、冒険者ギルドへ!」
よ、よかった。確かに、ヤクザの事務所ではないようだ。
俺が心の底から安堵していると、受付嬢が「どのような御用でしょうか?」と用件を聞いてきた。
「ええっと、ギルドカード? ってを発行してもらいに来たんです」
「承りました。では、冒険者としてギルドに登録するということでよろしいでしょうか?」
「構いません」
「それでは、手続きの前に手数料として……お二人ですから銀貨2枚をいただきますが?」
「どうぞ」
守衛さんから貰った銀貨と、創造で創った銀貨を一枚ずつ差し出した。
それを受け取った受付嬢は、「書類をお持ちしますので、暫くお待ち下さい」と言ってカウンターの裏手に言ってしまった。
「名瀬君はああいう女性が好みなのでしょうか?」
「ん、どうしてだ?」
「………どうしてでしょう?」
……たまにだが、秋守と話のテンポが合わないことがあるな。まあ、特に問題はないけど。
「好み……ね。確かに可愛らしい人だとは思うな」
顔つきは幼くおっとり系であるが、ちゃんと意志を持って行動する──俺が受付嬢に持った印象はそんなものだ。
「でも、可愛いと好きは別物だからな、何とも言えん。それこそ、相手の表面だけ見て、キャーキャー言うような軽薄な好意は持ちたいとは思わないよ」
「そうですか。では、私のことはどう思ってるんです?」
「な──」
また言いにくいことを聞くな、秋守は。
どう答えようかと逡巡していると、ちょうどいいタイミングで受付嬢が戻ってきた。
「では、こちらが書類となります。必要事項を書いて下さい。必要でしたら代筆しますが?」
「大丈夫です、自分で書きます」
この世界の言語は謎の力によって習得済みだ。なんか、収容所にあった書物とは違う言語で書かれているようだったが、それでも読み書きは完璧にこなせる。
必要事項は名前、生年月日、性別、出身地。そして、使用する武器などを書けばいいようだ。
出身地をどうするかと迷ったが、秋守が『ジパング』とドヤ顔で書いているのを見て、まあいいかと俺も『ジパング』と記入した。
「じ、ジパングから……大変でしたでしょうね」
「はは……そうですね」
ううっ……同情の念が心に刺さるゼ。
目を潤ませ、涙をこぼしそうになっている受付嬢に心を痛ませつつ、俺と秋守は書類の必要事項を書き終えた。
「では、確かに。最後にカードを作成しますので、作成に必要な『血』の提出をお願いします」
「血……ですか」
そう言って受付嬢は小さな針の付いた道具と、小さな紙切れを取り出す。どうやら、その針で指を刺し、そうやって出た血を紙切れに落とせばいいらしい。
「殺菌消毒は徹底していますので、心配はご無用です」
と、受付嬢は自信満々に言った。
まあ、俺は変な病気にかかろうと治るから関係ないけどな。
時間ももったいないため、早速針で指に傷をつけ、紙の上に血を垂らした。
「秋守、しないのか?」
「針……怖いです」
「は?」
「どうして針なんです? 体に異物を入れるという行為自体信じられません。金属です、そう金属なんです。言ってしまえば銃で撃たれるのと同じ。そもそも、指先って神経が集中してるんですよ? そんなところに針を刺すなんて頭大丈夫なんですか? ええそうです。痛いのは怖いです、針も怖いです、とにかく注射が怖いんですよッ!!」
突然、狂ったように、それも饒舌に針への怨嗟を語る秋守。
その普段との変わりように、俺だけでなく受付嬢さえも唖然とする。
ついでに言えば、獣耳はピコピコピコッ!! 尻尾はブンブンブンッ!! と、言った具合に荒ぶっている。
秋守様のご乱心だ。
「落ち着け、秋守。別に指先じゃなくてもいいんだぞ?」
確かに俺は指先でやったが、それは俺がちょっとやそっとの痛み程度は、麻痺して感じにくくなっているからだ。
「じゃあ、どこなら痛くないんです?」
「そりゃぁ……尻とか?」
「穴?」
「ンなわけあるか!」
可愛い顔して、なんて事を言ってんだよこの狼っ子は。
まあ、仕方ない。こういう時こそ、魔法に頼ることにしよう。
「ちょっと手を貸せ、魔法で血を採ってやるから」
「痛くない?」
「もちろんだ(試したことないけどな)」
俺が習得している『癒魔』のレベル5は、『血』に関係する魔法を使うことが出来る。血を作ったり、増やしたり、綺麗にしたり……色んなことが出来るのだが、血を抜くことも出来るのである。
ちなみに、鑑定スキルのお陰で知りえた情報だ。スキルの説明まで見れるなんて、今度からは鑑定先生と及びせねばなるまい。
「採血──」
血をどれだけ採るかをイメージし、魔力を込める。すると、秋守の手首のあたりから宝石のような赤い粒が浮き上がってきた。
そして、浮かび上がったそれをそのまま操作して、さきほどの紙切れの上に落とす。完璧だ。
「『癒魔』ですか? 今のは」
「そうですよ」
「すごいですね。これほど習熟した魔法の使い手であれば、ランクアップも早いでしょう」
受付嬢も感心したように言う。
ごめんなさい、ポイント使って創ったスキルです。あなたに尊敬されるほどの魔法じゃないんですよ。
ああ、どんどん罪悪感が増していく。しがらみだわぁ。
「では、確かに血を頂きました。これからその血を使って、カードとの定着作業を行いますが一晩はかかります。お渡しは明日の昼ということで大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです」
「そうですか……それと、あなたが良ければなのですが──」
突然の受付嬢の提案。
その提案に俺と秋守は再び胸を痛めたが、ありがたくその提案を受けることにしたのだった。




