第四戦目
俺にしては珍しく宿には困らなかった。
何故って?
闘技大会参加者はちゃんと宿を用意してもらえるのだ。だが……
「一人部屋って……なにそれ」
パーティで登録していれば、そのパーティメンバー分の部屋も用意してくれるらしいのだが、生憎と俺は登録時ソロだったからな。
つまり、ブランとシェンのぶんの部屋はないのだ。
そして、ふたりはというと──
「ゆきとと寝る!」
「御主人様の隣で寝るのですよ!」
うん、男としては嬉しいんですがね。
それ絶対寝れないやつだからな。主に興奮して眠れない。
結局、オフトゥンを創造して床で寝ることにした。
何気にオフトゥンは久しぶりだ。心地よく寝れ──
「ふにゅぅ……まいろーど」
寝相……悪すぎね?
寝ていたらシェンがベッドから落ちてきた。
大きな胸がクッションとなって、あまり痛くなかったが、このシチュエーションは俺の下半身の精神衛生上よろしくない。
本人は気持ちよく寝ているようなので、起こさないように気をつけて剥がそうと──
──ホールドされたッ!?
四肢全てを使って、体を拘束された。
これは……だいしゅきホールドなるものではないのだろうかッ!?
だが、された俺からすればタダごとではない。
胸が……胸が顔に押し付けられ、逝ってしまいそうなのだ。
しかも、こいつ何気に力が強い。自称神使というのは伊達ではないらしい。少なくとも俺より力が強いぞ。
し、死ねる……。
そうして俺が昇天しかけた時、助けてくれたのは他でもないブランであった。
「ふにゅ~」
ブランもベッドから落ちて、その衝撃によりホールドの位置がズレた。
巨大な双丘は俺の口元から、額のあたりにまでズレたお陰で呼吸を再開できたのだ。
「ハァハァ……」
だが、生命の危機は脱したが、俺は更なる危機に晒されていた。
後ろから……ブランが抱きついている、だとッ!?
朝、お湯を持ってきてくれた女の子が、サンドイッチしてた俺の姿を見て優しく微笑み、そのまま湯を置いて部屋を出たのは一生の思い出だよ。
***
「基本的に、殺さなければ何でもOKです。ただし、嗜虐性のある行為が見られた場合はこちらの判断で失格とします」
試合終了はどちらかが降伏、または戦闘続行不可能と判断した場合らしい。
だがまあ、それは最後に残った32人の話で、その前に大勢いる参加者をふるいにかけるバトルロワイヤルを勝ち抜かねばならない。
「16回ある予選で残った2人が本戦出場……か」
ちなみに、優秀な癒魔の使い手を相当数集めているらしく、ケガを気にしないで大会を盛り上げて欲しいとのことだ。
「では、第一戦は1時間後です。参加する選手は十分前までに控え室に到着しておいて下さいね」
予選は1日8回。それを2日やって、1日空けて4日目からが本戦となる。
俺は第四戦目、つまり俺の初戦は今日だ。
そして、控え室にやってきた。
ブランとシェンは闘技場の上で滞空して観戦すると言っていた。あわよくば、コロシアムの淵に座して観戦するとのこと。
控え室は殺風景なもので、ただ人を詰め込むためだけにあるような空間だ。
そんな中に20人の人間がいた。
つまり、ここにいるやつらが俺の敵となるのだ。
見れば屈曲な男や、百戦錬磨を体現したかのような女など、いかにも腕っ節に自信がありそうな人間が多い。
そんな猛者が集うこの場所で、(見た目は)華奢で童顔な日本人である俺は悪目立ちしていた。
「オイ、ガキがここになんの用だ? 来るんならママのオッパイを卒業してからにするんだな!」
「………」
「俺の忠告が聞こえねぇのか?」
「………」
「舐めやがって!」
絡んできた男を無視していたら拳が飛んできた。
俺はそれを頭をそらすだけで回避する。
「すみません、この方が殴りかかってきたんですが?」
控え室での暴力行為は禁止されている。
俺はそれを係員に訴えた。
「カグさんですね。一度目は注意ですが、二度目は失格ですよ?」
「ちっ……」
ざまあみろ。
もちろん声には出していないが、心の中でそう呟いた。
カグという野郎は俺を忌々しげに睨めつけると、そのまま控え室の奥へと移動した。
まあ、俺も絡まれるのがイヤで係員のそばで待機していたのだが、まさか本当に絡んでくるバカがいるとは予想外だったよ。
「それでは予選第四試合が始まりますので、皆さん表へ出てください」
そんなアナウンスとともに、選手たちが出ていく。
俺もそれについていった。
試合会場は円形のリングの上で行われる。
試合進行を早くするために、場外は失格というルールが有効になっていた。もちろん、本戦ではリングから落ちようとも試合続行である。
『さあさあ、本日第四戦目となりました! 中だるみなんてしないで、熱いバトルを見せてもらいたいものです!!
さて、今回の試合の注目株は歴戦の猛者と名高い、本戦常連にして前大会準優勝のダルネア選手です。その精悍な体つきは衰え知らず。老兵と侮ることなかれ!』
実はダルネアと呼ばれた老人は俺も注目していた人物だ。
二メートルを超える巨躯を誇り、その肉体は筋骨隆々を体現していた。背負う大剣は鉄塊そのもの、驚くべきはそれが番だということだ。それは、大剣を片手で扱えることを意味している。
『そして、ダークホースとなるか!? わずか半年で、そのランクをFからCにまで上げた驚異のニューフェイス。冒険者カグッ!』
え、カグってアレだよな。
俺に絡んできたアイツだよな?
見れば確かに、カグと言った先程の男が、場の歓声に手を振って応えていた。
ふと、目が合う。
その顔に浮かんでいたのは、悪辣で下卑た笑みである。
どこかで見たことがあるような………ああ、豊島の笑い方と同じだな、あれ。
弱い者を虐げて楽しむ、そんな相貌だったのだ。
なぜそんな顔をしているのか考えつく前に、会場のアナウンスが続いた。
『では、第四戦の始まりです。では───スタートッ!!』
その声と同時に、闘技場に設置されていた銅鑼が鳴らされる。
低く轟くその音を聞けば自然と鳥肌となる。
そして、体が緊張で引き締められた。
程よい高揚と、程よい緊張。コンディションは悪くないだろう。
「うらあああ!!」
近くにいた男が突然襲いかかった。
自分で言うのもなんだが、華奢な俺を最初に倒して頭数を減らそうという魂胆だろう。
もちろん、この程度の攻撃を避けれぬ俺ではない。
「……んっ?」
あらら?
なんか、17人……つまり、ここにいる殆どの選手が俺に襲いかかってないか?
避けても避けても次の攻撃が襲いかかる。
大して問題は無いのだが、作為的なものを感じるな。これは。
仮に誰かの意思でこの状況が作り出されているのだとしたら、思い当たるものがないわけではない。
十中八九、カグの仕業だろう。
そうでなければ、見た目は弱そうな俺を円で囲んで相手する必要は無い。
それによく見れば、カグはこの円陣の外側で虎視眈々と、俺のことを睨んでいるのだ。
俺が手傷を負って、動きが鈍ったところでも狙うつもりなのかもしれない。
金での買収……かね?
八百長とも言うのかもしれないが、これは別に禁止されているわけではない。むしろ、推奨まではされずとも、してもいいとも取れる説明とあったしな。
ちなみに、屈強な老兵ダルネアは……なんだ? 円陣の外で、別の誰かと戦っていた。
別にカグってわけでもない。
その相手は極端に小柄だ。俺と同じ──日本人標準レベルよりも小さく、それでいて線が細い。
全身をフード付きの外套で包んでいるため、その容姿はうかがい知れないが、恐らくは女だろう。
てかな……
「いい加減……鬱陶しいわ!!」
斬りかかってきたやつの手首を掴み、そのまま乱暴に投げ飛ばす。
そいつは円陣の一部を巻き込んで、大きくバウンドした。
「はあ……今考え中な? 邪魔したらエアバーストすっぞ?」
声を低く唸らせ、ドスのきいた声で言う。
もちろん、エアバーストなんて魔法使うつもりもないし、やつらにエアバーストについての知識などないだろうが、俺の気持ちは伝わったらしい。コクコクと頷いてくれたよ。
だが、納得のいかないやつもいるようだ。
「ンだよ、テメェら! 金まで払ったんだぞ、怖気づいてんじゃねぇ!
!」
うん、カグ君でしたよ。知ってたけどさ。
激昴しているカグは、乱暴に他のやつらを押しのけて俺の前に現れた。その手には武器が構えられており、やる気満々といった様子だ。
「どうせ、『力の解放』のスキルだッ! ただの馬鹿力にビビって、何が冒険者だよっ!」
力の解放……筋力値と敏捷値を大きく底上げするスキルだ。解放系スキルの中ではありふれた部類に入るが、その分母が少ないため、その所持者も比例して少ない。
まあ、俺のは『龍の解放』なわけだし、いいセンいってるんだけどな。
「うぉらあああ!」
掛け声とともに、カグが俺に向かって駆け始めた。
その接近速度はかなり速い。だが、それも『新人冒険者の中では』という相対的な評価に過ぎない。
フィーナさんの動きと比べれば、歩いているのと同じ。
「グラヴィティア──」
そこで罠を貼るように、魔法をしかけた。
重魔で重力を強くしたのだ。
それによって、走っていたカグはバランスを崩して無様に転がった。それと同時に会場中で失笑が響く。
当然だな。
重魔の魔法は視認しずらい。観客からしてみれば、カグは勇んで突貫して、何も無いところでツマづいてコケたのだ。
無様以外の何でもない。
「クソ野郎がァッ!」
魔法を解いてやると、懲りずに突撃してきましたよ。
また重魔ってのも芸が無い。
でも、コイツに付き合うのもめんどうだしな……一気に決めさせてもらおう。
「はえ?」
カグからマヌケた声が漏れる。
まあ、当然だな。
いきなり足が無くなりゃ、誰でも驚くさ。
「ぎゃあああ!!」
このくらいの傷であれば、会場で待機している癒魔使いでも治せると分かっていたため、俺はそのまま負傷者を回収するスタッフとともに、喚き散らすカグを見送った。
じゃあ、最後に決めゼリフでも言おうかね。
「肉ダルマになりたくないヤツは、早々にリングから降りろ。いいな?」
雑兵をいちいち相手するつもりなんてない。
そんな俺の意思を汲んでくれたのかは分からないが、残っていたやつらは顔を真っ青にするとリングから蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ん、あっちも決着がついてたか」
驚くことに老兵ダルネアは、小柄な女剣士に膝を屈していた。
目立つ怪我はないが、負けを認めたらしく女剣士に一言声をかけると、そのまま自らリングを出た。
『勝者が決まりました! 驚くべきことに、この第四戦目の勝者は誰もが注目してなかったこの二人だッ!! ……えぇっと、名前は……シエルとナゼ・ユキト! 本戦出場者は常連化している昨今の闘技大会、思わぬところで大番狂わせが起こったぞ!』
そんなアナウンスが響く。
会場もどよめいていた。
まあ、あんな脳筋集団の中で勝ち抜いたのが、華奢な女剣士と、ノーマル日本人な俺と予想した者はいないだろうしな。
俺とシエルと呼ばれていた女剣士は、事前の説明通りに歓声を背に試合会場を辞したのだった。




