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獣耳は正義


 なんでも、このステータス上の『0』というのは、成人男性の身体能力などのおおよその平均を表しているらしい。

 つまり、能力値全てが0である俺は『一般的な成人男性と同じ』ということになる。


 だが、他の勇者と比べればその値の低さは歴然としている。


 普通の勇者──つまりは、クラスメイトたちの能力値の合計はおおよそ700ほど。

 それに対して、俺は0……はっきり言って、取るに足らない存在だ。


 そんな俺でも、ちゃんと衣食住の世話をしてくれるのだからこの国は寛大だ。

 王女様……女狐だなんて疑ってスミマセンでした。




 まあ、そんなこんなで俺は現在いま、地面に這いつくばっていた。


「立てよ、名瀬なぜ


 どうやら、世界が変わってもクラスメイトたちの俺への態度は変わらないらしい。それどころか、嫌がらせは激しくなったし、俺を無能と罵るやつまで現れている始末だ。


 そして、豊島は訓練の相手にいつも俺を選んでいた。要はサンドバッグ役である。


「うぐっ……」


 豊島の剣が腹に刺さる。焼けるような痛みだが、豊島が剣を抜いた瞬間にその傷は消えていた。


「便利だよなぁ。いくら斬っても死なねぇなんてよ」


 ちくしょうが……っ!


 だが、豊島の言葉は真実だ。

 どうやら、俺の持つスキル『無への還元』の効果らしい。いくら体が傷つこうが“まるで何事も無かった”かのように傷が消えるのである。



──────────

名前:名瀬なぜ雪兎ゆきと

年齢:17

Lv:0

種族:人間(男)

職業:なし


~能力値~

器用値:0

敏捷値:0

魔力値:0

知力値:0

筋力値:0

生命力:0

精神力:0


固有スキル

『無への還元』(CP:230)

『有の創造(封)』

共有スキル

『なし』

───────────



 訓練を一週間して、ステータスの中で変わったものと言えば『無への還元』の隣りに現れた(CP:230)という謎の数字だけ。

 この数字は俺が傷つき、そして治る度に増えているようだが、いったい何を意味しているのかは謎だ。


 だが、俺はこのスキルを呪っていた。

 さきほど豊島が言った通り、俺のサンドバッグとしての耐久性が上がったに過ぎない。結果的に苦痛は増えていた。


「オラッ、もう一度死にやがれ!」


 地を這っていた俺の頭に、豊島の蹴りが決まる。勇者となって、人の範疇を超えた足蹴あしげは容易に俺の頭を捻り曲げた。

 視界が一気に移り変わり、俺の首は有り得ない角度まで曲げられた。だが──


「うっわ、キッモイな。ホントに戻ったぜ」


 次の瞬間には、俺の首は定位置に戻っていた。


「いい加減やめてくれ。痛くないわけじゃないんだぞ……」


 傷みまですっかり消えてはいるものの、怪我をすれば痛いのは本当だし、首を死ぬまで曲げられればそれこそ『死ぬほど痛い』ってもんだ。事実、俺は死んでいたわけだし。

 こいつに屈したくないがばかりに、痛くないような風を装っているだけなのだ。


「口ごたえすんじゃねぇよ」


「───ッ!!?」


 だが、豊島の返答は俺の腹の上で地団駄をすることだった。


「お前がッ、そうやってッ、へらへらとッ、してんのがッ、気に食わねぇんだよッ!!」


 腹に足がめり込む度に、内臓が腹の中で暴れた。胃液が口の中に溢れ、押し上げられた肺からは一気に空気が吐き出された。

 それでも──


「ハアハア……」


 豊島の息が上がって足が止まると同時に、俺の体は元の状態に戻っているのだ。

 口からはもう胃酸の味はしない。


「……ちっ、秋守あきもりが来たか」


 豊島はそんなことを口ずさんだかと思うと、俺のことは知らないと言わんばかりに、そそくさとその場を辞した。

 そして、その言葉通りに秋守が訓練場にやってきていた。


 てか、俺の方に来てないか?


「どうして、地面に寝転んでるんですか?」


 首をかしげている。

 秋守の声には抑揚があまりない。

 それと同じように、表情に感情がこもっていない。ジト目で俺を睥睨している。


 うん、いつも通りの秋守だな。


 今この場に来た彼女は、さきほどの豊島の暴力を見ていないようだ。さらには、俺は地面に転がっているだけで傷などひとつもない、彼女には俺型だ寝転がっているようにしか見えないはずだ。


 でも良かったよ……俺としても、男の意地でカッコ悪いとこなんて見せたくないしな。


「いや、ちょっとな……ところで、どこ行ってたんだ? サボリ?」


 誤魔化しつつ、話題を変えた。

 俺としても、秋守と話して気分を変えたかったのもある。

 秋守は俺の唯一の友達だからな。一緒にいるだけでも楽しい……というのは、俺だけの秘密なわけだけど。


「名瀬君のスキルがどんなものかを調べようと、図書館に行っていたのですが──」

「スキル百科にも記載無し。過去の勇者にも同じようなスキルを持っていた者はいない……だろ?」

「その通りです」


 俺も最初の何日かは自身のスキルを知ろうと蔵書を漁っていたのだが、秋守と同じくめぼしい収穫は無かった。

 しかし、ひとつ疑問だ。


「てか、なんで俺のスキルを?」

「……なんででしょう?」

「知るかよ!」


 秋守は生真面目なのだが、ところどころ抜けている所がある。それも彼女の魅力と言ってしまえばそれまでだが、ホントにどうして俺のスキルを調べてくれてたんだろうか。

 秋守さん、心底不思議そうな顔しても俺には分かりませんよ?


「あと、スキルを試してみるので、見ててもらえませんか?」

「ん? いいけど……」


 突然だな、と思いつつも了承する。


「よかった、初めて使うので不安だったんです。それと私のステータスを教えますね」


 以前、話の中で秋守に俺のステータスを教えたのだが、今度は彼女が教えてくれるらしい。

 お返しといったところか?


 そして、手渡された紙には女の子らしい丸文字でステータスが書かれていた。



──────────

名前:秋守あきもり紅葉くれは

年齢:16

Lv:3

種族:人間(女)

職業:なし


~能力値~

器用値:120

敏捷値:139

魔力値: 98

知力値:142

筋力値: 78

生命力:101

精神力: 99


固有スキル

『【獣】の解放』(一度のみ使用可能)

共有スキル

『剣術Lv.2』『体術Lv.3』

『回避Lv.3』『風魔Lv.2』

───────────



「試すスキルって『【獣】の解放』のことだよな?」

「はい」

「一度のみって書いてるけどいいのか?」

「解放系の固有スキルは一度発動すると、永続的に効果を得られるもののようですから大丈夫です」


 ──と秋守は言ったが、続いた話によれば『【力】の解放』というのがポピュラーらしく『【獣】の解放』でどんな変化が訪れるのかは分からないのだという。

 だが、早めに使うに越したことは無いとも考えているらしい。


「てか、どうしてわざわざ『解放』だなんて、まどろっこしい仕様なんだろな。そのまま『筋力強化』とかのスキルでもいいだろうに……」

「解放系スキルは、保持者の体が解放に耐えられるようになるまで使えないそうです。一種のストッパーのような役割なのかも知れませんね──では」

「あっ、今からやんのね」


 秋守は何かに集中するように目を閉じた。

 すると、秋守を中心に風が巻き起こる。訓練場の砂煙が風に煽られて形を成して、秋守を取り巻いた。

 そして、秋守を取り巻く砂は次第にその密度を増してゆき、ついには秋守の姿が見えなくなってしまった。


 その異様な光景に、俺だけでなく俺の周りで自主訓練していた他のクラスメイトも目を見張る。


「うぉっ!? 眩し──」


 その瞬間、周囲が閃光に包まれた。光の発生源は言うまでもなく、秋守からである。

 どうやら、目くらましからもすぐに復帰かいふくできるらしい俺のスキルのおかげで、俺はいち早く倒れている秋守を発見できた。

 取り巻いていた砂は既にない。近づくことは容易だ。


「大丈夫か!? あきも……り?」


 そして、いち早く秋守のその異常に気がついた。

 気を失っているらしい秋守の姿は、解放前と大きく異なっているのだ。


「獣耳に尻尾……だとッ!?」


 俺は思わず自分の目をゴシゴシとこする。だが、見える光景は変わらない。

 秋守の頭からは大きな動物の耳、腰のあたりからはモフモフの尻尾が生えているのである。


 あれは狼の獣耳だろうか───あっ、そんなことを考える場合じゃないな。実は狼の尻尾のせいで制服のスカートが盛大にめくれているのだ。


 俺は非力ながらも秋守を抱き上げると、素早く物陰に隠した。耳には先ほどの閃光で目を痛めたクラスメイトのうめき声が聞こえるが、無視だ無視。


「あーきーもーりー」

「んっ……」


 肩を揺すって覚醒を促す。

 しばらくすると……あっ、起きたぞ。


「スキルは……成功なのか?」


 俺がそう聞くと、秋守は自分の体に増えた新しい部位をまじまじと見つめて、


「そうなんですか?」


「いや、知らんから……」


 質問を質問で返すあたり、いつも通りの秋守だな。中身まで狼さんになってたら、俺は襲われてしまうことだろう。むしろウェルカムだ。


 にしても、素晴らしい質感だな。この耳と尻尾。

 ピコピコ、フリフリしているのを見ていると、自然と手が伸びてしまった。


「んっ」

「あ、わりい」

「いえ、触っても構いませんよ」


 これは……俺への配慮だな。ホントは触って欲しくないけど、邪険にするのが申し訳ないってことだろう。

 いくら、女子に対するデリカシーが欠如している俺でも、そのくらいは分かる。


「はは。悪いな、気を使わせて」

「? ホントに触っていいですよ」

「え?」


 いやー、そんなこと言ったら俺本気になっちゃうから。

 まあ、俺は紳士だから触ったり──


 ──モフモフ


 ……もきゅもきゅには勝てなかったよ。

 気がついたら手が動いていた。秋守も嫌がる様子を見せないので、そのまま手触りを堪能することにする。

 フリフリとしているあたり、心地いいのかもしれない。


 尻尾の毛の一本一本はとても細く、指を沈ませれば何の抵抗もなくくことができるほどにサラサラだ。

 そして何より、毛の量が多い。そのせいで毛が細いというのに、その先にあるはずの地肌──尻尾が見えないのである。


「耳も……いいか?」

「いいですよ」


 耳もお許しが出た。

 頭をこちらに差し出す姿は、男としてはドキドキするものがあるね。


 恐らくは狼からその形を譲り受けたのであろうその耳は、狼のそれよりも大きい。

 てか、めっちゃピコピコしてる。その動きのリアルさに俺は思わず、ゴクリと生唾を飲んでしまった。


「秋守さんと名瀬がいないぞ!」


 ……さあ、いよいよ触れるぞって時に邪魔が入った。

 どうやら、閃光のあとに消えた俺たちを探しているようだ。


「秋守。それ、見られても大丈夫なのか?」

「隠してもいずれは見つかります。それなら最初から隠さずに堂々としていた方がいいです」

「そうか」


 秋守は獣耳っ子になったわけだが、それに対しての羞恥心は無いらしい。

 まあ、これだけリアルだとコスプレと域を超えてるしな。なんというか、完全に体の一部となっている……そんな感じだ。


「じゃあ、俺は部屋に戻るから。またな」

「はい、さようなら」


 そう言うと秋守は物陰から、クラスメイトのいる訓練場に戻っていった。


 俺は少ししてから部屋に戻るか。

 今、物陰ここから出たら「どうして、秋守さんと同じところから出てきたんだよ」などと、要らぬ難癖をつけられかねない。

 秋守はクラスの人気者。鼻摘まみである俺と、共にいるのを見られるわけにはいかない。


「か、可愛い! 触らせてっ!」

「くすぐったいので、触られるのは……」

「……そっかぁ、なら仕方ないね」


 そんな楽しげな声が聞こえる。

 てか、俺には触らせてくれたのに、どうして他の奴らは駄目なんだ?

 俺だけ特別……いや、変な勘違いはよそう。優しい秋守は、俺が触ってもくすぐったいのを我慢してくれてたんだろう。マジ天使だな。


「……そろそろ、部屋に戻るかな」


 しばらくして、周りの喧騒が落ち着いたころに俺は部屋に戻ることにした。

 さて、何をしようか。



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