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帝国


「え……?」


 マヌケた声が漏れた。


 嘘だろ。

 帝国とかいうのが俺を探している?

 しかも、艦隊を引き連れて?


 とてもじゃないが、信じられない。


「帝国はアキモリ・クレハという人物も探していたようですが……心当たりはありますか?」


 秋守も?

 心当たりか……。

 だとしたら、アレしかないだろう。


「確認ですが……帝国の名前は?」

「この世界で帝国はひとつしかありません。東の大陸にあるアウルクス帝国です」

「やっぱりか……」


 アウルクス。

 俺も何度か見聞きしたことがあるのだ。

 あの、勇者として俺達が降り立った収容所で。


 つまりは、その帝国からの艦隊というのは俺や秋守を連れ戻しに来たってわけか。

 だが、それにしては過剰戦力な気もするし、第一あれから三ヶ月以上経っている。時期的にも遅すぎるのではないだろうか?


 いや、今は考えることより説明するのが先であろう。


「俺は……帝国から逃げてきたんです」

「そうですか。あなたはジパングから来たんですものね……」


 ギルドマスターのその言葉に、周囲から息を呑むような音が聞こえた。

 え、ジパング?

 ジパングってあれだよな。秋守が適当に言った出身地のことだ。さすがに日本というわけにはいかなかったから、俺もそれを認めてたんだが……。


「ジパングか……あんなところから来たのか。お前」


 ディレックも同情の眼差しで俺を見る。

 いや、ちょっ。どゆこと?

 聞きたい、でも聞いたら俺が嘘をついていたとバレるかもしれない。


「ジパングってなんだよ?」


 と、グルースが聞いた。

 ナイスだグルース! 俺も聞きたかったんだよ。

 だが、次の瞬間にはグルースはディレックによって殴られていた。

 えぇ……。


「馬鹿野郎! ジパングってのはなぁ、帝国に滅ぼされた国の名前だ。老人は皆殺し、男は労働奴隷で使い捨て、女は慰みに使われ、子供は帝国のためなら命を捨てられる死兵として育てられた……そんな国なんだ」

「マジか……」


 マジか……。

 ディレック、説明口調お疲れ様です。


「だがどうして、ナゼが追われなくちゃならねぇ……ジパングのやつらが逃げ出したって話は間々聞くが、帝国が追手を出したなんて話は聞いたことなねぇ」


 忌々しいと言わんばかりの口調でディレックは言った。

 それには他の皆も同感らしく、それと同時に帝国に対する嫌悪を感じさせた。


「安心してください、ナゼさん。国際問題レベルの事象に私の決定権は及びませんが……この国の意向は既に確認済みです」


 この世界の通信技術はそれなりに高いことは、ドラゴンから聞いていた。さすがに、個人レベルにまで普及はしていないが、ギルドマスターともなれば通信手段を持っていてもおかしくなかった。

 帝国の要求をギルドマスターが伝えられていたのも、それにるものだろう。


 だが、ギルドマスターの口ぶりでは、かなり高い身分の人物に判断を仰いだように聞こえる。ましてや国の意向ともなれば、それこそ国王のような人物が判断を下したとしか思えない。


 そんな俺の疑問を汲み取ったのか、ギルドマスターは笑って答えた。


「ふふっ、ギルドマスターは国王へ直訴できる権利を持っているのですよ」


 もちろん、権利を濫用すれば死罪ですけどね。と、ギルドマスターは笑顔で付け足した。


「そして、我が国の意向は単純……侵略者を赦す事勿れ。です」




***




 そうして、アリムルは帝国の「ナゼ・ユキトとアキモリ・クレハを探させろ」という訴えを跳ね除けた。

 賢王と讃えられる国王の判断の早さには驚いたが、俺にとっては嬉しすぎる判断だ。


 まあ、事の発端は俺や秋守にあるので、義務感から俺も手伝うことにした。

 何を手伝うかって?

 帝国との戦いを──である。


「よくもまぁ、こんな艦隊がこんなに近づくまで気がつかなかったよな」

「話によれば、高度な隠蔽魔法が施されてたんだと。1キロ以上近づかないと視認できないらしい」


 だが、船の往来の多いアリムルで、他の船によく見つからなかったな……と思ったのだが、どうやら南回りの航路をとったらしい。

 大陸南端の港町であるアリムルだが、その南には魔物ひしめく海がある。そのため、商船や漁船は南の海を避けるのだ。


 ちなみに、帝国の艦隊はアリムルの南海岸に錨を下ろして、砂浜の上に陣を敷いていた。


「だが、妙だよなぁ……」

「ですね」


 ディレックが言わんとすることは分かる。


 俺や秋守を探して、何の得があるのか。

 どうして、今になって追いかけてきたのか。

 この過剰としか言いようのない戦力はなんなのか。


 それに、指揮官の頭の中も分からない。

 どうせ陣を敷くなら、安全で足場も良く、補給路も断ちやすい街の北側にしなかったのだろうか?

 これだけの艦隊を引き連れている指揮官だ。ただ不利なるだけの南の砂浜に、何らかの利を見出しているのかもしれない。


「まあ、俺たちのすることに変わりはねぇ。さっさと終わらすぞ」

「はい」

「………」


 今俺たちがやろうとしているのは、いわゆる破壊工作ってやつ……だと思う。

 うん、とにかく数の上でアリムルは劣っている。


 冒険者100人。

 そして、商人の善意で集まった私兵50人。


 ふたつを足しても、500人はいるであろう帝国軍に三倍以上の数的不利を強いられているのだ。

 まあ、個の力を考えれば勝てないわけでもなさそうだが、被害は少ない方がいい。そこで、敵陣に対して小細工をすることにした。


「ほんとにくんですかね?」

「さあな」

「……」


 ここにいるのは、俺とディレックとギルマスを除けばアリムル唯一のAランクであるユズキさんだ。

 この小細工の要は、俺とユズキさんになる。ディレックはサポート役であった。

 砂浜までは森の中を気配を殺しながらやってきた。そして今は敵陣近くの森で、敵の様子を観察している。


「利くかどうかは別として、やってみる他は無いだろ?」

「それも……そうですね」

「……」


 することは単純。力技──ただそれだけだ。

 ちなみに、攻撃魔法をしかけようとすれば、敵の魔法使いによって防がれてしまう。だから、攻撃魔法は使わない。

 ならば何を使うか。攻撃魔法以外の魔法を使うのだ。


「じゃあ、魔法を使うぞ」


「魔力感知ッ! 攻撃魔法に備えろ!!」


 俺が魔法を発動させた途端。敵陣は慌ただしくなり、攻撃に備え始めた。そして、攻撃魔法を弾く魔法を形成する。

 だが──俺が使うのは攻撃魔法ではないのだ。


「ゼロ……グラヴィティア──ッ!」


 範囲は広い。

 敵陣全てを囲えるほどだ。

 それゆえに魔力を感知されてしまったが問題はない。


 俺の放ったゼロ・グラヴィティアは──砂浜を海へと変えた。


「うわあああ!!」


 敵兵の悲鳴が上がる。


 当然だ。彼らの体は今この時、砂に吸い込まれているのだから。

 ゼロ・グラヴィティアによって重さを奪われた砂が、水のようになって兵士の体を飲み込んでいるのだ。


 程よくめりこんだところで、俺は魔法の行使を終えた。溺れさせることも出来たが……その前に、砂が飛んでいきそうだったからな。


 そして、ふたたび重さを取り戻した砂は、兵士達の体を逃さない。体を砂に埋められた兵士達は動くことすら、ままならなかった。


「ユズキさん、お願いします」

「はい……」


 うぉっ、ずっと無言だったから分からんかったけど、随分と可愛い声だな。


「ヒーティア───」


 彼女の使った魔法は、加熱する魔法。

 だが、これも攻撃魔法とは少し違う。

 加熱できるのは無機物だけ、温度にして70度程度……戦闘では剣の柄や金属製の鎧を加熱する程度しか使い道がない。


 だが、この局面では実に有効な一手である。


「熱いいァア!!」

「目がぁ、目がぁ〜〜あ゛あ゛あ゛ぁ゛~~~!」


 ……なんか変なのもいたが、まあ利いているようでなによりだ。

 この魔法、本来は魔法の使えない一般人でも解除できるショボいものなんだが……あまりの熱さに発狂しかけている兵士達の中に解除できそうな者はいない。


「ウラァァアア!!」


 そして、ディレックが出ていった。

 何の活躍もできないのは嫌だったらしい。

 固有スキルである瞬間移動を駆使して、迅速かつ確実に敵兵の息の根を止めて言った。

 ついでだし、俺もそれに参加する。ユズキさんは魔法行使中であるため待機だ。


「なんというか……あっけないですね」

「……」

「まあ、お前とユズキがいたからこそ出来た荒業だな。それに地の利も俺たちに味方してくれたわけだし……それに、まだ終わってないみたいだぞ?」


 ディレックやユズキの視線の先──そこには、帝国の軍艦が並んでいた。

 そして、そこから身分の高そうな男が……縛られている?


「もごー! もごっ、もごもご!」

「黙って歩いて下さい」


 そして、身分の高そうな男は、隣にいた男に蹴り飛ばされ、スロープ型のタラップから無様に転がり落ち、そのまま砂に埋もれた。


 なんなんだ……?


 まるで状況が理解できない俺たちのもとに、タラップを降りてきた男が歩み寄る。

 敵意は感じないが、鑑定で見たその能力は高い。ディレックを軽く凌駕している。ユズキさんと同等であろうか。

 そして、その職業は……亡国の騎士?


「この度は、我が主が失礼しました」

「は、はい?」

「ああ、主とはそこに転がっている豚ですよ」


 え、この男と砂に埋もれて、モゴモゴしている男は主従関係なのか?

 てか、騎士が主を豚呼ばわりって……なんだか訳ありらしい。


「とりあえず事情を聞こうか?」


 さすがディレック。

 諦めたような顔で説明を求めたぞ!

 彼の素早い判断には舌を巻いた。


「助かります。まず何から話しましょうか──」


 男はそう言うと丁寧な語り口で、ことの顛末を話し始めた。

 この男……名はカイザと言うらしい。


 彼によると、彼とその主である貴族はもともとジパングの人間だったとのこと。

 ジパングといえばあれだな、俺と秋守が知らずのうちに出身地に使っていた国だ。今は亡き国らしいが。


 そして、カイザの主である貴族の男は帝国に唆されて、私利私欲のために国を、ジパングを売ったのだ。

 内部から痛手をこうむったジパングは、抵抗虚しく滅んでしまった。


 その結果、ジパングの貴族であった男は、帝国の貴族に降ったというわけだ。


「そして、帝国の貴族に落ちた主は功を焦っていました」


 帝国では新参の貴族。

 さらに、敵国ではあったが自国ジパングを売った売国奴として、貴族の男は疎ましく思われていたらしい。


「それに、帝国は中央集権で実力主義の国家です。何の実績も上げていない貴族は、爵位を剥 奪されることだって珍しくはありません。

 そして、ちょうどその時でした、主のもとに他の貴族から依頼があったのは」


 依頼内容は簡単──『西大陸へ勇者を探しに行ってほしい』とのことであった。

 言うまでもなく、ハメられていた。

 だが、貴族の男は二つ返事でその依頼を受けてしまった。


「そうして、ここへと勇んでやってきたのです。この男は王国のことを、大陸統一して平和ボケした国だと言ってナメきっていましたからね」


 カイザはここで終止符を打とうと、愚策を並べてここで果てるつもりだったようだ。


「堕ちたとはいえ、これは私の主です。これ以上、見苦しいところを見たくはありませんでしたからね」


 帝国貴族から借りた兵士を全て砂浜に展開し、すり潰してもらうつもりだったというが、まさか砂に埋もれて死ぬとは思わなかったらしい。


 そして、そこまで話きるとカイザは膝を折って、俺達の前にひざまずいた。


「さあ、主従と共々どうなっても構いません。私も客観視すれば売国奴のひとりですからね」

「もぉっ、もごごごご!」


 主の方はここで果てるつもりは無いようだがね。

 さて、どうするか。

 俺はディレックとユズキの方を見た。すると、あちらもこっちを見ている。


 え、俺ですか。

 俺が判断するんですか。


「俺たちにあなた達の処遇を決める権限はありめせん。ですが、参考人として、当事者としてついてきてもらいますよ?」

「無論です」

「もごー!」


 色々と大きなことがたくさんあったが、こうして俺の1日は終わったのだ。




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