ブラン
時が過ぎるのは早いもので、気づいた頃には俺がここを出る時が来ていた。
半ば地獄であったが、俺なりにこの時を楽しく過ごせたのではないかと思う。もちろん、あのクソッタレなスクールライフと比べたらだけどな。
「フィーナは武者修行か?」
「んー、どちらかって言ったら辻斬り?」
「それはアカンよ……」
通り魔なんて許しませんよ。
まあ、俺が言えた口じゃないけどさ。
「とりあえず、これ渡しとくよ」
「ん、これは?」
「再会の指輪。俺のいる場所を示してくれる指輪だよ」
むしろこれは俺のためだ。
体を得た今のフィーナの実力は、世界の中で比類してもとても高いものだろう。もしかしたら彼女の助けが必要になるかもしれない。そんな時のためのものだった。
「ありがとね!」
まあ、本音を言えば彼女にまた会いたいってだけなんだけどね。
感謝の言葉を言うとフィーナは後ろ手を振りつつ、この水晶の洞窟を去った。
こういう時は息災を祈るものなのだろうが、フィーナの姿を見ていると何があっても大丈夫だと思ってしまうね。
『では、我もそろそろ辞去するか』
「行くんだな」
ドラゴンは老紳士の姿で言った。
『さて、呪いをひとつ解いてやろう。死の苦痛を凄絶にする、あの呪いだ』
「いいのか?」
『生命の価値。それを知った今であれば大丈夫であろう』
そう言って、俺の頭に手を乗せる。
何だかむず痒いが、これで呪いのひとつが解けたらしい。
『卵の子を押しつけてサヨナラ……というのもいかんよな。では、二つ贈り物をやろう』
そう言って、ドラゴンが出したのは何時ぞやの剣──ダーインスレイブだ。
死の苦痛の呪いで苦しむ俺が、癒魔で傷を治そうとしたが、この剣の創傷だけは治せなかった。何かと因縁のある剣だ。
『知っての通り、それでつけた傷は癒すことができない。ただ、お前の還元を使って「無かったこと」にすればその限りではないがな。そして、もう一つの特徴として、一度鞘から抜けば生き血を数まで鞘に戻すことができん』
「なるほどね」
『そして、もうひとつの贈り物はスキル。【龍帝】だ』
龍帝って言えばドラゴンの持っていたスキルだよな。強力なのは間違いないだろう。ありがたく貰うことにする。
『では、我は旅立つ。それじゃあ──』
その瞬間、ドラゴンはその姿を変えた。
『またな』
どういうことか、俺とそっくりな……いや、完全に同じ姿形となって、そのまま霧散した。
何だったんだ?
残った光の粒子を見つめつつ考えるが、どんな意図であんなことをしたのか最後まで分からなかった。
──ピキッ!
「ん?」
──ピキピキッ!
何かがそんな物音を立てた。
振り返るとそこにあったのは卵だ。
──ピキッ………クルゥッ!
は?
俺は唖然とする。
卵は生まれた。いや、それはいい。ドラゴンにも言われてたことだしな。
「クルゥ?」
だが、何故だ。何故、目の前のこのドラゴンは……
「幼女なんだ……?」
俺は頭の上に疑問符を浮かべることしかできなかった。
ポッコリと頭から飛び出ているツノ、いいだろう。
口からポロりとはみ出てしまうキバ、いいだろう。
腰から生える小さな尻尾と小さな翼、いいだろう。
ぱっちりクリクリなオメメ……まあ、いいだろう。
だが、どうして幼女なのだ?
「くるぅ?」
どうしたの? と、言いたいのか頭を傾げるベイビー。
うん、そうだな。とりあえずは服を着せようか。
「創造──」
あら、可愛いおべべ。
ワイシャツとサスペンダーとスカート、さらに可愛らしいリボンを追加で制服のような衣装の完成です。
最初に思い浮かんだのは普通の子供服なのだが、それじゃこの世界に合わないからな。
そんなことより……。
「頼むから着てくれよ!」
「あははっ」
着ません、着ようとしません。どうしましょ。
それどころか追いかけっこと勘違いしたのか、その銀色の髪を揺らして洞窟内を駆け回る。
「うらっ、捕まえた!」
「あぅ」
ようやく捕まえた。
よし、無理矢理にでも着せていく。尻尾と翼が邪魔かと思ったが、無理矢理ねじこむと消えてしまった。てか、消せるのね。
……あ。
「パンツ履かせてねぇッ!!」
「きやっきゃっ!」
ああああ、流石にパンツを履かせないなどというPTAやら児ポ法を敵に回しそうなことはできない。
法の適用外? 知ったことか。
なんとか履かせました。
「靴も履きましょうねー」
「やー!」
うん、この「やー!」は了解の意味らしい。
まあ、赤ん坊だというのに言葉を使ってコミュニケーションを取ろうとする点を見れば、ドラゴンの『知能は高い』という言葉に嘘はなさそうだ。見た目は幼女だから赤ん坊には見えんけどな。
よし、靴も履かせたぞ。さすがに身なりを整えておいて、靴を履かせないのはみすぼらしいしな。
ついでに、角を隠すようにリボンをつけたのだが……なんだろ、どこか既視感があるぞ。この子の為なら魔王でも倒せそうな気がしてきたよ。魔王がいるのかは知らんが。
「一応、鑑定使ってみるか」
この子のことについては、分からないことが多過ぎる。
少しでも情報が多い方がいいだろう。
「鑑定──」
──────────
名前:なし
年齢:0
Lv:1
種族:ドラゴン(メス)
職業:なし
~能力値~
器用値:10
敏捷値:10
魔力値:10
知力値:10
筋力値:10
生命力:10
精神力:10
固有スキル
『龍化Lv.1』
『息吹Lv.1』
『飛行Lv.1』
共有スキル
『なし』
───────────
うん、種族がドラゴンならなんで人の姿なんよ。そう叫びたいが、叫んだところで……である。
そういや、この子は翼と尻尾が消せてたよな。俺も消せるかな……あ、消えた。いや、そんなことはどうでもいいんだ。
「とんでもない置き形見をしてくれたもんだよ……」
「くるぅ?」
「ま、可愛いからいっか」
爺ちゃんも、可愛いは正義って言ってたもん。
「でも、名前が無いんだよな」
「くるぅ……」
「うん、クルゥでいっか」
「くるぅ!」
痛っ……安直過ぎたか?
指を噛まれてしまった。
どうしたものか、全体的に白っぽいしブランでいいかな。
別に適当だとは思わないで欲しい。そもそも俺は日本人だ。日本人名以外って考えるとレパートリーが減るんだよ。
「んじゃ、お前は今日からブランだ」
「ブラン!」
「頭良いな、ブランは」
気に入ってくれたのか、何度もブランと呟く。
もらった宝物を大切にする子供ような健気な姿は、見ていて実に微笑ましいものだ。
そうやって心を和ませていると、俺はブランに指をさされた。
「ん、俺の名前か?」
「やー!」
「ユキトだよ、ユキト」
「ユキト……ユキト、ブラン、ユキト!」
あ、あかん、可愛すぎてたまらん。
思わず顔を擦りつけて、ウリウリとしていると嫌がられた。かなりショックだったが、理由は何となく分かる。この無精髭のせいだな、剃っておこう。
***
ブランと出会って一週間ほど。
デルムの山々の中にある清流まで、俺とブランはピクニックに出かけていた。
「おさかな!」
「そうだぞ、偉いなブランは!」
「えへへっ」
頭を撫でる。
すると、ブランは嬉しそうに笑顔の花を咲かせた。
実際にブランは頭が良い、良すぎるくらいだ。一度教えたことは大抵覚えてるもんな。それに相俟って、知的好奇心も旺盛であるために、そのボキャブラリーは加速度的に増えている。
「あれなに?」
そう言って、ブランは対岸にいる影を指さした。
「あれはオサルさんだよ。ちょっと目を閉じてなさい」
「やー!」
目を閉じろと言ったのに、両手を使って目を覆うブラン。やべぇ、鼻血が……。
さて、俺とブランのお散歩を邪魔するサルには消えてもおうかね。
「烈風──」
風魔を使ってサルの体を無理矢理遠くへと飛ばす。訓練の結果、このような精密な操作も可能になっていた。
殺さなかったのはブランがいるからだ。さすがにスプラッタは教育に悪い。
「目、開けていいぞ」
「んっ!」
「ほれ、ボールだぞ」
そして、何事も無かったかのように創造で創ったボールを渡す。
「それ使って向こうで遊ぼうか」
「やー!」
うん、天使はここにいたんだな。心の底からそう思った。