クラス転移
そこはまさに血の海。
足を切り落とされ、逃げることも叶わなかった彼らは、皆死体となって血の水溜りの上で転がっていた。
死屍累々──そんな凄惨を極めるこの光景の中で佇む少年。
彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「はァ……こりゃ、いいや」
少年はポツリとそれだけ呟くと、その場を辞去した。彼の恍惚とした表情を見れば、彼の異常性に気づけたのかもしれない。
だが、生憎と彼の周りには死体しかなかった。
少年は死体を足蹴にする。
かつてのクラスメイトの死体を──
***
ネクラ、ぼっち、キモオタ、唐変木。
そんな、不名誉極まりない語彙たちが、このクラスでの俺に対する呼称。
つまり、俺はクラスの中では嫌われ者ってわけだ。
その証拠に、俺が教室に入れば──
「目の下に隈ができてるぞ、だいじょーぶか?」
「やめろよ、可哀想だろ? どーせ、徹夜でエロゲだぜ」
「うっわ、キモ過ぎるわ~」
──とまぁ、罵倒のあめあらし。クラスからの敵愾心は常にMAX状態である。
男共はゲラゲラとバカにするように笑い。静観していた女子共も俺を話の話題にしているのか、ヒソヒソクスクスと冷やかすような目で俺を見ている。
不愉快だ。
こんな俺でも、中学時代はそれなりに友達がいたんだがな。
自分で言うのもなんだが、別段コミュ障というわけでもない。
どうしてこうなったのか──学校入学の最初の月を全て病欠したってのが、思い当たる最大の要因だが、それが真実なのかどうかの確証もない。
そういや、あん時はクラスメイトの──秋守にプリントを届けてもらってたっけ。
彼女だけは、今でも俺に対して嫌悪感無しに接してくれるのだ。まあ、別に好意的ってわけでもないから、俺も変な勘違いはしないけどな。
「よぉ、名瀬」
「………」
と言って、席についた俺に絡んで来たのは豊島竜。毎日のように俺に絡んでくる男子生徒だ。
いや、“絡んでくる”というよりは“嫌がらせ”の方が適切か。イジメとまではいかないが、地味な嫌がらせを毎日続けている。飽きることなく一年間ずっとなのだ、根性あるよ。
そして、今日もその例に漏れず。同じ空手部の部員である取り巻き二人と一緒に、俺の机を囲んでいるのだ。
てか、取り巻きが一人少ないような………あ、何か知らんが、取り巻きの一人は秋守の机のそばにいた。少し気になるが、とりあえずここは鬱陶しいのが一人減ったことを喜ぼう。
「はぁ……なに無視してんだよ?」
「……」
「何とか言えよッ!」
そう言うと、豊島は足を俺の机に当て、そのまま力を込めて押し倒した。
机は俺の太腿に当たって留まったが、慣性の法則に従って机の中身が一気にぶちまけられる。
プリントは舞い、教科書はばらまかれ、落ちた衝撃で開いた筆箱からは文房具が飛び散る。
盛大な音をたてていたため周りのやつらはこのことに気がついただろう。だが、例え足元に俺のペンが転がっていようと、クラスメイトは誰ひとりとして拾おうとしない。むしろ、床を這うようにして落ちたものを拾う俺を、嘲笑うような目線で見るだけである。
悔しい……が、どうすることもできないのを俺自身がよく知っている。
俺は弱い、腕っぷしはもちろんクラスの中での立場もだ。
「ほーら、さっさと拾え~」
消しゴムを拾っていた俺の尻を蹴られた。痛いのはもちろんのこと、その勢いのまま俺は地面に這いつくばる。
それでも、ホコリで汚れたシャツを叩いて、落ちたもの全てを拾い終えた。
そして、机を立て直して、何事も無かったかのように着席する。
チラリと豊島のほうを見たが……怒ってる怒ってる。そりゃそうだろう、無視されれば誰でも不愉快なもんだ。
無視ってのは、『取るに足らない。お前なんかどうでもいい』って言ってるのと同じだからな。これが俺にできる数少ない反抗だと考えると虚しくなるが、しないよりはマシだろう。ざまぁみろ。
それに俺は今まで無視し続けたように、これからも無視をし続けるだろう。飽きが来れば俺はイジメられっ子から、晴れてボッチになることができる。そんな目論見もあるのだ。
だが、今日はいつもとどこかが違った──
「おい、何だよこれっ!?」
──その声が教室内に響いた瞬間。
豊島は先ほどの怒りに満ちた表情が嘘だったかのように、その顔にニヤりと下卑た笑みを浮かべた。
なんだ?
クラス中が声のした方を見る。
もちろん、俺もだ。
そこでは、さっき秋守の机に近づいていた豊島の取り巻きが何かを持っていた。それは手紙のように見える。
「これ、ラブレターじゃね? ……てか、名瀬のやつじゃん」
……は?
「オエっ……汚ねぇ。コレ、精子がついてるぞ!」
取り巻きがそう叫ぶ。
だが、当の本人である俺からしてみれば疑問でしかない。ラブレター……ましてや、精子付きなんてもの、秋守に届けた覚えなどないのだから。
だが、そんな俺の思惑など無視して、目の前の豊島は俺の胸ぐらを掴んだ。
「お前、最低だぞッ!!」
凄い剣幕だ。
さすがにこれを無視していてはマズいと、否定の言葉を吐き出す。
「俺はあんなこと──」
「言い訳すんじゃねぇよッ!」
だが、“言い訳”と片付けられて終わった。
そして、豊島はその野太い腕が証明するように、その凄まじい膂力で俺を持ち上げ──そのまま乱暴に投げつけた。
「キャァ!」
そんな悲鳴も束の間。
俺は投げつけられた勢いそのままに、他の生徒の机へとダイブした。さっきの悲鳴は、この机の持ち主のものだったらしい。
ガタゴト──大きな音をたてて、俺は机とともに倒れた。変なところを打ったのか、頭がクラクラするぞ……。
だが、そんなことお構い無しに、豊島は倒れている俺に近づくとその拳を振り上げた。
もうダメだと、目を瞑った……ちょうどそんな時──
「騒がしいですね……」
女子生徒の──それも、渦中の人物である……秋守の声が教室中に響いた。なんて間が悪いんだろうか。
風紀委員の朝の遅刻チェックから帰ってきたらしい彼女は、何事かと教室中を睥睨する。その目には偽ラブレターを手にする取り巻き、そして拳を振りかざす豊島と、机と共に倒れる俺が映ったことだろう。
「何事ですか?」
秋守がそう問うと、豊島は先程まで俺に殴りかかろうとしていたのが嘘だったかのように身を翻し、取り巻きの手から偽ラブレターを取って秋守の前に躍り出た。
「それがだな──」
そして、豊島は説明を始める。
十中八九、偽ラブレターのことだろう。
………?
なんだ?
胸が苦しい。
いや、胸だけじゃない。喉が辛酸で焼かれたかのように痛い、身体中からは冷たい脂汗が滲む、心の臓はどういうことか早鐘を打っている。
俺は……怖いのか?
だが、俺は何を恐れてるってんだ。
これ以上、クラスの中での俺の地位が下がったってなんとも思わない。
嫌がらせが激しくなろうが、無視をすれば良いだけ。暴力もそれと同じだ。耐えればいい。自分の痛みなど大して感じないのだし。悲しいことに苦痛への耐性は十分すぎるほどにあるのだ。
なら……何が恐いんだ?
「あっ……」
ふと、秋守と目が合った。
ああ、なるほど。
その瞬間、何となくだが自分の“恐れ”が何だったのか悟った。
その答えは非常に単純。
俺は……秋守に嫌われるのが恐いのだ。
秋守の隣では、勝ち誇ったような悪辣な笑みを浮かべる豊島がいた。どうやら“偽ラブレター”についての説明は終わっているらしい。
「私は──」
秋守が口を開く。
聞きたくない。
耳を塞ぎたいが、手が動かない。怖いもの見たさとは違うが、俺は彼女の言葉を聞くしかないらしい。
俺の口は何の言葉も発せずに、あうあうと鯉の口ように開閉するだけ。
「名瀬君と──」
俺は思い切り目を閉じた。
まるで、死刑宣告を待つ犯罪人のような気分で、歯を食いしばった。
──だが、次の言葉は聞こえなかった。
気づけば教室中を謎の光が覆っている。
目を開けるのも憚られるほどの強い光だ、皆が叫んでいるのがやっとの思いで見えたが、その悲鳴は一切聞こえない。
音が響いていないのだ。
わ、わけが分からん。
突然の超常現象の原因を考えるが、その間も刻々と光はその量を増していき──
──ついには、意識まで光に包まれたのだった。
***
「ようこそ、いらっしゃいました。勇者の皆様♪」
そんな突き抜けて明るい声が聞こえた。
気づけば、そこには先程までいた教室とは別の光景が広がっていた。
中世を思わせる石材による建築物の中……端的に言えばそんな感じだが、そのどれもが素晴らしい意匠で作り込まれている。
ここは謁見の間と言ったところだろうか。
直方体の屋内。
壁には金糸で縁取られたタペストリーが幾つも飾られ、タペストリーの下では壁に沿って鎧を着た騎士達が佇んでいる。
白い石材の中では赤い絨毯ってのは一際目立つ。そして、そんな絨毯の伸びる先には玉座と思しき物があるのだ。
玉座に座っているのは当然、国王なのだろう。先ほどの声は、国王の隣にいる──恐らくはあの美しい王女のものだったに違いない。
チラリと周りを確認したが、秋守や豊島はもちろんのこと、あの教室内にいた全員がこの場にいるようだ。そして、一様に顔を驚愕の色に染めている。
「──では、挨拶はこのくらいにして……まずは、突然のお呼びだて。すみませんでした」
そう言って、王女は頭を下げる。
あまりに展開が早すぎて状況が読めんぞ……あれか、これは異世界転移ってやつなのか? それで、勝手に召喚したことをこの王女は詫びていると。
「ですが、こうする他はなかったのです。実を言いますと──」
王女はこちらが唖然として、何も言えないのをいいことにベラベラと語り始めた。
その内容は異世界ファンタジーじゃテンプレ過ぎる“魔王が現れた。勇者に倒してもらおう”ってやつだ。
うん、長くなりそうだし聞かなくていいや。
そんなふうに聞き流していたら、王女は実に10分以上も話していた。その主が、ほぼほぼ不幸語り。
はっきり言ってウザイのだが、クラスの何名かは琴線に触れたのか涙を零していた。
ところでさ、豊島……お前って、泣くキャラなの?
「どうか……どうか、私の…私達のために力を貸してはもらえないでしょうかっ!」
「もちろんです!」
「俺たちで良ければ!」
豊島はもちろんのこと、クラスのほとんどのやつらが王女の演説に呑まれていた。
気になったので、チラりと秋守のほうを見たが、どういうことか顔を僅かに紅潮させて上の空である。さっきのことも気になるが、何考えてんだろ?
てか、王女の演説が胡散臭く思えてならない。
俺の心が汚いだけなのかもしれないが、人心掌握術って言葉が脳裏でチラつくのだ。
「協力して下さるのですね……! では、皆様。こちらの道具をお使い下さい」
王女はそう言うと、ひとつの水晶玉を取り出した。ただのガラス玉ってわけではないらしく、その中では青い炎が揺らめいている。
水晶玉は王女から、家来と思しき人物に手渡されて、俺達のそばに用意されていた台の上に乗せられる。
「それは“鑑定水晶”。皆様のステータスを覗き見ることのできるものです。本来、ステータスはその本人にしか見ることができませんが、その道具によって他者でも閲覧ができるといったものです」
ステータスか……ゲームかよ、とも思ったが。それよりも、どうしてステータスを見せねばならないのだ、とも思った。
だが、そんな俺の猜疑に答えるように、王女は話を続けた。
「私たちがステータスを見て、勇者の皆様それぞれに合った武器を見繕わせてもらいます」
なるほど。確かにその通りだが、自己申告でなく直接見るってことは、それだけ俺たちを信頼していないってことだろな。
……いかんいかん、どうしても王女を疑う方に思考が向いてしまう。
てか、気づいたらクラスのやつらが挙って水晶玉の前に並んでいた。
どうしたものかと迷ったが、水晶玉での鑑定を回避するのは無理だろう。仕方なく俺も列に並ぶことにした。
「秋守……並ばないのか?」
「……えっ、あっはい。すみません、ぼーっとしてました」
未だにボケっとしてた秋守を列へと促す。
生真面目な彼女にしては珍しいな。
「えーっと、なんだ。さっきのあれは何というか……」
「気持ちの整理は出来ているので大丈夫です……ただ、もう少し時間を下さい」
「お、おう」
うわー、変な空気になっちゃったよ。
てか、気持ちの整理ってなんだ? 秋守から絶交宣言されたら自暴自棄になりかねんぞ、割とマジで。
「では、水晶玉に手をかざして『ステータスオープン』と唱えて下さい」
──っと、いつの間にか俺の番が回ってきていたようだ。
俺は言われるがままに、水晶玉に手をかざして
「ステータスオープン」
その瞬間、俺の視界に半透明のウィンドウが開いた。
──────────
名前:名瀬雪兎
年齢:17
Lv:0
種族:人間(男)
職業:なし
~能力値~
器用値:0
敏捷値:0
魔力値:0
知力値:0
筋力値:0
生命力:0
精神力:0
固有スキル
『無への還元』(CP:0)
『有の創造(封)』
共有スキル
『なし』
───────────
「えっ?」
マヌケた声を上げたのは、俺かはたまたステータスを確認していた家来のほうか。
どっちでもいいが、この0の羅列が異常なのは間違いないようだ。
添削はしてないので、間違いがあれば感想にて報告してください。
↑露骨な感想稼ぎ




