償いの紋章
連作短編集の作品を加筆修正し、再UPしました。
一日の終わりは、この酒場で酒を飲む。それが、俺の流儀だった。
酒場は、〔豚小屋〕という趣味の悪い名前だが、ここの酒とソーセージは最高なのだ。
「お疲れ、フィード」
俺がカウンターへ行くと、主人のステムが一瞥をくれた。
ステムは二三〇ポンドはありそうな肥えた男で、いつも額には汗を浮かべている。この体型が〔豚小屋〕の由来という事は、誰が目にも判る。俺と同じ三十五歳で、親友と呼んでいい男だった。
「今日も町は平和だったかい?」
ステムが、バーボンを差し出して訊いた。俺が飲む酒はバーボン、それも〔ワイルド・スタック〕と決めている。他は稀にビールを飲むぐらいだ。
「ああ、変わった事は無いな」
俺は、店内を見回して答えた。客は五人。二人組と三人組で、小汚い格好の労働者だ。ビールを飲みながらバカ話に花を咲かせている。
すぐに、周りの状況を確かめる。それは保安官の習性というものだった。
「そいつはいい。このダークダッチが乱れると、おいらの商売あがったりだ」
「この平和が誰のお陰が判っているんだろうな?」
「ああ、勿論さ。アメリカ帝国保安官ジョブ・フィード様のお陰だね」
「ご名答」
ステムが肩を竦ませ、湯がいたソーセージを出した。マスタードと揚げた芋が添えられている。
俺が保安官になったのは十年前、二十五の時だ。先の戦争では北軍騎兵隊として働き、その後フラフラしていた俺を、この町の行政区長が拾ってくれたのだ。以来、俺は帝国保安官の勲章を胸に付け、この埃っぽいが教会も学校も病院もある立派なダークダッチを守っている。
誇りだった。この胸の勲章が。十年間、誰よりも正義でいようと、心掛けてきた。若い頃は悪童で、先の戦争では口にも出せない悪行も為した。この十年。悪党と戦って来たのは、その償いの意味もある。
俺はソーセージ摘まむと、マスタードを付けて口に放り込んだ。相変わらず旨い。ソーセージには肉感があり、まるでステーキのような歯応えがある。それを、バーボンで流し込んだ。
「リックを殺した野郎は、まだ見つからんのかい?」
「みたいだな」
「あいつは良い奴だった」
リックは隣町の保安官で、時々この店に顔を出していた。大きな強盗団を追う時には、よく手を組んだものだ。早撃ちで、度胸もある凄腕だった。
それが二週間前、何者かに殺されたのだ。しかも、胸の勲章を撃ち抜かれて。
「そうだな。だが、リック殺しの犯人を追うのは俺の仕事じゃないんだ」
「フィード、それでいいのか? リックとは騎兵隊の戦友だったろう」
「まぁな」
リックとは、轡を並べて南軍相手に戦った仲である。善い事も、悪い事も一緒にした。そして保安官になったのも、俺と同じ戦争中に犯した過ちの罪滅ぼしだった。
「だが、帝国憲法が定めているんだから仕方ないさ。向こうは向こうでやっているようだし、何かあれば応援要請がある」
「へん、帝国憲法様々だな。誰が幸せになるってんだ」
「そう言うな。我らが皇帝リンカーン様はお耳が敏い。すぐに憲兵が来て、しょっぴかれるぜ」
「それは怖い」
そう言うと、ステムは奥の厨房に引っ込んだ。
先の戦争で北軍が勝つと、リンカーンは皆に推される形で皇帝になった。その事自体はどうでもいいが、アメリカの開拓精神を縛り付けるような、帝国憲法というのが気に食わない。リンカーンは、アメリカのフロンティア時代を終わらそうとしているのだと、リックが以前に言っていた気がする。
(ま、どうでもいい)
俺は、この町を守る。それだけの事だ。それが俺の誇りであり、過去への償いでもある。
俺はバーボンを煽ると、銭をカウンターに置いて店を出た。
保安官事務所に戻ると、女が待っていた。
革靴にジーンズ。ポンチョを引っ掛け、つばが広い帽子と男の格好をしているが、長い金髪を後ろ手に纏めたその訪問者は、紛れもなく女だった。
「何か用かね?」
俺は、腰の銃帯に目をやって言った。
「人を探しているの」
「人探しか。その前に名乗らないか?」
「そうね、私はスージーよ」
「保安官のジョブ・フィードだ」
スージーの歳は、二十五かそこらだろう。もう立派な女性だった。
「で、探しているのは誰だ?」
「悪い奴よ」
「ほう。それは俺と同じだな。俺も悪い奴を探していてね」
賞金稼ぎか。俺は、〔拳銃天使〕の話を思い出した。最近、美人の賞金稼ぎが悪党を殺しまくっているらしい。
「そいつは、どんな悪事を?」
「強姦」
俺は、目を細めた。強姦犯。その情報は入っていないが、犯罪の性質上表沙汰になる事は少ない。
「しかも、被害者は十四歳よ」
「許せんな」
「南部の、チューバインという町よ。犯人は二人で、教師の娘だった十四歳の少女を交互に犯したの。両親の目の前でね」
「……」
「そして両親を殺し、少女を棄てた。いっそ殺してくれた方がよかったかもしれないわ。その後の地獄を考えれば。だけど、今はそうは思わない」
「スージー、お前」
「よくも、のうのうと保安官が出来るわね。リックもそうだけど、悪党が善人の振りをして官職に就く。アメリカって国はどうなっているのかしら」
「すると、お前がリックを」
「当然の報いよ」
「だろうな」
「戦争だったからなんて、言い訳は聞きたくないわ」
俺は鼻を鳴らした。そして、拳銃の重みを意識した。俺は、この女に殺されるべき理由がある。しかし、今はこの町の保安官。リックもそうだった。罪滅ぼしに、多くの命を救って来た。もう赦されてもいいだろうとは思うが、果たしてそれは誰が決めるべきなのか。
神か。スージーか。帝国憲法か。
「いいフィード。私は、今から胸の勲章を撃ち抜くわ。リックと同じように」
「そうか」
「観念してね」
スージーが嗤う。俺の右手が、自然と拳銃に伸びるのを、何故か止められなかった。