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へっぽこ聖女の魔物討伐  作者: 滝皐
王都招集令状
9/75

~結婚?~

 聖女の空気が氷付いた。

 思考停止。聖女はまさにその状態だった。考えが及ばず、ケディアが何を言っているのは理解できなかった。というより、理解したくなかったと言った方が正しいのかもしれない。

 出会って数秒過ぎに求婚されて見たとしよう。戸惑うのは必然の事実だ。特に聖女は箱入り娘(自分から)なので、こういった不測の事態は特に弱い。それゆえの安全装置と言っても過言ではないだろう。自分を守るすべ、まさに今聖女は精神的自衛をしている。


 意識が追い付いた時は、既に別のことを考えだした。


「そう言えばここの人はどのように食事をしているんですかね? やっぱり100人も使用人がいると皆さん一緒に食べれないのでしょうか?」


 聖女は逃げた。しかしケディアは逃がさない。熟練の狩人が如く、洗礼された一撃を加える。


「なんだ? 結婚したらこれくらいの城が欲しいのか? 業腹だが、まあいいだろう。それくらいの望みを叶えないで何が英雄だというものか」


 ただの勘違い野郎である。


「…………」


 聖女の目から光が消えた。

 今聖女の心の中を除くならこんな感じだろう。


 いや、きっと聞き間違いです。話したことも面識もないのに、出会って数秒で求婚をしてくる男性がこの世に存在する訳がありません。きっとあれです、血痕です。いったい何の血の跡と勘違いをしているのかわかりませんが、絶対に結婚ではないことだけはわかりますよ!!


 生まれて初めて感じているであろう嫌な感じ。変な汗が額から流れている。

 ちなみに変な汗が流れているのは、何も聖女だけではなかった。戦士もまた、ケディアの思い切りのよい発言に、どんな反応をしていいのかわからなくなっている。


「え~と。ケディア様でよろしかったですか?」


 余所行きの顔をしてケディアに話しかける聖女。


「今日、初めましてですよね?」

「そうだな。顔を合わせたのは初めてだ。それがどうしたルミア?」

「私はケディア様のことをよく理解していないのですが」

「これから理解していけばよい。それとルミア。様はよせ。夫婦の仲にまで権威はいらぬ。お主はいつも通りでよいのだ」


 夫婦ってなんのことですかね!?


 心がそう叫びたがっていた。

 しかし仮にも聖女。さきほどは取り乱したが、さすがに二度も同じ失態を犯す訳にはいかない。大きく深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。


「私たち、婚約していませんよね?」

「今したではないか?」

「なんの話でしょう?」


 しらばっくれる。だがそれでひるむ英雄王ではない。


「なんだ聞こえなかったのか? ならばもう一度言ってやろう。俺と結婚しろルミア・アストレア」


 世の中には限度というものが存在する。それはある一定の量を超えると耐えることができなくなり決壊してしまう。それは物でも、人でも同じことだ。

 聖女はその限度をギリギリ保っていた。己を騙し、情報を置換しながら、己が精神状態を安静に保とうとしていたのだ。だがそれはいわばツギハギのパッチワーク。強い衝撃であっさり砕けてしまう。


「いや!!」


 今までにない声が出た。


「嫌です!! 誰とも知れない殿方と結婚するなんて嫌です! それだったら戦士と結婚した方が100倍ましです!!」


 聖女は混乱していた。度重なる精神不可に耐えかね、普段の聖女しての振舞いも忘れるほど狼狽している。子供のように癇癪を起し、戦士の腕にしがみつき涙目になってる。


「結婚するときはチャペルで二人だけの空間に、ステンドグラスから注ぐ太陽の光を浴びながら情熱的に告白されたいです!! こんなの嫌だ!!」

「聖女、ちょっと落ち着きましょう。本音が駄々漏れです。威厳とか吹っ飛んでます」


 聖女の頭を撫でつつ宥める戦士。その様子にケディアはしかめっ面になる。そして戦士を睨んだ。


「おい貴様。誰の許可を得て俺の妻に触れている?」

「誰も何も聖女の意思ですが、英雄王」

「よし。ならば死ね」


 理不尽な要求に戦士の顔も青ざめるが、聖女はいまだに戦士から離れようとはしなかった。

 ケディアは片手を広げる。掌に雷が流れとそれが槍をかたどり、いつの間にかケディアの手には朱色の槍が握られていた。


「その心臓。俺の贄に捧げろ」


 朱色の槍は切っ先から紅い魔力を放出させ、それが槍に纏わりつく。寒気が戦士を襲った。あの槍が放たれれば最後、戦士は死ぬことになるだろうと直観が囁いている。

 まずいと背中に背負っている大剣の柄に手をかけるも、すでに間に合わないタイミング。


「ゲイ・――」


 その刹那。


「――ッ!」


 ケディアはその手を止めた。

 いつの間にか音もなく回り込んでいたトリーシャが、ケディアの首筋に刀を突き付けていたからだ。


「何のつもりだ小娘。今すぐその刀を収めれば、殺しはしないぞ?」

「…………」


 しかしトリーシャは刀を退けるつもりはないようだった。静かな殺意をケディアに向け。その威圧にケディアも動くことができない。動けば首が跳ねると理解しているからだ。


「まあ落ち着いてトリーシャ。それにケディア様も。ここは王の謁見の間。多少のごたごたなら目を瞑って頂けると思うが、これ以上の狼藉はさすがに許されないよ?」

「……ふん」


 さすがにケディアも諦め、槍を収めた。


「ほら、あなたもだ」


 戦士はかけていた手を収め、落ち着いた聖女も戦士から離れた。


「……」


 とてもばつが悪い空気になる。ことの原因はケディアにあるも、この状況を作ったのは聖女の所為でもある。罪悪感を覚えても無理はない。

 聖女はケディアの前に行く。


「申し訳ありません。ケディア様。私はあなた様の求愛に応えることが出来ません。私にはまだやるべきことがあります。それが終わるまでは、誰とも恋仲になろうとは思っていません。なので…」

「もうよい。興が冷めた。俺はもう行く。次に会う時までに考えとけ」

「いえ、ですから!」


 それでもケディアは聖女との結婚を諦めていなかった。往生際が悪いといえば悪いのだが、英雄王は我が儘なのである。自らが欲しいと願ったものは必ずものにする。そうやって今まで生きてきて。暴君とまで呼ばれながらも、英雄として名をはせたのだ。


「俺がたかだか一度振られた程度で諦めると思うな。必ずお前を惚れさせてみせよう。では俺は先に行く。ここですることはもうないからな」


 それだけ残し、ケディアは一人その場を後にした。


「相変わらず自分勝手だね」


 呆れるルキエスに、同様に呆れてものも言えない聖女と戦士。だが驚異が去ったことによる、安堵の溜め息は漏れた。


「災難だったね」

「ええ……また来るのでしょうか?」

「あの様子だと諦めてないからね~」


 心底困ったように俯く聖女。


「大丈夫ですよ聖女」

「戦士?」

「次は俺が守ります」


 それは戦士なりの詫びのつもりだったのだろう。本来守るべき存在を、危険な目に会わせてしまったのだから。自分への決意と、改めての誓い。聖女の優しい笑みを浮かべて「はい」と頷いた。



~おまけ~


 今のって、遠回し告白したのでは? と思う戦士だった。

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