~お勉強ですね~
『聖罰』所有者が全員揃ったことが確認され、国王陛下の号令のもと立食パーティが開かれた。
次々にくる豪華な食事の数々。そして渡されたワインに戸惑いながらも、聖女はなんとか場に染まっていた。
「では。皆の祝福を願って……乾杯!」
国王陛下の音頭によってパーティは始まる。皆、思い思いに他の人に関わったり、出された食事を楽しんでいるが、聖女は一人その輪から離れ壁際に移動した。
戦士もそのあとを付いて行く。
「どうしました?」
「ああ。ええっと。こういう場が慣れなくて……。それに、あまり他の人と関わらないほうがいいと、言っていましたし」
「……そうですね」
戦士は少し悲痛そうに表情を歪めるが、直ぐに元に戻る。聖女の隣に立ち、壁にもたれかかった。
「今いる皆さんのことを知っていますか?」
戦士の問いに、聖女は首を横に振った。
「なら、休憩がてら少しだけ勉強しましょうか?」
「勉強ですか?」
「勉強と言う名の、個人情報の漏洩です」
「それは犯罪ですよ?」
「冗談ですよ」と軽く流してから、戦士は話始める。
「まずは王城の前で会ったルキエス卿です」
戦士は気さくな笑顔で色んな人に囲まれているルキエスに視線を向ける。
「名前は知ってると思いますが、あの方は正真正銘、最強の騎士と言われている猛者です。聖剣・ガラディンという、湖の妖精から授かった太陽の剣を掲げ。真っ先に魔物の群れに単騎で突撃して、魔物たちを全滅させるほどの腕を持っています」
「お……恐ろしいですね……」
聖女は完全に血の気が引けている。
彼女にとって魔物と戦うことでさえ頭が可笑しいと思っているのに、魔物の群れに突撃して全滅させるとか、普通に考えてあり得ないことだと認識しているのだ。
「次に彼の向かいで話ている金髪の人は、英雄王と名高いケディア・マックールです。暴君としての異名を持ち合わせている、極めて危険なやつでもあります。けして近づかないように」
鎧を着込み、いかにも悪人面という佇まい。こくこくと全力で聖女は頷いた。
「その隣に居る彼女が、ルキエス卿の右腕と言われているアーサー・フルシュテン。ルキエス卿と同じ聖剣を受け取ったとされていますが、戦場でその剣を見たものはいないようです」
「使ってないということですか?」
「いえ、そうではなく。剣そのものが不可視になっているんですよ。なので、あるのに見えない。だからこそ確認できない。そういった剣なのです」
「面白い物もあるのですね」
聖女は感心しているが、本来それは騎士としては有るまじき行為ではあるのだ。そのことについて戦士は言及しなかったが、武器を隠すことは騎士にとっての名の恥塗り。
正々堂々名を明かす、それこそが騎士道の誇りなり。それはどのような武器なのかも含まれる。それゆえ、アーサー・フルシュテンの風当たりは王国内では強いらしい。
「あとの人はすみません。俺も見たことが無い人たちですね」
「いえ。充分ですよ。それに、知らない私がいけないことだと思いますので。さすがにそんな有名人を知らないとは、自分の情けなさに呆れていますよ……」
ははは……苦笑いをする聖女に戦士も苦笑。
「後々覚えてください。それにあれですからね? これから聖女には魔物討伐の任があるんですから、戦いかたも覚えて貰わないと?」
「えっ!?」
驚愕に顔を歪める聖女。だがこればかりはしかたがないといえることだ。
そもそも、魔物に特攻効果のある『聖罰』の力を有しているのは聖女であるので、表立って戦線に出ることになるのは当たり前の事実。それはすなわち、危険地帯に自ら足を突っ込む行為となんら変わらない。必然的に、自衛するすべを身に付けなければならないだろう。
しかし聖女はそんなこと、まったくと言っていいほど予想していなかったみたいだ。
「私は戦士が弱らせた魔物を弔ってあげる役目ではないのですか?」
「いや、そういう捉え方で間違ってはいないんですが。俺が常に守って上げられるとは限らないでしょ?」
「守ってくださいよ! 私はあなたがいないと何もできませんよ!?」
「ちょ、聖女! 声大きい!」
ハッと我に帰り周りを見ると、幾人かの人は聖女の方を向いていた。その中にルキエスもおり。彼は他の人の輪から出てきて、聖女の元にやってくる。
「どうかしたか?」
本当にこの人が最強の騎士なのかと問いたくなる軽い挨拶。聖女は控えめに口に手を当てて、視線をそらしている。場をわきまえず叫んでしまったことが恥ずかしいのだろう。隣に居る戦士も居心地が悪そうだ。
「なんか不穏な声が聞こえたんだけど……女性を守ってあげないのは、騎士としては見過ごせないなぁ?」
威圧を込めた殺気に、戦士は涼しげな笑みを向ける。
「何を仰っているんですか? 僕は聖女にも、自衛のすべは必要ですよ? と進言していただけです。ルキエス卿の考えるようなことは何一つありませんので、どうぞご心配なさらずに」
嫌みったらしく返答する戦士。青い顔をしつつも、事実その通りなので何も言えない聖女。しかしその態度がルキエスの正義心を揺さぶった。
「彼女はこんなにも青い顔をしているじゃないか。無理に自衛の術を強要しなんじゃないのか?」
「人聞きの悪い。俺は聖女に生きてもらいたい。そのための手段を教えただけです」
「そんなことせずとも、君ならどうとでもなりそうなものだけどな。初め見た時に、君の魔力が桁外れなことはわかっているよ」
ルキエスの発言に、戦士は眉根を寄せた。言われたくないことだったのだろう、明らかな苛立ちが見て取れる。その様子にさすがに不味いと思った聖女は、二人の間に割って入った。
「ルキエス卿。此度の非礼をお許しください。しかし、この者が言っていることは事実です。彼はもしもの時のための手段を教えてくれました。ごねていたのは私の方です。ですからどうか、これ以上彼を責めないであげてください」
頭を下げ、懇願する。さすがにそこまでされてこれ以上問いただすことは、騎士としても人としてもいけないことだ。それにルキエス卿は、おそらくここまでするつもりはなかっただろう。今も頭の後ろを掻いて困ったような顔つきをしている。
「いやすまない。顔を上げてくれ聖女ルミア。俺は何も怒ってはいない。それにあなたがそこまで仰ると言うことは、それだけこの者を信頼しているという証拠。非礼を浴びせたのはむしろ俺の方だ。改めて詫びよう」
「いえ。大丈夫です。俺も言い過ぎていたところがありますし。お互いさまということです。聖女もすみません。お手を煩わせました」
二人は和解と、聖女への謝罪を済ませる。聖女もホッとしたように笑顔が戻り、一件について方が付いた。
「なかなかよい見せものだったぞ日輪の騎士よ。やはり貴様といると退屈せんな」
突然割って入ってきたのは、先ほど戦士からけして近づかないようにと言われていた英雄王ケディア・マックール。彼はルキエスの横に並び、聖女を見下ろした。
聖女は先ほどの話もあったので、スッと戦士の横に着く。
「ふむ。どうやら知らんうちに恐れられいるようだな。まあいい。貴様に話があってきたのだ、聖女ルミア・アストレア」
「な…なんでしょう?」
ケディアはニヤリと口角を上げると、高らかに告げた。
「喜べ! 貴様は俺の寵愛に叶った! 俺と結婚しろ!!」
「…………はい?」
~おまけ~
ルキエスが戦士と話している間、トリーシャはずっとルキエスの裾を掴んでいました。