~『聖罰』所持者~
「ですから思うんですよ。100以上もいるなら毎日の食事も大変じゃないですか。そうなると日々の食卓も凄いことになるのではないですか?」
「いやそんなこと言われても知りませんよ。そもそもなんで全員が一緒に食べることが前提なんですか? もしかしたらバラバラに食事を取るかもしれませんよ?」
「身内で食卓を囲むのは当たり前のことです。まして同じ屋根の下で暮らしているのなら、なおさら一緒に食べないことの方が可笑しいです」
「さすがは辺境の村出身なだけありますね。知識が偏り過ぎです」
「むしろ何故戦士はそこまで温かみがないのですか?」
王城に入ってから二人はこんな会話を繰り返している。庶民的な聖女のふとした疑問は、戦士の頭を悩ませる内容だった。
「可笑しいです。人間一人で食事を取っても空しいだけです。食事を取る時は、皆と幸せを分かち合った方がいいに決まっています」
「ですから、王城は家族とか知り合いとか、そういったものではないんですよ。立場があり、身分がある。そういった人たちが一緒に食事の席に着くのは可笑しいことなんです」
「やっぱり変です。納得がいきません」
不貞腐れたようにそっぽを向く聖女。戦士は対応に困った。
なんとかしようと悩ませていると、目の前にはすでに謁見の間に続く扉だった。
「聖女。とりあえずその話はまた後にしましょう。今は凜としててください」
「……なんとなく思ってはいましたが、戦士は私のことを馬鹿にしすぎだと思うのですが?」
「ならちゃんとしててください」
頬を膨らませる聖女。
戦士は大きく息を吐き、緊張した気持ちを和らげる。
「開けますよ」
「はい」
日差しの照り返しに目を細め、中に入る。高い天井にシャンデリア。奥には王座がありその後ろはステンドグラスになっており光が差し込む。一団体が入りそうな空間は20人近い人であふれており、王座には一人の老人が座っていた。
国王陛下。アルバス・D・クレイモア。傾きかけていた王政を一代で立て直し、幾多の戦場をかけた騎士としても有名な人物だ。いまだその覇気は健在で、睨まれるだけで大人でも竦み上がるほどの眼光を持つ。
その所為か聖女の顔色がすこぶる悪い。歩み出すことはせず、その場で固まってしまった。
「聖女?」
こんな場でなければ戦士は前を歩いただろうが、ことこの場にいたっては戦士は前を歩くことができない。従者が雇い主の前を歩く行為は、その物に従えていない証拠だ。そうなってしまえば聖女の立場が危うくなる。
「聖女」
小声で呼びかける。聖女は数秒遅れて返事を返した。
「……なんで皆私を見てるんですか?」
「え? そりゃあ見るでしょ? 入ってきたの最後みたいですし。まさか怖いんですか? 普段前とかに出て神の教えを説いてるのでは?」
「それとこれとは視線の圧が違います~」
今にも泣きそうな聖女。何故こんなにも脅えているのかいうと、入ってきた聖女を興味深く見る周りの視線が本気で怖かったのだ。
役職柄集団の前に出るのは慣れているが、それは皆信徒であり聖女のことをけして敵視していないというのがわかっている上でのこと。今のような視線をいっぺんに向けられた経験が聖女にはないのだ。
「怖いです。皆視線で人を殺せるような程です。帰りたいです」
「今帰ったら刑罰ものですよ? 大丈夫です。彼らは何もしません。魔物でもないです。もし何かあれば俺がなんとかしますから」
何とか説得を受けた聖女は、泣き声を上げないようにコクコクと小さく小刻みに頷いた。
「……問おう」
重低音と深みのある声が響く。国王陛下はゆっくりと立ち上がり、聖女たちを睨んだ。
ガタガタと震える聖女はまさに生まれたての小鹿……蛇に睨まれた蛙。そんな言葉がふさわしかった。
内心で叫び声を上げつつ。なんとか堪える聖女と、気が気じゃない戦士。
「そなたは『聖罰』を持つ物か?」
「……ひゃ! ひゃい!!」
恐怖のあまり上ずった。周りでクスクスと笑う声も聞こえるが、二人はそれどころではない。
「名を申せ」
「聖女! ルミア・アストレアです!」
「ではルミア聖女よ。歓迎しよう。ようこそ。王都・クレイモアへ」
圧みのある声から全てを包み込むような大らかな声に変わる。そのおかげで緊張の糸が解け、ガチガチになっていた体がほぐれる。
「そなたらが最後の組だ。よく周りを見るといい……ここにいる者たちが、魔王を討伐せし者たちだ!」
~おまけ~
「もうそれどころじゃないですよ」
「ですね」