~王都へ~
日が沈み行くころ。馬車に揺られながらの道中。聖女は毛布に包まって意気消沈していた。
馬の手綱を引きながら、いちおう戦士は気にかけているようだ。先ほどからチラチラと聖女の方を確認している。
バージシの村を出てからというものの、聖女はこの有様で先ほどから一言も話していない。聖女と最後の会話をしたのが、今から約四時間前というしまつ。その最後の会話と言うのが。
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「王都までどれくらいなんですか?」
「丸一日くらいですかね?」
「ではどこかの村で泊まるのですね?」
「いえ、野宿です」
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それ以降会話がプッツリとなくなった。
戦士はなんとなくこうなった原因があることは察しているが、なんだかんだ先ほどまで大丈夫だったのに何故なのかと疑問しかなかった。
「聖女様~? そんなに野宿が嫌なんですか~?」
“野宿”という言葉に聖女の耳が反応する。そして暗い表情のまま戦士に顔を向ける。
「そんなに? そんなにと言いましたか? 今そんなにって言いましたよね?」
正直これが聖女と言われても誰も納得しないだろう落ち込み具合に、戦士も引いている。
「野宿ですよ? 外で寝るんですよ? その時に魔物に襲われでもしたらどうするんですか!? 私が死にますよ!?」
「だから死にませんって」
最早呆れて何も言えない戦士に、聖女は続けざまに言う。
「なんで野宿なんですか? そのままバージシの村で泊まればよかったじゃないですか? なんでわざわざ野宿なんですか?」
「聞いてなかったんですか?」
すでに泣き声の聖女に、戦士はあの最後の会話の後に説明した内容をもう一度説明する。
「あの村で一泊したら王都に着くのは三日後の夕方です。今なら少し進んで道中で一泊。そして次の日夜遅くには着くはずです。三日後の朝が最終期限なんですから、悠長にはしてられないんですよ」
「だったら招集なんて断ってしまえばいいのに」
それでもごねる聖女は、聖女らしからぬ言動を取る。本来ならばこういうことは言うべきではないのだが、魔物のことが絡むとこの聖女は本当に駄目なのだ。
「そんなことしたら、聖女は極刑ですよ?」
「えっ!?」
初耳だったのか、聖女はガバリと立ち上がり、手綱を引いている戦士の隣に詰め寄る。
「ど、ど! どういうことですかそれ!?」
「その様子ですと知らなかったんですね。ちゃんと令状読んでないでしょう?」
「うっ……外に出るということで目に入れないようにしていました」
それで本当に聖女かこの人。
戦士は溜め息を吐き、概要を話す。
「割と無視できないことになっているんですよ。でなきゃ王都がこんな令状出すことはないです」
「無視できないって。それほど深刻なのですか?」
戦士の話を纏めるとこうだ。
・まず魔物が多すぎる
・それにより食糧不足や水不足に陥っている村もある
・魔王という存在がいるらしい
「今のところ大きな被害は出ていないものの、このままいけば必ずヤバい状態になります。だからこそ国王は勇者や聖女といった『聖罰』の力を持った人を集め、先手を打とうとしているんです」
聖罰というのは読んで字の如く、“聖なる罰”を与える力で、この力は魔物にたいして特に有効な一打を与えることができるとされている。
「ですから聖女、ここは我慢して野宿ですよ?」
戦士にそう言われ、聖女もこれはさすがに頷くだろうと思っていた。だが。
「は……はい。我慢します」
頷きはしたものの、かなり嫌々といった感じだった。
「そんなに嫌ですか?」
さすがの戦士もこれには唖然とした。仮にも聖女なのだから、世界の危機とわかれば俄然やる気に満ち溢れるものだと思っていた。
「もちろん世界が危なくてそれで私の力が必要ならば、私は喜んでこの身を世界のために捧げましょう。でもそれで急に魔物が大丈夫になる訳ないじゃないですか」
心底嫌そうな顔の聖女に、戦士は改めてこの人本当に聖女なのかな? という疑念が生まれたという。
「ですが、そうも言っていられないんですね。主よ、我が声に耳を傾けたまえ」
聖女はそう言って祈りを始める。
「慈しみある、豊かなこの世界に。そしてこの世界に住まう人々に誓いましょう。私は必ずや平和への道を見つけてみせます」
祈り。誓う。そうすることで、聖女は自らに指名を課す。
神への祈りを終えた聖女は、戦士に向き直る。
「今はこれくらいしか言えませんが、私が魔物に慣れるまで、よろしくお願いいたします」
「……ええ。承りましょう」
日が暮れ、辺りを闇が包んでいく。戦士は馬の脚を止め、荷台にある布袋を取り出した。
「そろそろ夕食にしますか。豪勢な物ではありませんが、干し肉と水はあります」
「私もお腹がすいてきてたところです。このお肉は何のお肉なんですか?」
「ベアーという魔物の肉を天日干しにしたものです。これが安くて結構美味しいんですよ」
戦士は荷台に置いてあるカンテラを付ける。ぼんやりとした明かりが付き、青い顔のまま固まった聖女を写した。
「聖女? ……もしかしなくても魔物の肉も駄目だなんて言いませんよね?」
「えっ!? い、いえ……あの……」
先ほど口にして頑張る宣言をした手前、なんとも断りづらそうに顔を背ける。
「聖女。これも克服の内ですよ? さあ食べましょう?」
善意からなる言葉なのはわかっているが、聖女からしたら日が落ち暗くなった空間で、ぼんやりと戦士の顔が浮かんでいる様は、その顔がなんとも楽しんでいるようにしか見えなかった。
「や! やっぱり魔物は嫌です~~!!」
その日。聖女は生まれて始めて魔物の肉を食した。
~おまけ~
その日の夢見は最悪でした。
~聖女談~