~聖女だって戦いたい~
ヴァネッサの村を出て一日が経って、村と村の街道を歩いていた時のこと。聖女は何かを思い悩むように腕を組んで、首を左右に何度か傾けて唸っていた。
「どうしたんですか? 聖女様」
戦士の問いに聖女は眉間に皺を寄せ、小難しい顔をする。
昨日までは特に何もなく過ごしていたのに、いったいどうしたのだろうと戦士が考えていると。「よし!」っと考えが纏まったのか、戦士を見た。
「私、やっぱり戦えるようになりたいです!」
「……」
いやそれって、結構前からお願いしていたことではありますよね?
そう思うも、戦士は口には出さなかった。
そもそも聖女は戦い不向きな性格で、さらには魔物が大の苦手。なので無理に戦わせる必要性がないと思い、ほとんどの戦闘は戦士が請け負っていたからだ。それを今更どうこういうのも、野暮というもの。
それでも聖女自らそう発言したのは、戦士にとっては充分驚くことである。あの魔物嫌いが、いったいどういう心境の変化があったのかと、純粋に興味も湧いていた。
「それはまたどうして?」
「私、いつも戦士に守ってもらってるじゃないですか。初めはそれでもいいと思ってはいたんですが、戦っている戦士や、あの時助けてくれたニールさんとかを見ると、やっぱり少しくらいは戦える人間になりたいなと思ったんです」
ヴァネッサの村にて、ニールは闇夜の奇襲を受けた。その時たまたま傍にいた聖女たちも巻き込まれたのだが、ニールの戦闘能力を見誤っていた相手側は、手も足もでないままに撤退を余儀なくされていた。別段、戦士だけでもどうにかなる場面ではあったのだが、ニールの手助けがあったから、無傷ですんだという事実もある。
「あの時、私はただ見ているだけでした。何も武器は持ってなかったけど、もし魔術が使えたなら、少しは役にたてたんじゃないかって」
聖女は生まれてこのかた、攻撃系統の魔術は覚えた事が無い。使う意味がなかったから。だけど旅を通して、危険に触れて、己の価値観も少しづつではあるが変わってきているんだろう。
それは戦士も感じてはいることだった。
「確かに、俺がもし聖女の元を離れるようなことが起こった時、何もできないのではただ犬死するだけ。それは……俺も嫌です」
「では」
「そうですね。剣はさすがに一朝一夕では覚えられないので、まずは魔術の基礎から固めていきましょう」
「はい!」
手ごろな木の陰で休憩を取ることになった二人。その間に聖女は、魔術の基礎を教授することになった。
「まず魔術の属性についてです。これは以前、俺が闇属性の魔術を使った時に、少しだけ特性を説明しましたね」
「闇は、引き寄せる力があるんでしたっけ?」
「はい」
闇の特性は引力にある。それ引き寄せる力は強力で、下手をすれば物体をぺしゃんこに押しつぶすなんて芸当もできる。
「闇の魔術は相手を潰したり、生気を刈り取るような代物が多いですが、今はそこらへんの魔術の特徴はやめて、魔力本来の特徴について話しましょうか」
「魔力本来の特徴?」
聖女は首傾げた。戦士は細い木の棒を拾うと、地面にある図式図を描き始める。六角形の頂点ごとに、火のマークだったり雫のマークだったりと、いろんなマークを描いて行った。
「これは?」
「属性表みたいなものだと思ってください。基本的な属性は六つ。火、水、風、氷、雷、土。この六属性になります」
「あれ? 戦士の使う闇属性は、この中にはないんですか?」
聖女の質問に、戦士は頷いた。
「闇や光といった属性は、基本六属性は含まれない、異形属性に数えられるんです。異形属性は発現例も少なく、扱える人間もそういません。中には光や闇以外にも、特殊な力を持っている人なんかもいるんですが、そこは後程と言ったところで。じゃあまずは火についてですね」
戦士は六角形の一番上を指し示す。
「火は炎、熱と言った、ものを温める作用がある属性です。それに加え、活性という固有特性があります」
「活性というと、何かが活発になるんですか?」
「大抵のものはだいたい活性化させられますよ」
活性の能力は、力を増幅させる効果がある。植物ならば早く強く育ち、人間ならば運動能力の向上などが主な効果だ。
「火の属性は単純に力を足していくイメージです。その分どんなものにも使える利点があります」
「なるほど」
「すの火にたいする反対属性が水です。水は鎮静。力を収める力があります」
他にも風は軽量、土は停滞、氷は結合、雷は振動といった特徴がある。
「全て説明すると日が暮れてしまうので、一先ずはそんな力があります。くらいに思ってください」
「はい」
「じゃあ次に聖女が扱う光属性です」
光属性は基本六属性から外れた異形属性。発現例が少ない属性の中では、比較的多くの使い邸がいる属性だ。
光は速度の概念を持っている属性で、どの属性よりも高速で動くことができる。そして光の属性の中には、聖女の扱う回復系統の魔術も存在する。
「光の属性だけが、なぜか魔術術式の中で回復を使うことができます。まあ聖女はそのせいで回復の魔術しか習得してないんですが」
「だって必要なかったんですもん」
ちょっとジト目で戦士を見る聖女。ふて腐れたような表情に、戦士は苦笑いをしながら「わかってますよ」とフォローしてあげる。
「それでなんですが、聖女にはまずこの光属性の魔力を、外に放出するだけのことをして貰います」
「……術式は使わないんですか?」
「まあ最初なんで、基礎の基礎から行きましょうよ」
それもそうか、と納得をし。聖女は誰も居ない方向に手を翳す。
普段、回復魔術を使う感じで魔力を高め始める。すると聖女の周りの空気が魔力の高まりに合わせ、浮力が生まれ聖女の服を軽くはためかせる。
「えい!」
聖女の掌が光輝くと、流れ星のような光の線が生まれ、それが街道の真ん中に着弾すると、派手な爆発を起こした。
軽い地響きに戦士は唖然と、打った本人である聖女も目を丸くしていた。
「……えっ?」
まさかの事態に思考が追い付いていない二人は、顔を見合わせる。
そしてようやく現実を受け入れた聖女は、あたふたオロオロと慌ただしく焦り出した。
「どどどっ、どうしましょう戦士! 道を破壊してしまいました!」
「それ以前の問題が今起こってますよ聖女」
潜在魔力が高い人だろうとは思っていたが、まさかここまでだとは思いもしなかった。ただの魔力弾でこの威力。低級魔術でも。もしかしたら上級魔術に匹敵する威力になるかもしれないな。
漠然とそう考え、戦士は頭の後ろを掻いた。
「まあ道自体はほっといても問題ないですよ。それよりも聖女の魔力コントロールの方が先ですね」
「あ…はい。コントロールですか」
「そうですね。一旦、低級魔術を全力で打ってもらえますか、今術式を教えます」
口頭で術式を伝えると、聖女は再度手を翳して魔力を高める。先程と同様、聖女の周りは浮力が働き始めた。
「弾け! フォトンレイ!」
オレンジの光源が凝縮し、弾けた。しかし……。
「あれ?」
戦士が想像していたものよりもとても小規模のものだった。聖女の潜在魔力量なら、大き目の爆発が起こっても可笑しくないのだが、起こったのは魔術を覚えたてで魔力量が少ない人のが使うみたいな、威力もへったくれもないものだった。
「弾け! フォトンレイ!」
再度同じ呪文を唱えるが、それも同じように小規模なものだった。
「戦士。上手くいかないのですが」
「……ですね」
何が悪いのか、正直な話戦士にもわからないものである。ただ言えることは、ただの魔力弾の方が強かったということだ。
「何か原因があるかもしれませんし、一先ずはこれで終わりにしましょう。先は長いんです、焦る必要もないでしょう」
「そうなんですが……むう……」
納得がいかないのか、ちょっと残念そうに口を尖らせた聖女。だが魔術にたいしては専門外の戦士は、術式を教える以上のことはできないし、それに休憩なのに休憩しないのはもっと駄目だ。
「今は休みましょう。今日はまだ歩くんですから」
「はい。次の休憩の時にでも、もう一度やってみます」
そう言って、二人は軽い食事をとってから、再度歩きだした。
歩きながら、戦士は少しでも聖女が上手く魔術が使えるように色々と考えたが、次の休憩でも聖女が攻撃魔術を使えることはなかった。
~おまけ~
「フォトンレイ! ……フォトンレイ! むう~。なんで魔術はできないんですか~?」
「魔力だけはどうですか?」
「こうですか?」
光輝き、一筋の光が着弾すると、爆発が起こる。
「……もうこれだけでいいんじゃ?」
「諦めないでくださいよ!」




