~道中~
「ちょっと! もう下ろしてください!」
恥ずかしさに真っ赤にした顔で懇願する聖女に、戦士は足を止めて優しく下ろしてあげる。
「自分の足で歩きますか? まだ隣村の馬屋まで距離はありますが」
村を出て、今は隣村のバージシに向かっている最中。アレンジアには馬屋がないため、もし馬車を借りるのであるなら必然的に隣村に行く必要がある。
隣村に行くには軽い山道を越えなければならない。今はその山中といったところ、もう少しで下りが見えてくる場所だ。
「大丈夫です。……いや大丈夫じゃないです。ここは大丈夫なところなんですか?」
「は?」
謎の質問に戦士は首を傾げた。聖女は戦士に詰め寄りもう一度同じ質問をする。
「ここにいても大丈夫なんですよね!?」
「聖女様。いったいなんの心配をなさっているんですか?」
さすがに意味不明なのでそう尋ねるが、聖女はちょっと涙目になりながら戦士の肩を揺さぶる。
「もしこのタイミングで魔物が襲ってきたらどうするんですか!? 私死んじゃいますよ!?」
「そんな急に死ぬわけないじゃないですか。それにあなたの防御力馬鹿みたいに積んでるんすから、ここら辺の魔物の攻撃なんてゼロですよゼロ」
聖女の防具は一級品。戦士の見立てではクラスA相当の魔物でもダメージを与えるのに苦労しそうなレベルで、尚且つ魔道具の効果で上位魔法攻撃以下無効という鬼使用。こんな辺境、クラスF相当のスライムかウルフしか出ないようなところで、万に一つも聖女が死ぬようなことはない。
「馬鹿ってなんですか馬鹿って! それに魔物は呪いを持っているんでしょ!? きっと呪われます!」
こいつめんどくせ~。
戦士は心の中で愚痴るも声には出さなかった。
「いいですか聖女。もし森羅万象あらゆる魔物が呪いを持っていたとしましょう。そしたらもうこの世界は魔物ものになっていますよ?」
「それはわからないじゃないですか! 時間差で発動するかもしれませんし」
「俺はかれこれ10年間は魔物と戦って傷を負っていますが、なんともありませんが?」
さすがにこれには聖女も口を閉ざした。10年近くも呪いが発動しないなんてそうそうあり得る話ではないので、聖女も渋々と言った具合に理解はしてくれただろう。
「……わかりました。呪いはないのですね?」
「まあ呪いを持ってる魔物は少なからずいますけどね?」
「やっぱりいるんじゃないんですか~!」
また肩を掴んで揺さぶる聖女。
「いるというだけで全員ではないですよ! そういう敵もいるということです。知識として持っていてください」
「あ……そういうことですか、わかりました」
聖女は戦士を離し、一つ咳払いをして軽く頭を下げた。
「さきほどは取り乱してすみません。その……魔物のことになると、どうも制御が効かないといいますか」
「別にいいですよ。それだけ危機管理能力があるということは素晴らしいことです」
「ありがとうございます。……」
聖女は顔を上げ、戦士の顔をジッと見ながら何かを考えだした。突然見つめられて戦士は不審な目を聖女に向ける。
「何ですか?」
「いえ、あなたの名前を聞いていなかったので」
「ああ」
戦士は困ったように頭の後ろを掻く。その姿を不思議そうに眺め、戦士が切り出すのを待った。
「特に名前がある訳じゃないんですが、できれば戦士とそのまま呼んでいただければ」
「……何か理由があるのですね。ならそのことについてはもう問いただしません。では戦士、行きましょうか」
そうニッコリ笑う聖女に、戦士は苦い顔をした。
「聞かないんですね」
「どうしてです?」
戦士の不安そうな顔に、聖女はきょとんと首を傾げた。
「いや、普通なら理由を聞くかと思って」
「あなたが話たくなった時に仰ってくださればいいんですよ。それまで私は待ちます。あなたはちゃんと話すと信じていますから」
「それは……神の教えだからですか?」
「いえ……私の勘です」
聖女は悪戯っぽく笑う。ただの勘で信じるのはどうなのかとか、色々言いたいことは戦士もあっただろう。でもその笑顔を見てしまったら、もう何も言えなくなってしまったのだ。
戦士は静かに微笑むと道の先を歩きだした聖女を見る。
「道わかるんですか?」
「任せてください。こうみえても聖女ですから」
それは関係あるんですかね~。苦笑しながら、そう思う戦士だった。
~おまけ~
わかれ道。どっちかに行けばバージシに付くが、もう一方はまた山中に戻る道。
「……」
聖女は考えていた、それもそのはず。いままで16年間村に引きこもっていたのだから、こんなところにわかれ道があることも知るよしもない。
散々悩んだ挙句、聖女はついに答えを出す。
「……左です!」
「右ですよ」
勢いよく左を指さすも、すぐさま戦士に正される。
戦士は一人先に歩き始め、聖女は左を指差したまま固まっていた。
風が、静かに木々を揺らす音が響く。