~スライムはゼリー~
「お願いしますよ! 私の後ろから離れないでくださいね! お願いですよ!!」
「わかってますから、早くやっちゃってくださいよ。スライム相手にいったい何分時間かければ気が済むんですか?」
「スライム相手!? ふざけないでください! 私にとってはこれ以上の強敵は存在しないとでも言えるくらいなんですよ!?」
スライムでこれ以上ないとか言ってたら、ビーとかウルフとはどうなっちゃんでしょうね~。と心の中で愚痴る戦士。
今、聖女と戦士は王都を離れ、街道から離れたちょっとした脇道で、下位クラスの魔物相手で、聖女の魔物嫌いを緩和させようとしていた。
魔物は人の多いところは嫌う傾向があるので、王都や街の近くなんかには、決まって下位クラス、俗に言う叩けば死ぬ程度の魔物しか存在しない。こいつらは動物なんかが魔物に変わっただけ、というのが大半で、戦いの心得を持っていない一般人でも、武装さえ整っていれば余裕で倒せる。
だからこそ聖女に慣れてもらうにはぴったりだと踏んでいたのだが、下位クラスにはもう一つ、というか一匹、不定形の魔物が存在していたのを戦士は失念していた。
それがこのスライムである。ぷるぷるとしたゼリー状の球体は、なんだか体に悪そうな濃い青色をしている。害は0に等しいほど、スライムという魔物は無害な生物だ。ただし大漁繁殖をする恐れがあるので、定期的に駆除しなければならないのがネックである。
スライムは先ほどからノロノロと聖女の目の前を横断しており、特に攻撃してくるようなそぶりは見せない。そもそも気づいているのかどうかも怪しいところだ。
それにしても何故聖女がここまで狼狽しているのか。まあ魔物と言うだけで失神するんじゃないかと思われていたから、まだちゃんと意識があるんだと言うことに戦士は若干安堵している。
だがそれでも聖女はスライムに恐怖している。まだ動物型の方が脅威であるのにも関わらずだ。
「聖女。何度も言いますけれど、スライムは踏む潰すだけで消滅する弱い魔物です。あなたは武装をし、なおかつ防御力はクラスAを超えない限りは無傷と言ってもいい。怖がる理由なんてないですよ?」
「そういう問題ではないですよ! そもそも私は言いたいです! なんであんなものが、普通に動いているんですか!? もはやホラーです!」
「俺からしたらまだアンデットの方が恐ろしいですけどね」
「う~気持ち悪い。本当に生物なのかも怪しいですよ……。あれでどうやって生きているんですか? 内臓器官なんかないじゃないですか?」
スライムがゼリー状であるため、中身は透けて見える。もちろん人間や動物のような骨や内臓は存在しない。完全に液体だ。
「水が独りでに形をなしたほうがまだましですよ」
「どう違うんですかそれ?」
「水だという事実がわかっていればいいんです。あれは液体なのかもわからない」
「まあスライムはスライム液って分類になりますからね……。美容にいいと王都では人気の材料ですが」
「世の女性はあんな汚物を何に使うつもりなんですか?」
さすがにそれは言いすぎだろ。
「でもまあ何となくわかりましたよ」
聖女が何に恐れているのか。理解できない物が怖いのだ。だから恐怖し、己を守るために距離置く。誰だって知らない物は怖いものだ。怖いからこそ考えて、よけいに悪い方向に行ってしまう。
最初に出会ったのがウルフとかの獣タイプだったら。もしかしたら話が違ったかもな。
だがもうそれは今更というものだ。かれこれ10分はスライムと面向かいになっているんだから、せめて克服しないにしても、恐怖心を和らげるくらいにはなって欲しい。
「聖女。いいですか……スライムはゼリーです。ゼリー状じゃなくて、体がゼリーなんです。なので刻んだら切れますし、踏みつければバラバラになります」
「だとしても相手は魔物です。何をするかわからないじゃないですか!」
「大丈夫です。聖女は今朝もゼリー食べたじゃないですか。昨日だってゼリー食べてたじゃないですか。ゼリーが攻撃してきたことなんて一度でもありましたか? ゼリーが悪意を持ったことなんて一度でもありましたか? ゼリーは何もしなかったでしょ?」
「た……確かに……ゼリーは何もしないですね」
「そういうことです。スライムだってゼリーの仲間です。何もしません。ただ食べられないだけです」
まさかの洗脳である。しかし古来より、洗脳というのは恐怖心をなくすにはうってつけの方法ではあるのだ。現に今も、聖女はスライムのことがゼリーと同等の位置に来ているのだから。後はこれをどう戦う意思に持っていくかが問題だ。
「食べられないゼリー……ならそれはゼリーではない!!」
おしい!!
しかし聖女は自力で元に戻りました。
戦士はまた頭を抱えます。だがそんな戦士の様子をみていた聖女は、さすがに居た堪れない気持ちになり、意を決して剣を振りかぶる。
後は振り下ろすだけ。だがその一歩が遠い。踏み込もうと思っても、思うように足が前に進まない。
「聖女……」
戦士も見守る中、聖女は涙を堪え、目を閉じて剣を振り下ろした。
「えい!」
ここでスライムの構造に付いて、少しだけ詳しく解説しよう。さきほど申した通りスライムはスライム液と呼ばれる液体が固まり、ゼリー状になった姿をしている。このスライム液というのは、美容効果があるだけに留まらず、通常の液体よりも反発力を持っている。この反発力がなかなかももので、ゼリー状の今の状態では、まるでゴムのように弾んだりするのだ。
さすがに一定以上の力を加えると破裂したり、ボロボロに崩れたりするのだが、それ以下の圧縮や打撃なんかは弾くことができる。腰が入っていない状態で剣を振り下ろせば、弾んでしまうくらいには。
さて、今まさに聖女は剣を振りおろした。振るったというよりは、重力に任せて叩きつけたと言った方が正しいが、いわゆる剣だけの重みで斬りかかったのだ。そしてそれは、スライムの体を切断するには不十分の威力と言ってもいい。
剣がスライムの体を捕える。むにっ! っと体が剣を包み込むように伸縮すると、ゴムの性質で元に戻ろうとする力が働き、剣を勢いよく弾いた。聖女はあまり強く柄を握っていた訳ではないので、スポーン、と空高く打ち上がり、そのまま縦に回転しながら落下。少し離れた地面に突き刺さる。
その光景を唖然と見る戦士と、いつのまにか剣がなくなったことに驚き、自分の手を見たり辺りをキョロキョロしだす聖女。そして、悠然と歩みを進めるスライム。
「戦士、剣がどこかに行ってしまいました……」
「あ~はい。まあそれは今はいいです」
「? ……あれ!? スライムまだ生きてますよ!?」
聖女は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。
「そうですね。あ~……聖女?」
「早く! 早く倒してください!!」
怖いせいで動けない聖女は、スライムを指さしながら助けを求める。
「……大丈夫なのかこれ?」
戦士はその光景に、これから先の不安しか覚えなかった。
~おまけ~
「スライムは凶悪でしたね。それにしても……どうしてあそこに剣が刺さっていたんでしょう?」
スライムより簡単に倒せて、なおかつ力のいらない敵ってのいるのだろうか?
互いに悩む二人であった。
スライム
種族:不定
ランク:F
特性:ゴム製の体
生息区域:だいたいどこにでもいたりする
特徴:温厚で人に危害を加えることのしない魔物。だが繁殖能力が高いので、定期的に駆除しなくては溢れかえってしまう。スライムの体はスライム液と呼ばれる液体が凝固したもので、スライム液は固まることでゴムのような弾力が生まれ、攻撃を弾いたりする(ただし強い攻撃や継続しての攻撃には弱い)。
いまだ謎の多い種類の魔物ではあるが、危険性がないため放置気味。




