~改めて~
結局あの後、とてもパーティなどする気になれなかった一同は。王の計らいで、何事もなかったかのように解散となった。
その原因の一角を担う聖女はというと、申し訳なさそうに顔を下げ、トボトボと城を後にする。
後ろから付いて行く戦士は、一度頭の後ろを掻くと、聖女の隣に並んだ。ちらりと確認をしてから、咳払い。聖女は戦士の方を向く。
「時間が余りましたね。どこいきます?」
「えっ?」
「ですから……気晴らしに観光でもと思いましてね。どうせ明日にはここを発たなければならないんですから、今日ぐらいは聖女の好きにしていいですよ」
「本当ですか!?」
目を輝かせ、嬉しそうに考え始める聖女に、戦士の頬は綻んだ。
「では! 色々食べ歩きたいです!」
「本当に食い意地はってますよね」
「別にいいではありませんか。美味しいものに罪はないんですから」
確かにそうだ。と思いながら、この華奢な体のどこに栄養が消えているのか気になる戦士だった。
聖女は比較的小柄な体系をしている。身長もさほど高くなく、戦士から見た感じ肉つきも多い方ではない。今朝に至ってはゼリーを三杯平らげ、さらにはモチアゲコロッケを三個も食べるという、大食らいを見せたほど。
一つ考えられるとしたら……。と、戦士の目線が胸当てに隠された胸部に移る。
当たり前だが、聖女の胸の大きさがどれほどのものか戦士は知らない。最初に会った時が、すでに今の戦乙女の姿だったし、その姿以外に聖女の普段着を目にしたことがない。
気にならないと言えば、まあ嘘になる。戦士だって男であるのだから、こういったことに興味が出るのは当たり前のことだ。
「……」
うん。無粋な考えはやめよう。
紳士を体現したような人物がもしいるとするならば、それは恐らく戦士だと思われる。
「どうしました戦士? 早く行きましょうよ」
「急かさなくても食べ物はなくなりませんよ?」
「売り切れるという可能性があるじゃないですか!」
「ごもっともで」
二人で改めて王都を満喫し、聖女に連れられながら10軒近くをはしごした。お陰さまで所持金がかなり減ったが、これからのモチベーションとしては、最高のものだと言えよう。なにより、聖女の楽しんでいる姿が、戦士にとっては一番のやる気になる。
散々歩きまわり、夕日がもう落ちるといった時間。二人は王都を一望できる見晴らしのいい高台にいた。
「満足ですか?」
「はい!」
戦士は石垣に凭れながら、聖女はその横で街の方を向きながら、落ちる夕日を眺めている。
「まあ、あれだけ食べればね」
「それは恥ずかしいので言わないでください」
頬を赤らめてしかめっ面をする聖女。戦士はその姿に顔が綻んだ。
「なんですか?」
ジトッと戦士を睨む。「別に何もないですよ」と、戦士も街の方を向く。
「今日は本当に、色々お疲れさまでした。大変でしたね」
「そうですね……。まさか求婚されるとは夢にも思ってませんでしたよ」
「それは俺もです」
ははは……と乾いた笑いをする二人。
「実際どうなんです? 結婚とか、恋愛とかは。聖女の場合は、禁止されていたりするのでは?」
「いえ。そのようなことはありません。聖職者だからといって、恋愛をしていけないわけではないのです。聖職者は清純あれ。私たちもそうあるべきだと思いますが、それ以前に私たちは、一人の人間ですから」
そう微笑む聖女。
戦士は今の言葉で、聖女の聖女らしさが薄いことに、納得が言った部分があった。この四日間そこら聖女を見て来たが、聖女は聖女らしからぬ行動を取ることが多かった。そのたびに、この人は本当に聖女なのか? と問いただしたかったが、それでも彼女は、聖女としての最低限の姿は見せていた。
例え愚痴をこぼそうと、無理だと叫ぼうと、彼女は最終的には向き合った。向き合って、どうにかした。その姿は聖女と言えるものだと、戦士は思っている。
「一人の人間……か」
でもそれは……。と、戦士は思う。人々が聖女に抱く思いを担うには、一人の人間には重いことだ。それこそ、清廉潔白、慈愛に満ち、欲もなく、人々を救済へと導く神の使い。それほどまでの神聖さを求められている。だからこそ聖女自身も、そうあるべきだという理念で、己を捨てるのだ。
けれど彼女は、それをしない。
己を捨て聖者になることをせず、人間として聖女を全うしようとしている。矛盾する二つのことを体現しようとすれば、自ずとどこかで亀裂が走る。そうなってしまえば、辛いのは聖女自身だ。
「聖女は、自分が聖女であることに、嫌気がさしたことはありませんか?」
戦士の問いに、聖女は空を見上げ考える。
「う~ん。正直な話をすれば、考えたことがないというのが答えです。でもこれだけは言えます。私は自分のために、聖女として、人間として生きる決心をしたんです。だから、嫌だとは思いません」
まっすぐと戦士を見据える。その言葉に偽りはなく、彼女は聖女なのだと、思わされる言葉だった。
「……あなたは変な人だ」
「なんですかそれ!? 別に変人じゃないですよ!」
「そういうことじゃないですよ」
戦士は微笑む。その様子に、聖女は拗ねるようにそっぽを向く。
「もういいです」
「……でも、いいと思います。どうせ護衛するなら、人間味があった人のほうがいい」
戦士は一呼吸おいてから、続けた。
「だからこれからもよろしくお願いしますよ? ルミア様」
「……私を無理矢理連れだしたんですから、必ず責任は取ってもらいますからね?」
「当たり前です」
これからの旅にたいする、改めての意思表示。二人は握手をする。
「ですが聖女……王城で言ったことは割と本気ですからね?」
「はい? 私を守るってやつですか?」
戦士は首を横に振った。
「聖女にも戦って貰うって方です」
思い出したのか。聖女の顔が固まる。
「あの時はルキエス卿に邪魔されましたが、今後は俺の指導の元、ビシバシいくので、そのつもりで」
ニッコリとした笑顔が、聖女にとっては悪魔の笑みだった。聖女は青ざめた表情でこれからを想像して。
「嫌ですーーー!!!」
結局叫ぶのだった。
~おまけ~
その日の夜。聖女は戦士の「当たり前です」と言った時の顔を思い出して、ちょっともやもやしたのでした。




