何気ない日常 (4)
広々とした中庭に一人立ち尽くしながら結城は中庭を見渡した。
特に何かがあるでも無く青々とした芝生が生えるのみの中庭は、鍛錬にはもってこいの場所ではあるがいかんせん寂しい場所である。
「さて……まだ時間があるな…」
セレーネの会議が終わるまでまだまだ時間がある…、何をしたものか……
「あら?渡会さんじゃないですかぁ」
「む…?おぉ渡会殿!」
声をかけて来たのは王国騎士団の団長クロス・ルベリアと副団長のルナ・マルクリウスだった。
筋骨隆々とした団長とほっそりとした副団長が歩いている姿は、美女と野獣と言う言葉が似合うだろう。
「こんにちは団長様、マルクリウス様」
「結城さん、折角仲良くなったのだからルナと呼んで下さいね?」
「いや、侍女に名で呼ばせては外聞が…」
「クロちゃんは黙ってて!」
この二人は騎士団に入団した頃からの仲らしいがあだ名をつけて呼ぶあたり、それなりに仲はいいようだ。
「だからクロちゃんは止めろと…」
「とにかくルナと呼んで下さいね?」
「かしこまりましたルナ様」
以前、共に戦った仲であるとは言え今はセレーネの侍女として働いてる身、一線を引かねばならないのだがルナさんはそれが嫌なようだ。
少し眉をひそめると腰に手を当てて顔を近づけて来た。
何時もはフンワリとした雰囲気の人だが、今は笑顔なのに怖い雰囲気があり、肩で波打つ銀髪のサイドテールがそれを増長していた。
「ルナ…と呼んで下さい?」
有無を言わせぬ言い方に折れた俺は、苦笑いしながら応えた。
「分かりました、ルナ?」
「そうそう今度からもそう呼んで下さいね」
「分かりました…」
後ろで額を押さえる団長の姿が見え、団長の苦労が偲ばれたがこれでもルナは立派な智将である。
これからも団長は苦労が絶えないだろう。
「そう言えばお二人はどうされたのです?…散歩ですか?」
「まぁそんなところだ、毎朝ここでセレーネ様と渡会殿が鍛錬していると聞いて観に行こうと話したのだよ」
「別に逢瀬じゃありませんからねぇ?」
2人きりで朝から歩いているからそういう関係かと思ったがどうやら違ったようだ。
「そうでしたか…実は鍛錬は先程終わったばかりで…」
「ムゥ…そうか、それは残念だ……ふむ、渡会殿…今お時間はありますかな?」
残念そうにしている団長がふと考えるように顎に手をやるとそう言った。
「先程、一時のおひまを頂きましたので時間ならありますが…」
「ちょうど良い手合わせ願えないか?先の戦を終わりに導いた英傑の力を見てみたかったのだ」
「私もですぅ、今の姿からは普通の可愛い侍女にしか見えないですしねぇ?」
フンワリとした言い方をしているが、ルナの目はこちらを試すような、楽しんでいるような、そんな眼差しだった。
仮にも姫付きの侍女なのだ、多少は疑いの眼差しが入るのも仕方ないだろう。
「かしこまりました……、それでは少し着替えるお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「その服装では動きづらいだろうな、ここで待たせてもらうぞ」
流石にゆったりと大量の布が使われた侍女服では騎士団長の相手は厳しいだろう。
俺は急いで部屋へと戻って少し前に買った服に着替えた。
カタストル領の街ガリナにあるトスカの店で買った服に……
「結局この服が一番楽なんだよな……」
ジーパンの上から白のシャツワンピを着て腰辺りでベルトを締めるだけの簡素な服だが、動きやすく武器を忍ばせることも容易い。
ふと胸に目をやると憐れにもヘソまでスッキリとした身体が目に入る。
元々男であるから特に気にしないが、ふとした拍子に目に入ると我ながら虚しい。
ぺたぺたと胸を触るが僅かながらな感触があるばかりだ。
「動きを制限されないのはいいが…この悲しみはなんだろうなぁ…」
ふぅ……とため息を吐き姿見を見る。
映っているのは段々と伸びてきた黒髪を頭の後ろで纏めた、街にいるような普通の女の子の姿だ。
街と言っても日本の街であって、この世界ではこの服装は異常だろうが……。
「さて…待たせては悪いし早く行くか」
最後にいつも使っている長剣をベルトに挿して俺は急いで部屋を出た。
バタッと少し大きな音がベッドとテーブルなどがあるのみの簡素な部屋に響いた。
結城が扉を閉じた風でカーテンが静かに揺れ動き、やがて室内は動くもののない静寂に包まれた。