何気無い日常 (2)
セレーネの朝食はささやかなものである。
モガの挽いて出来た粉から出来たふんわりとしたパン
雌ヨーグの乳を練って作ったチーズ
幾つかの香草を混ぜて作られたサラダ
雄ボリの肉から作られたハム
肉や魚のブイヨンでシャキシャキのクルツを煮たスープ
食べやすくカットされたレーヌの実
平民でもその気になれば作れるような質素な朝食だ。
だが本来なら貴族より上流の階級で朝食を食べる習慣は無い、しかし日頃剣の鍛錬を欠かさないセレーネはお腹が空くから、と毎日軽い食事を摂っているのだ。
「この後の鍛錬だが、今日こそ私が勝たせてもらうぞ」
「姫様、口にものを入れて話すのは行儀が悪いですよ」
「そういう結城こそフォークの扱い方がおかしいだろう?」
この時姫と侍女は同じテーブルについて食事をしていた。
別にこれが普通という事ではなく、セレーネがそうするよう命令(お願い)したからだ。
「私は‥‥、私は良いのです!」
変に開き直った結城は、勢いよくフォークに刺したクルツを口に入れると周りを見渡した。
「他にメイドはいないな‥‥」
人前では侍女らしく話す約束をした事で、可能な限り丁寧に話しているがやはり疲れるのだ、しばしば人がいない隙を狙って元の口調に戻していた。
「ところでその鍛錬の後はどうするんだ?」
「会議に出席する、今日は諸侯のうち私の捕縛に手を貸した者の処遇についてだな」
セレーネはこのところ毎日何かの会議に出席している、捕縛に手を貸した者と言えば、思い浮かぶのはタリスくらいだろうか。
奴の砦は最後に見た時火の手が上がっていたが、砦はどうなったんだろうな?
「その後は?」
「街に散歩に行く、私は鍛錬の時の格好で行くが結城はどうする?」
セレーネは会議の時もハーフメイルを着て出席している、着慣れているしそっちの方が女だからと甘く見られにくいからだそうだ。
「俺は‥‥‥」
「その服で行きなさい」
今一番聞きたく無い声を聞いた結城は嫌々ながらもそちらを振り向く。
「渡会さん、また言葉遣いが戻ってますよ?」
予想通りそこには女官長であり結城の侍女らしい言葉遣いの先生であるお婆さんがいた。
「申し訳ございません女官長、でも流石にこの格好は人目をひくのですが‥‥‥」
「侍女が侍女の服を着て何がおかしいのです?これは私からの罰です、我慢して行きなさい」
「はい‥‥‥」
女官長はピシャリと結城をはねつけると、用意していたカートにテーブル上の皿を片付け始めた。
「婆や、結城の仕事振りは?」
「それなりに上手くやれてますが、まだまだ淑女としての自覚が足りません」
「それは‥‥まぁ仕方無い事だな」
まだ侍女をやりだして一週間と経っていないのだ、そんなに早く淑女にはなれないだろう、それに結城が淑女と自覚するのは難しいだろう。
「仕方なくなんてございません!あんな可愛らしい顔をしているのですよ!これからの頑張り次第で婿に来たいと申す者がどのくらい集まる事やら‥‥」
仮にもこの国の女王の側に仕えているのだ、嫁にするには充分だろう、しかし‥‥‥
「嫌だ!絶対に嫌だ!何が悲しくて男と結婚するんだ!」
「何を言うのです!?貴方もいずれは結婚して子供を産むんですよ?」
「冗談は止めてくれ、ほら見ろよ!想像しただけで鳥肌が立ってきた」
結城はそう言い自分の腕をまくった、確かに鳥肌が立っている、まぁ無理も無いだろう。
「セレーネも何傍観してんだよ!さっさと鍛錬に行こう!」
「フッフッフッそうだな、では行ってくるよ婆や」
「行ってらっしゃいませ姫様、渡会さんこの件は後でじっくり話しましょう」
「勘弁して下さいよ‥‥‥」
セレーネと結城が食堂を出た後、女官長はテーブル上の片付けを続けながら呟いた。
「全く渡会さんはまるで男みたいなんですから‥‥」
怒ったように呟いてはいるがその顔は、孫の相手をするお婆さんのそれであったが指摘する者はそこには居なかった。
のんびり更新を再開します。
長らくお待たせしてすいませんm(_ _)m