何気無い日常 (1)
コンコン
扉を叩き暫し待つ、中から物音一つしない事を確認してもう一度扉を叩く、しかし中から応答はなくまるで誰もいないようだ。
「セレーネ様、起きていますか?」
もう一度扉を叩き呼びかけるが返事は無い、幼い顔つきの少女はゆったりとした侍女の服を軽く叩き、身なりを整え背筋を伸ばすと部屋の扉を静かに開けた。
部屋はカーテンが閉まっていることで薄暗く、部屋を彩る数々の調度品も影を潜めていた。
足早くカーテンに歩み寄った侍女は、カーテンを手早く開け部屋の中に輝くような朝日を招きいれた、朝日に照らされた数々の調度品は潜めていた姿を晒し光り輝く。
だが部屋の中央に眠る主はまだ目を覚まさない、朝日を反射し黄金のように輝く髪は、部屋を彩る調度品を凌駕する美しさを誇っていた、だが髪の持ち主である女性はその輝きすらものともせず静かに胸を上下させていた。
「セレーネ様、朝です、起きて下さい」
無礼であるのは承知の上で揺り動かして起こしにかかった、そこに来てようやく部屋の主は目を覚まし上体を起こした。
「おはようございますセレーネ様、朝食の支度が整いましたので食堂へお越しください」
壁際に移動していた侍女が一礼して部屋から出ようとした時であった。
「待て」
ベッドの上から寝ぼけ眼で発せられた言葉に侍女は緊張から全身を強張らせた。
「どうかなされましたか?」
「何かを忘れてはいないか?」
おずおずと言葉を漏らす侍女に、部屋の主は眠い目を擦りながら静かに問いかけた。
「‥‥‥申し訳ございません、私には分かりません」
部屋に入る前にノックもしたしカーテンも開けた、何かやり残したことがあっただろうか?
「‥‥‥昨日私はなんと呼んでくれと言っていた?」
「‥‥‥‥あっ!姫様でした‥‥‥」
「今日も賭けは私の勝ちだな」
喜色満面でセレーネが言った瞬間、侍女は先程までの真っ直ぐな姿勢を崩して前のめりになり恨めしそうにセレーネを見つめた。
「そのぐらい見逃してくれてもいいんじゃ無いか?」
先程まで丁寧な言動を取っていた侍女は言葉使いを180度変え、まるで男のように話し出した。
「賭けは賭けだからな、私も負けたくは無い、約束通り今日も付き合ってもらうぞ」
侍女の突然の豹変にも反応せず、侍女の恨み言を受け流したセレーネはスルリと布団から出ると、カーテンの開いた窓際へと歩み寄った。
「今日は天気がいいな結城、どうせだから城下町に散歩にでも行こうか?」
「分かったよ行けばいいんだろセレーネ」
2人はおよそ主従らしからぬ会話を繰り広げ部屋の出口へと向かった、だが部屋を出た2人はいつの間にか本来の主従らしく振る舞い先程の会話など何も無いようであった。
これがアステル国女王セレーネ・ド・アステリルと侍女見習い結城渡会の朝の日課であった。