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「お前達の中に、俺の女に手を出した奴がいる。早々に名乗り出れば命までは取らない。が、しらを切るのであれば……お前達の村の男を手当たり次第に縊り殺してくれる。」


社の屋根から軽業師のようにひらりと飛び降りた鬼は、境内に残った人間達をぐるりと一周見渡した。


村の男たちに浮かんだのは恐怖。それもそうだろう、昔語りに鬼の力を聞いて育つのだ、そしてその鬼が現実に目の前に現れたのだから。

けれども時期が悪かった。

皆酒をかっ喰らってベロベロになっていたせいで、その恐怖を上回る物が心身に湧き上がって来たようだ。


「鬼の女なんて誰が間違ったって手なんか出すもんか!」


「そうだ!ちくしょうこんな祭日にのこのこ出てきやがって!疫病神が!」


オイオイ、いくら酒が入っているからって強気すぎじゃないか?相手は鬼だぞ、見た目であっちの方が強そうじゃん、頭一個分くらい向こうの方がデカイし、よく見たら腰に金棒ぶら下げてないか?命知らずにもほどがあるでしょ!

オラの心の中の絶叫を無視して、命知らずな男達が口々に文句を言う。

しかも鬼だと言っておきながら疫病神とはこれいかに。


「つまらん女だ、別に欲しけりゃくれてやると言いたいところだがな、俺の顔に泥塗りやがって。この落とし前だけはきっちりつけさせてもらうぞ。素直に吐いた方が身の為だ。もう一度だけ言う。ここ半年前まで遡って鬼の山に入った愚か者は誰だ?」


重ねて問われた鬼の言葉に、思い当たる男たちが一斉に一人の男に視線を転じる。


気の弱そうな男が、夜目にも分かるほど顔色をなくして立っていた。

ニヤリと残忍な笑みを浮かべた鬼がゆっくりと近づく。


「そいつか。この男を置いて他の人間はさっさと村に戻るがいい。なに、腕の一本へし折るくらいで勘弁してやる。」


わー!

テンちゃんやり過ぎ!沙穂もいるんだからね!沙穂ドン引きしてないかな?

いや、恋しい男と目の前の鬼が同一人物だと気づけば諦めてくれるかもしれない。


それはともかく、あの震え上がった坊主を助けなくちゃ。


「やい、ちょおまてや!幾ら何でも腕一本でも鬼にくれてやる訳には……」


「おっおれは遊びじゃなかった!本気じゃ!あの人を自由にしてくれ!さっきくれてやってもいいと言うた!俺にくれ!」


必死の形相ってのはこう言う顔か、そんな引きつった顔だが気迫を込めた叫びが辺りに響く。

あれ?

ここはびびった坊主をオラが庇ってやってやるとこじゃないの?


「はいそうですか、なんてくれてやる訳ないだろうが。そうさな俺に一撃入れる事が出来たなら、この村一番の美女と取り替えてやっても構わないぞ。」


「そんな……」


ひょろりとしたあの坊主とテンでは体格も上背も比べ物にならない。

楽しい遊びを思い付いた様に弾んだ声が余計に恐ろしい。

オラだってあれがテンじゃなければ足が竦むだろう。それなのにこのヒョロ男は刃向かって行った。ヒョロ男の想いの強さは本物だ。


オラはわざとらしく咳払いをしてテンに目配せをする。


「鬼さんよ、幾ら何でもあんたとこいつとじゃあ喧嘩にもならんよ。あんたにしてみれば弱いものいじめだろう。ここは腕っ節の強さじゃなくて、飲み比べといこうじゃないか。丁度祭りの酒がまだあるからな。」


「ほう、おもしろい。いいだろう。美味い酒を持ってこい。」


そうして飲み比べが始まった。


が、さっきのヒョロ男はすでに酔いつぶれて地面に転がっている。

どうも下戸だったらしく、それでも五杯程は飲み干したがその後はいけなかった。


「ど、どうしよう!私鬼に攫われちゃう!」


見れば村の娘が己の体を抱いて怯えている。

だが安心しろ。間違っても村一番の美女には当てはまってないからな。


「だ、大丈夫だ!俺が勝つ!お前は俺が守ってやる!」


はい?どうしてそうなるの?

とんだ茶番が繰り広げられているのだが……


半面の向こうからでもそれとわかる冷たい視線が痛い。いや、オラも何が何だか………


お前を守ると豪語していた男も十五杯目辺りで酔いつぶれた。

さすが酒呑の名に恥じない飲みっぷり。テンは平静そのもので、まだまだ余裕が有りそうだ。

ここでオラが出てテンに負ければ筋書き通り。

満を持してオラが立ち上がる……と、その時……


「私が相手になりましょう。むざむざとあの娘さんを貴方に渡す訳にはなりません。」


振り返れば、いままでずっと事の成り行きを見守っていただろう沙穂が立ち上がっていた。


「ちょっ、待って沙穂!なんでお前が出て来るんだ!おとなしく引っ込んでてくれよ!」


「いいえ、刀水士。私にもできる事が有るのですから、止めないでください。」


焦るオラを無視して前に進み出る沙穂。

沈黙を守るとテン、と言うかどうしていいのかわからず固まっているだけかもしれない。


「女が相手と侮らないでくださいませね。」


松明の光を受けながらそこにある彼女の美しさに凄味が増す。

そして朱塗りの杯を手にして嫋やかに微笑む沙穂が、やはり村一番の美女だろう。



固唾を飲んで見守る観衆の中、淡々と杯が重ねられていく。中々早い調子でくいくい酒を煽る二人。


並々と注がれた濁酒を美味そうに飲み干しているが沙穂の目元は既に桜色に染まっている。それも当然、他の二人の男達よりも遥か に多く飲んでいるのだから。


「……それくらいにしておいたらどうだ。だいぶ辛そうだが?」


「い、いえ…まら、こりぇから、れすわあっっく!」


互いにもう何杯目かわからない。

交互に飲みながら先に潰れたほうが負けだ。

しかし沙穂のほうがやばそうだ、ろれつが回らなくなってきている。


濁酒は口当たりが良いから飲みやすい。その代わり悪酔いもしやすいんじゃ。飲みなれていない沙穂はそこんとこ分かっていない。ここで限界まで飲んじまうと、身体の限界はとっくに超えてるはず。下手したら死ぬんじゃないか。


オラの焦りを余所に沙穂は更に酒を注ごうと酒瓶に手を伸ばした。


「……ありぇ?」


「お前の負けだ。これ以上は無駄だ。」


ほっそりとした彼女の腕を掴んでいるのはテン。

有無を言わさず酒瓶を取り上げた。


「まられすわ!わたくし、まら、のめましゅ……っぷ」


いや、もう無理です。全然喋れていないから。それに気付いていない事自体駄目だろ。

テンが止めてくれて助かった。


「じゃあ俺の勝ちだな。村一番の美女とやら楽しみにしているぞ、せいぜい綺麗に飾り付けて山においていけ。」


「いや!まらのみぇましゅ!」


立ち上がったテンが、沙穂のうでを取って立ち上がらせようとしたのだが………沙穂は立てない。

ひょいと横抱きで彼女を抱え上げたテンが、芝の束を放るかのように渡してきた。

オラはよろけながらその身体を受け止める。


「これで良いんだろ。」


すれ違いざま小声で囁くテンに小さく頷くオラに、気付いた奴らはいなかった。


鬼の人間離れした跳躍力で、社の屋根までひとっ飛びしたテンはそのまま闇夜に紛れ姿を消した。


唖然とした表情でその後ろ姿を見送る村人達、しかし沙穂は腕の中ではまだ叫び声を上げている。


「わらくしにもっ!やりぇりゅことはありぃましゅわ!っく、なんれ、とめたの……なんでよ……」


力なくその小さな拳でオラの胸を叩く。

痛いほど沙穂の気持ちが分かった。

でも分かったところでオラはどうしてやることも出来ない。精々今日の茶番劇を演じて、お前があんなに望んだ男の所へ送り届けてやるためのお膳立てをするくらいしか……


いつしか叫びは涙声に変わり、桜色に蒸気した沙穂の頬を涙が伝っていた。











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