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パチパチ爆ぜる焚火に炙られ、じゅわじゅわと脂を滴らせながら、香ばしい香りを漂わせているのは、先程釣り上げた魚だ。
俺の背中に隠れた刈葦だが、好奇心には勝てないと見え、顔だけを覗かして、初めてみる人間を観察している。
その顔には、訳が分からない、と書いてある。当然だ、人間は禁忌。ほんの子供の頃から昔語りなどを通じ、そう叩き込まれる。
それなのに今、厄と滅びの代名詞みたいな存在と、一緒に飯を食ってるのだから。
「おー、今日はこんまいのを連れてるんじゃねーか。おらは刀水士。下の村の人間じゃ。お前は?何て言うんじゃ。」
「………。」
「名を聞かれてる。そんなにビクビクするな。いざとなればこいつの首をへし折ればいい、怖がるなよ。」
「テン…お前何気に酷い事言ってるよ?おら達の友情はどこ行っちまったんだよ。」
「そんなものがあったのか?」
「わー‼︎テンのイケズ!」
よよと泣き伏す刀水士を、幼子特有の引き笑いで笑う刈葦。俺は久々に思い切り笑っている刈葦の姿にほっとした。
「か、刈葦っていうの。」
笑った顔はそのままに、おずおずと恥ずかしそうに口を開いた刈葦の頭を、グリグリと撫でくり回す刀水士も、嬉しそうに笑った。
「あつっ!」
頃合いかと、手を伸ばした俺を真似て、刈葦もその小さな手を、焼き魚の串に伸ばしたが、熱くて持てない。
「大丈夫か?手見せてみろ、火傷してないだろうな?」
隣に座る刀水士は、食べていた魚を吹き出しているが、構うものかよ。
うるさい、俺にとってはこの小さな甥が唯一、血の繋がった存在だと思える者なんだ。
「おかんかよ。しかし、マメなことだなぁ。長い付き合いだけどテンがそんな子供好きだなんて知らなかったわ………あれ?ちょい待ち、まさかとは思うが…お前の子供か⁉︎なんだよいつの間に妻子持ちになってるんだよ〜っ!あ〜まさかテンに先越されるとはなぁ。この無愛想な朴念仁がぁ」
「ぬかせ!…俺の甥だ。」
熱々の焼き魚にかぶり付く刈葦は、食べることに集中して、こちらへ意識が向いている様子は無い。
「………見てわかるだろう、角無しなんだ。俺はこいつをどうしても守ってやりたい。」
横を見れば、歯に挟まった小骨と格闘している刀水士。
あー、そういう奴だよ、昔から。こっちは真面目に喋っているのに、空気読まない、会話の内容そっちのけで、別の話題をポンポン振ってくる。
「そっか、甥っ子か。成る程、どうりで似てる訳だ。」
そうなんだろうか?
自分の顔と見比べる事など無いから知らなかった。
焼き魚にかぶり付けば、口の中一杯に淡白な魚の味と、脂が広がる。美味い。
「にいちゃん、美味しいね。」
ニコニコしながら見上げてくる刈葦が、可愛くて仕方ない。てかてかと脂で光る口の端しを拭ってやる。
そんな折ふと、先日の土左衛門の事が頭を掠めた。
「そう言えば…この前、この先の滝壺にはまっていた女を助けたが、その後どうだ、無事か?」
「んグッ、ぶっ!」
刀水士が飲んでいた水を吹き出した。きたねえな。
「そっ、それ、マジでか?お前が人間助けたのか?…なんで…」
「そんなつもりなかったんだが、…水に浮いた着物が花が咲いたみたいだったんだ…」
本当だ、何であの時あんな女を助けたのか…自分でもわからない。
白磁の肌と、首筋にへばりつく長い長い黒髪、ささやかな膨らみとその胸の飾りが薄桃色に色付いていた。閉じ合わされた瞼を縁取る長い睫毛が影を落とすその様を、彼女を抱きかかえている間眺めていた。
「ここには村の奴らは来るはずないでしょ。鬼に会ったらどうするの!って子供の頃からぎゅうといいつけられるんだぞ。…名前とか、言ってた?」
「それを言えば何でお前はここにいるんだよ、んー名前、なんだっけかな…さわ?さな?さき?なんか『さ』で始まった様な。」
あの時は、村の人間に見つかりそうで気もそぞろだったから、あまり良く聞いてなかった。
焚火に頭を突っ込む勢いで倒れ伏す刀水士、一体どうしたって言うんだこいつは。
「そっ、そうか。あはははっ。いや、その助けてくれてありがとうな。えーと、…そいつは今は元気。元々体弱いから暫く寝込んだけど、今は普通にしてるよ。」
「左様か。そりゃ良かったな。」
その後は土左衛門の事など頭の隅に追いやり、刈葦の世話に勤しむ俺。隣で頭を抱えて唸る刀水士は不可解。
然し、ちょうど良い。
俺はこいつに言わなくてはならない事がある。
隣で絶賛悶絶中の刀水士に、話を振った。
「刀水士、お前俺に隠し事してないか?」
きょとんとした刀水士はきっと本当に知らなかったのだろう。
だが、俺は無かった事にはしたくない。表立って争う気は無いが、罪を犯した以上其れ相応の報いは受けるべきだ。
この件については、俺が許せない。
「俺の里の女が、人間に犯され子を孕んだ。俺はこの件、捨て置く積りはない。下手人を探し出し俺に差し出せ、出来ないというなら…相応の報復を覚悟しろ。」
いきなりの事に、目をパチクリさせていた刀水士だが、話が頭の中に入ったと見るや、みるみる青ざめた顔になる。
「ちょい待ち、何それ。本当か?本当に人間が相手なのか?」
「証拠を出せと言われても、それは出来ない。ただ、女は角無しの丙種。普通、鬼には相手にされない。そもそも、俺たちの世界は狭過ぎてとんでも無く閉鎖的だからな、角無しの受ける扱いは、お前にも話した事はあるだろう。更にはその女には里を出る許可を出していた時期がある。腹の子の育ち具合から、それらの時期に一致する…凌辱されただろう時と。」
「そんな…決め付けられても…」
「決め付けと言うならそれでいい。ただ、俺が出張るぞ。お前達の村に降りて、俺が探し出し手を下すだけだ。勿論、闇雲に荒らし回る様な真似はしないさ、けどな、きっちり落とし前は付けてもらうぞ、当人達にな。」
暫く黙り込む刀水士だが、次には顔を上げ、俺の目を見据えた。
こいつを気に入っているのは、こう言う所だろうな。刀水士の臆さず、奢らず、剛胆だが素直に物事を見ようとする姿勢が、俺たちの関係を作ったんだ。
二本角の俺の姿に、怯えるでもなく興味津々で近づいてきた、幼い刀水士。ちょうど今の刈葦位の年であったか…。
「分かった。次期村長として、その話引き受ける。期限は如何程か?」
「…ひと月。」
「承知。」
魚を食べ終わった刈葦が、不安そうな顔で俺たちを見ていた。
◇◇◇◇◇
「刀水士、おかえりなさい。あの、何か分かりました?」
浮いた声色が聞こえて、脱力する。
おらの帰りを待ち構えている沙穂は、完全恋する乙女だ。
そして、沙穂が想いを寄せる相手が『鬼』だなんて、…言えないッ!
迷子になった沙穂は、村の外れで見つかり、こってりしっかり絞られた。
だが、夜半から熱を出して寝込んだ彼女は、一週間経っても起き上がれなかった。元々食が細いのに、更に食べなくなり骨と皮だけになっちまった。しかも、うわ言をブツブツ繰り返し、相当病んでいる様子。
看病に当たったおらの母ちゃん曰く「ありゃ〜恋煩いだわ。あんた年も近いし、話を聞いてやんな。」と、息子に無茶ぶりときたもんだ。
やだよ、そういうのは女は女、男は男できゃっきゃすればいいだろう!
と内心思いつつ、沙穂にはそんな話を出来る相手もいない。
仕方なくそれとなく沙穂に聞いてみれば、イヤーな予感がしたものだ。おらは自分の勘のよさを喜ぶべきか、悲しむべきか…
今日、運良くテンに会ったおらは、まさかと思いつつ、どうやって話を聞こうかと悩んでいたが、あっさり決定打をぶち込まれた。
やっぱり、テンが、沙穂を助けたんだ。
鬼だけど、変に生真面目なあいつは、沙穂を放って置けなかったんだろう。結局優しい男なんだ。ついでに面倒見もいい責任感の強い鬼で…危険も顧みず、人の村にまで沙穂を送って来たらしい。
本当にいい奴で、おらはあいつが大好きだ。
でも…、沙穂には言えない。
お前が恋した男は『鬼』だなんて。




