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朝、気付けば隣の寝床の中はもぬけの殻。

一人ぽつんと取り残されてた沙穂は、微かに温もりの残る布団に手をやった。


「旦那様は可愛らしい方ですね。」


昨夜の様子思い出し、思わず小さく笑いが溢れる。

寝ぼけたふりをしてころりと寝返りを打てば、自分の小さな手に触れるのは驚くほどに逞しい腕。あちらも寝たふりだったのだろう、びくりと体を揺らしていた。

そのくせ、こちらを窺いながらそっと布団を掛け直してくれたり。

余り言葉を交わした訳ではないが、あのつっけんどんな物言いは照れ隠しなのだろうか。

なんて可愛らしい。


鬼に嫁すと言うのだから、人身御供や人質の様な扱いを想像していたのに、まるで違う。

むしろ自分は大切に扱われているのでは無いかと思うくらいだ。それが思違いであったとしても、こんなに充足を覚える朝は久しぶりで、胸の内側に暖かさが満ちている。


「ふふふふ。今日こそは旦那様のお顔をよく見せて貰いましょう。」


思わず笑みがこぼれる。

長い髪を手早くまとめ、寝間着を着替える。

一重に緋袴を身につけ、衣桁に掛かっていた重ねに袖を通し、袂のもたつきを直す。

こんな事も昔は一人では出来なかったのだ。

いや、はしたないから女房に手伝わせる物だと教育を受けたのだが、もうここではそんな事を言う人間は居ない。

自分の事は自分で出来る限りやって見ようと思う。

そして、常に誰かの為に手を差し伸べる事の出来る、彼の助けになれたらいいと思った。


人の気配を感じて足を向ければ厨に向かう廊下で石動に行き合う。


「おはようございます若奥様。

もっとゆっくりなさって下さって構いませんのに、何かとお疲れでございましょうから。」


昨日よりも更にニコニコと笑顔の石動。

何かとお疲れ、の部分を強調されて苦笑いしてしまうのは仕方がない。

自分でもちょっと肩透かしを食らった感はあるのだが、酒呑がそれを望まないのであれば仕方がない。

だからと言って自分が嫌われている様には思えないから、そんなに心配する必要は無い。その内実質的な夫婦になる時は来るだろうと、そう楽観的な自分がいる事に驚いてはいるのだが。


「いえ、大丈夫ですよ。あの、旦那様は?」


「ああ、水汲みと竃の火の塩梅をみてくだすってます。まぁマメなお方でねぇ。もう直ぐ朝餉の支度が整いますで、お待ち下され。」




◇◇◇◇◇




「バカーーーーー‼︎ヘタレ‼︎お前それでも男か⁉︎」


沙穂が気になり、それとなく彼女の体調を聞いてみたらテンの様子がおかしい。

いつもの動じない雰囲気からは掛け離れた挙動不審なテンを問い詰めれば、根が真面目な性格の所為で、言い訳したいのか暴露したかったのか分からないほどに、ボロボロと昨夜の二人の様子を零してくれた。

顔を赤らめ、片手で口元を押さえながら横を向くテンの色気は半端ない。オラが女なら「キャー素敵!抱いて!」位言えそうな気がする。

しかも初夜と言うにまさかの不発。

え?嘘でしょ?

老若男女問わずおもてになりそうな、麗しい面を装備してるってのに。なんなのこの奥手な反応。って言うか、テンが清らか過ぎて心配になるよ。


「う、うるさい。」


赤くなった顔で睨みつけられてもむしろ……

かーわいーっ!って何を考えてるんだオラは!いくらテンが美人だっても、美女じゃねーし。男同士でちょめちょめする趣味はない!

とはいえ、沙穂は傷ついたんじゃなかろうか?

あんなに恋い焦がれた男と一緒になったって言うのに、同衾しつつ指一本触れて来ない夫って。


「据え膳食わぬは男の恥!恥!はじっ!」


「おっ俺は無理強いしたくない‼︎」


「はじっ、はえ?」


つい強い調子で言いかけたオラの言葉に、被せるように返すテン。その顔には焦りの色が浮かぶ。


「あ、あんな細い身体、俺が触ったら骨が折れる‼︎いや、砕ける‼︎」


「んな馬鹿な。」


「いや、お前鬼を舐めすぎ。」


裏手の庭に転がる幾つかの丸太は中途半端な長さで、この屋敷の木材の余りだった。薪木にすればいいと残してあったのだ。

テンの手の中で引きちぎる様に丸太が破れる。

破れると表現して良いのか分からないが、柱用の一個の丸太が割れてテンの左右の手に半分ずつにぎられている。いや、元は一抱えもする太い丸太に、テンの指先がブッ刺さって、左右に引っ張った挙句割れましたと……うん、信じられない馬鹿力。


「これ位朝飯前だぞ。人間にこれが出来るわけないだろうが。」


平静を取り戻したテンの言葉と、信じ難い姿をみたオラの背中に冷たいものが伝う。

確かに、半分忘れかけていたよ、目の前の男が鬼だってこと。テンだから沙穂を任せる事が出来たのだ。

人間だから、鬼だから、そういう括りに囚われないこいつだから、今まで付き合って来れたんだ。逆に言えば、オラ達の関係はテンの胸三寸って事でもある。


「おおう。わかった、テンの懸念は理解したがな、沙穂はテンに惚れてるの。無理強いとかないから。」


「本人がそう言ったのか?」


「じゃなくて、そう言う問題じゃない。新婚初夜に手も出されないだなんて、女にとっての自尊心を傷付ける行為だ。」


そこでまた雷に打たれたように衝撃を受けた顔するのは何でかな。


「そ、そうなのか?だが、あんな華奢な体じゃあ圧死させそうで俺が怖い。どうすれば……」


尻窄みに小さくなる声に脱力した。

そんなもんオラに聞くなよ!怖いとか言うなし!

そんな顔しながらオラを見てもダメ。お前の方が経験値高いだろうに!泣き言なんざ聞きたくないわ!




そんなこんな男二人で朝から昨夜の反省会をして、わやわや言い合っている所に、砂利を踏む小さな足音が聞こえた。


「おはようございます。」


朝日を背に受けた沙穂が、はにかみながら立っている。

何だ、ちっとも落ち込んだ風じゃない。それよかずっと甘ったるい雰囲気が辺りをつつんで、オラお邪魔?って感じ。

再び挙動不審に陥るテン。物凄く沙穂を意識してるのが分かる。


「やっと旦那様のお顔を見ることが出来ました。」


そう言いながら髪を耳にかける沙穂は気付いちゃいないだろう。その白い耳が赤く染まってる事を。心底嬉しそうにテンを見上げる沙穂は幸せそうで、オラの心配事なんかどうでも良くなるや。

本当に良かった。

沙穂が悲しむ姿なんか見たくないからな、どういう形であれ二人が上手く行ってくれれば、オラはそれで満足だ。

鼻の奥がツンとする。

娘を嫁に出す父親の気分だな。



「あのっ、私考えたんですけど……。」


「なっ、何だ。」


「正面切ってと言うのは難しいと思うんです。秘密裏に事を運ぶとなると、小細工とある程度の技巧と言いますか、技が必要になるんですが……。」


えっ?

それってさっきの圧死がどうとか、テンが言っていた話か?

さっきの話を聞かれていたのか、それとも滲み出る何かがあるのか、閨の話をこんな堂々と朝から口にするなんて、沙穂はどうなっちゃったんだ。


「あのっ、沙穂?何言ってるのっ?」


焦って沙穂を止めようとしても、さっぱり通じない。視線はテンに釘付けだ。


「ですが、あまり先延ばしには出来ませんでしょう。」


「は、い。」


あー、なんでそこ素直に返事しちゃうかな。

生暖かい目でテンを見上げるオラにも爆弾を投下する沙穂。


「ですから、刀水士にも協力してもらいたいです。」


「はあっ?俺が?何でだょ!つか、お前が嫌なんじゃないのか⁉︎そんな、三人でだなんて……

オラは困る。大体お前の夫がいるだろ!テンが!」


「駄目ですか?刀水士が要になる話ですので、諾と頷いてもらわなくては先には進めませぬ。」


可愛らしく小首を傾げる沙穂にアングリと口を開けるしか出来ない。


「さ、さんにん……」


小さな呟きがオラの横から降ってくる、途方に暮れた感じの声だ。

オラも激しく同意!


「ええ、三人。或いはもう一人、石動にもお願いしてみても良いかも知れません。」


「はああっ‼︎」


「皆で練習してみましょう!」


「「何言ってるんだお前っ‼︎」」


オラとテンの声が静かな朝の山々に響き渡った。




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