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真冬の澄み切った夜空には降るように輝く星々。

いつまでも眺めていたいと思ってしまう……そんな現実逃避から引き戻す非情な声が掛けられた。


「じゃあ、婿殿おきばりやす。」


「若様、次の間に控えておりますゆえ。」


すっかり膳は片付けられ、俺の逃げ場はない。


「いいから!さっさと寝てくれ!石動もこっちはほっといてくれて結構!」


ああもうイヤ!

ニヤニヤ笑いを浮かべる刀水士が小憎らしい。

あのね、童貞に『後は任せるょ』なんて言っちゃダメ!緊張の余り役立たずになりかね無い。精神的圧力に簡単に屈しちゃうんだから。もっとこう自然にだな……

そう!所謂、初夜!というヤツだ。汗。

意識しちゃうとダメ‼︎

なんかこの寒いのにダラダラと汗が出てくる。


「あ、のう。」


小さな声が下から聞こえた。

見下ろせば艶やかな黒髪と、バサバサした長い旋毛、ぷっくり艶やかな小さな唇の女が小首を傾げている。

初めてまともに顔を見たかもしれない。


なんかこの女、子供のまま成長が止まってるんじゃないか?俺の胸元位までしかない身長、その癖えらく艶かしい仕草で、その見た目と内面の不均衡が俺を酷く落ち着かなくさせる。


何だろな、ちょっと苦手だ。

いや、そもそも俺がまともに会話できる女って、皆無!

婆様達なら大丈夫だけど、若い女達は怖い。

特に複数の女達が集まっていると尚のこと、内心馬鹿にされてるんだろうなぁ。遠巻きにされ、時折寄越される視線はあからさまに俺を蔑んでる気がする。これ被害妄想かな?


そんな考えが頭をよぎるも一瞬の事、さも余裕ぶって手を差し出した。燭台の灯りでは辺りがよく見え無いだろうと思っただけなんだが。


「ああ、暗いからな、あんたの目じゃ危ない。」


「……ありがとうございます。」


気のせいか、俯く女の顔はほんのりと朱が差している。

あの、俺手汗酷くない?気持ち悪がられてたりしないかな?


俺は差し出された小さく白い女の手を、恐る恐る取り歩き出した。


小さな屋敷だから直ぐに寝所の几帳を潜る事となり、もう汗って言うより雨に濡れたみたいに着物が気持ち悪いよ。

この動揺をどうにか押し殺して、なんでもない風に振舞わねば!


「くたびれただろ。温石入ってるからあったかいはずだ、お前ははやく寝ろ。」


「え?旦那様は?」


いらん鋭いツッコミありがとう。


「おれは、別にそこいらで布団に包まってるから……」


「一緒に布団に入らないのですか?」


なんでそんな追撃してくるの!


「っそそれは、だな、えとっ」


さらなる追撃の手は緩むことなく、むしろ激しくなる。

なんで?


「あの、わたくし達は夫婦になったのですよね?」


「そう、です。」


思わず敬語になる。

張り詰めた表情で俺を見上げる女は真剣だ。

なんでだよ。


正直俺は途方に暮れる。

あんたは人間、俺は鬼。あんたは女で俺は男。しかもこの女、目が悪いときてるんだ。どう足掻いても捕食者と被捕食者の関係にしか見えない。


「あっ、あの!わたくし旦那様のお顔をまだよく見れておりませぬ。」


だから?

女の真意を測りかねて言葉を返せない俺にダメ押しの一言。


「あの、ですから、触れても……よろしいですか。」


自分がどんな顔をしているのか分かってるのか?そんな顔で見上げてくるなんて、世の男皆が勘違いしてもおかしくないぞ?危ないからやめなさい‼︎


「っつ!……ああ。」


上擦った声が諾と答えている。

俺、何にも考えてないよね。反射的に返事しちゃっただけだよね。おい!女の子に触られるなんてそんな奇跡が起こるのか?オイッ!


そろそろと伸ばされて来た小さな手が俺の頬に触れた。次に唇、鼻、目元、そして額の角を撫でる。


「……さわるだけでも、何となく旦那様のお顔を想像出来ますが、次は明るい日の光がある時によくお見せくださいませね。」


自分には存在しない角をそっと撫ぜる手付きは、とても慎重で優しい。そして、種族の違いの証しを確認しても女の顔には嫌悪や恐れの色は浮かばなかった。


「わかった。」


俺は素直にそう答えていた。

女はホッとしたように表情を緩めると、急に視線を彷徨わせてから俯いてしまった。


「……冷えますね、布団に入りましょうか、その方が暖かいですよ。」


「あ、ああ。」



なんか済し崩しに同衾してしまった俺の動揺は半端ない。硬直した体は地べたに転がる丸太の如く。人間の小さな夜具に、俺の体は大分はみ出す羽目になるが、幸いに寒さを感じる余裕もない。

今日は一睡も出来ないに違い無い。


小さな頭が俺の肩に触れる程の距離にある。長い髪は枕元の箱に入れてある為、うっかり踏みつけたりはしないけど、しかしどれだけ長い髪だ。これでは手入れも大変だろうに。

石動はあまり気の回る方では無し、偶には俺が手を入れてやらなきゃなるまい。


沈黙の中、互いにまだ起きている様子が伝わってくる。この居心地の悪さはどうにかならないのか⁉︎


「旦那様、鬼の里の外に出るのは禁じられているのですか?」


唐突に嫁が口を開いた。

嫁、嬉し恥ずかしな響きに思わず叫びたくなる。けど、そんなザワザワした感情を抑えつける為、この女には無表情が通常運転になりつつある俺は、冷たさを含んだ調子で答える。


「ああ、掟で厳しく戒められれいる。例外はあるが。」


「ではわたくし達の婚儀は、お父様やご家族様はお認めになっていらっしゃるのでしょうか?ご挨拶もままなりませんで、申し訳御座いませぬ。」


少し困ったような声色が聞こえてくる。

律儀な事だ。

しかし、家族だ?そんなもの、端からありはしなかった。あんなクソ親父などに気を使う必要などない。


「母親はとうに死んでいなくて、親父には何にも言ってない。正確には俺が嫁を取るなどとは誰にも言っておらん。だから気にするな。」


「そう、ですか。では先程の塩に付いての方が本題なのでしょうね。」


「え?」


急に変わった話題に思わず聞き返す。


「順番が逆です。婚儀の為に里を出た、ではなく、塩の為に里を出たのでございますね?」


確信を持っての言葉に、この女は馬鹿ではないのだと思う。

今日の夕餉の時に話題になっていた塩について、彼女なりに何か考えていたのだろう。


「そうだ、今塩を安定して手に入れる為に何か手を打たないと、不味い。」


「具体的にどの様な障りが出るのでございますか?私がお話しを伺っても構わないのであれば……」


どうせこの女が里の現状を知った所で何が出来る。こんな奥山深い庵りに、刀水士以外の人間が来るわけない。誰かにその話を漏らす事すら出来やしないのだから、気にせずともいいか、そう思えば口も軽くなる。


「酷く無気力だったり、手足の痙攣が続いたり、首元に大きな瘤が出来たり……色々だ。

今は年寄りにそう言う症状が出ている事が多いが、子供にまで症状が出るようになったら問題だからな。あんたが気を悪くしたなら謝る。ちょうど渡りに船と言った時期だったんでな。」


里に蔓延する倦怠感の様な、何とも言い難い雰囲気を思い出すだけで嫌になる。

うんざりする感情が漏れ出た様な話ぶりになっちまったが、この女にはなんの非もないのだ。


「いえ、旦那様はお優しい方でございます。わたくしがお手伝い出来る事が何か有ればいいのですが。」


そう言葉を切った女は何やら思案している様子だ。

里では親父を筆頭に、改革路線の俺の動きを牽制、妨害する奴等ばかり。こんな素直に助成を考えてくれる奴は居なかったから、ある意味衝撃だった。


「気持ちだけもらっとく。」


「あの……。」


「ん?」


「わたくしの事は沙穂とお呼び下さいませ。」


「わたくしの名でございます。」


「わかった。」


再び訪れた沈黙も、先程よりかは居心地の悪い物では無い。


「女が寝所に誘うなど、はしたないとお思いですか?」


「いや、別に……、実に合理的な考え方だと思う。一緒に布団に入れば暖かい。

今日は疲れたろう、早く寝てしまえ。」


「あ、はい。」


寝返りをうち嫁に背を向けた俺。


「旦那様?もうお休みですか……」


「………」


もう寝た、なんて言っちゃダメ。

俺は煩悩と一晩中闘わなきゃいけないの!

だって、あんたどう見ても子供だし!

道義的にどうなの!ダメだよね⁉︎











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