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朝キョ。  作者: TKG
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15/24

第15話 異世界人、また異世界に行く


───鳴神透───




 ………………


 ……


 ゆらゆらと闇にたゆたっていた俺の意識が、ゆっくりと覚醒する。

 暗闇に閉ざされていた視界に、光がさしこんできた……


「うっ。ここは……」


 視界がぼんやりと霞む。

 首から後頭部のあたりがずきずきと痛む。


 俺は痛む頭をさすり、軽く振った。


『目が覚めたか』


「っ!」

 頭の上から声がした。


 そして、ピントのあった視界に捉えた光景と、否応なく耳から聞こえる音から、俺は自分の置かれた状況に気づかされた。


 今まで俺は、赤いじゅうたんと思しきところに倒れていた。

 周囲を見回すと、百メートルを超えるような天井と、それを支える柱だけがある、遠くまで吹き抜ける大きな広場。

 そしてその赤いじゅうたんの左右には、巨大な人。巨人がずらりと並んでいる。

 全員直立不動し、生きているはずなのに、まるで人形のようなたたずまいをしていた。


 さらに、俺の隣には、この前運動公園に出現し、観測機本体を狙って襲撃したと思われた、剣闘士タイプの巨人がいた。

 ただし、サイズは人間サイズ。

 こいつに俺は、あっさり気絶され、この場へ連れてこられた。

 今はただ立って、正面を見ているだけだけど、俺がなにかすれば、その腰の剣が俺を子供は見ちゃいけません状態にするだろう。


 しかしまさか、巨人の狙いが観測機じゃなかったなんて……!


 今日、より厳重な警備の場所へ移すと言われ、真姫さんに観測機を返し、肩の荷が下りたと思った帰り道に、三度現れた縮小剣闘巨人に、俺は拉致られた。


 目的が観測機だと思っていたから、完全に油断していた。

 今までなら、巨人襲来の警報が鳴ったら、警戒していたけど、あの時は真姫さん達観測機護衛チームの方へ向うとばかり思っていたから、なんの警戒もしていなかった。

 そもそも、俺が狙いだなんて、想像もしているわけないだろ!


 すでに起きてしまった事実に目を向け、今から現実逃避をしても仕方がない。

 そして俺は、目をそらしていた、その剣闘巨人の見据える正面へと視線を巡らせる。

 目覚めた俺に声をかけた、なにかがいる方向だ。


 そこには、巨大な玉座があった。

 この神殿と思われるつくりの最も上座の位置にある、そこに、それはあった。

 玉座の背後も吹き抜けとなっており、空と、巨人の世界と思しき平面の大陸が見える。

 そもそもこの広場は壁が存在せず、柱だけで、外が丸見えなのだ。


 なにより、玉座には一人の王が座っていた。

 威厳に溢れた、巨人の、王が……


 しかし同時に、その姿は人ではない、なにか恐ろしい怪物のようにも見えた。

 姿はあくまで、巨大な人だ。だが、その内側からにじみ出る気配が、とてつもなく、異質に感じられたのだ。


 見て、直感した。

 こいつが、巨人の王。クロノスなのだと……


 玉座の肘掛に肘を突き、その手にあごを乗せ、雄大に見下ろす二つの眼が、俺を捕える。

 思わず背筋が、ぞくぞくって震えた。

 やべえ、チョー怖い。チョーでかい。立ち上がったら三十メートルくらいあるんじゃないか?

 でっかいから、迫力ありすぎる。


 つか、なんで俺がここにいるわけ?

 なんで観測機本体じゃなく、俺が狙われた挙句、拉致られてるわけ?


『やはり、か』

 おどおどしていると、頭の上から王様の声がふってきた。


『我が目で直接確認しても、貴様には星の輝きは見えぬ。ならば貴様こそが、我の望みし定めを超え、すべてを覆す欠片ぞ』


「は?」


 唐突にそんなことを言われても、なんのことだかさっぱり理解できなかった。


 だが、口ぶりからして、俺が必要なのだということはわかった。

 こんな力もない普通……じゃない。そういや俺は、元々この世界の人間じゃなかった。そういう意味じゃ、特別だった!

 狙われる理由、なくなかった!


『自覚は、ないのか、否。貴様は、自身の意志で、多くの行動を示した。結果、多くの者の運命を変えた。貴様は、この世の定めに縛られぬ存在。定めなき、無貌のモノであるにもかかわらず』


 なっ!?

 なんか、壮大な設定みたいの言われたぞ。

 異世界人の俺は、なんかすごいのか!?


『すなわち貴様は、誰にも影響を与えず、誰にも影響を受けず、人知れず消えてゆく存在だ。いようがいまいが、世に影響を欠片も与えることもない、道に転がる小石以下の、そこにあるだけの、数合わせのようなモノだ』


 ずこー!

 なにそれ!?

 なんかすっごく持ち上げられたような気がしたけど、気のせいだったよ!

 道に転がる小石以下って、足引っ掛けて転ぶことすらないってことか!?


『なのに貴様は、我が兵をいくつも屠り、多くの死ぬべき定めを救い、その運命を変えた』

「え?」

『定めの星を持たず、本来何者にも影響を与えぬ存在であるのに、貴様は、路傍の石ではなく、道さえ破壊しかねぬ、巨石と化した。それこそが、我が予言さえ覆す、我が望みし欠片……』


「え?」


 それってつまり、やっぱり元々そよかねーちゃんとかの死は決まっていたけど、俺ががんばったから、覆せたってこと?

 つまり、俺の努力一つで、王様の予言さえ覆す可能性がある。ってこと?


『察したようだな』

 巨人の王が、その口を大きく歪め、笑った。

 アルカイックスマイルとでも言えばいいのだろうか。

 一見するととても神々しく、カリスマに溢れた魅力的な笑顔だったが、なぜか、とてもまがまがしく歪んで見えた。


『世の運命に縛られず、全ての定めを覆すモノよ。余の予言を覆すため、余に忠誠を誓うが良い。さすれば、命だけは助けてやろう』


「……俺を使わずとも、あんたが殺されない方法、知ってるよ。地球と仲良くすれば、殺される心配なんて、なくなる」

『それは覆しておらぬ。先延ばしにするだけだ。いずれ、予言の時はやってくる』


 ちっ。そりゃ当然の話か。絶対ないなんてないわけだからな。

 となるとコレも、望み薄なのか……?


「なら、俺があんたに忠誠を誓って、力を貸せば、地球を襲わないでくれるか? 皆の命は助けてくれるか?」


『否。浮き島に生きるすべての者、そこに存在する全てを駆逐する。その中で貴様だけは生き残れるのだ。むしろ感謝でむせび泣くであろう?』


「……」

 俺は、口をあけてあんぐりするしかなかった。


 この王様、自分の意見を通すことしか考えてねえ。

 さすが力が全てで王位簒奪が起きる世界なもんだ。


 王の意見は通って当たり前。

 従わぬはずがないと思ってやがる。


 この一言でよくわかる。


 こいつらは、人間と思考や感性がが全く違う。

 マトモに交渉なんてできない存在だ。



 さらに続く王様の言葉は、俺を驚愕させた。



『そもそも、貴様はそのために世に現れたのだ。余の望みをかなえるため、余の召集に従い、余の前に現れた。余のための貴様なのだから、忠誠を誓って当然であろう?』

「んなっ!?」


 それが本当のことだとすると、俺をこの世界に呼んだのは、この王様のせいってことになる。

 自身が死ぬという予言を覆すために、それを覆す存在を世界に呼んだってことなのか!?


 そのために、俺が必要ってか。

 なら……


「わかりました」


『そうか』


「ああ。あんたが滅んでいいってな。だから、運命を受け入れて、あっさり滅べバカヤロウ!」


 誰がお前のために運命を変えてやる努力なんてしてやるかよ!

 俺が変えたいってのは、俺が変えたいと思ったからで、変えたいと思わないヤツのことなど知るか!


 そもそも、俺が協力しなければ運命は変わらないんだ。そう簡単に俺を殺せるわけ……


『ならばよし。ならば、余が貴様を食らい、貴様の存在を我がものとしよう』


「え?」

 想定しなかった答えに、俺は唖然としてしまった。


 巨大な手が、俺へ迫る。

 逃げる暇さえなく、ひょいっと襟をつかまれ、持ち上げられ、その大きな口へと運ばれた。


 その口は、俺をひとのみできるような、暗く巨大な落とし穴のようだった。


「うそぉ?」


 しっかりとつかまれたその指を、俺は引き剥がすことができなかった。


 そのままその巨大な口へと……



 ぱく。ごっくん。



 光さえ通さぬ口の中へ、俺はそのまま、吸いこまれていった。



 あ、俺、今度こそ死ぬかも……




 ………………



 …………



 ……



 はっ!


 がばっと体を持ち上げ、あたりをキョロキョロ見回した。

 暗い。真っ暗でなにも見えなかった。


 自分の体を探る。

 ぺたぺた体を触ってみるが、どこにも異常はない。

 五体無事だ。


「……いき、てる?」


 いや、ひょっとすると、ここはあの世なのかもしれない。

 真っ暗闇で、なにも見えないのだから。


『おお、目が覚めたか』


 ぼぅ。と、頭の近くに光がともった。

 さっき王様が言ったのと同じ言葉だ。

 と思いながら、そちらへ視線を向ける。


 するとそこには、ランタンのようなものをかかげた一つ目の巨人がいた。


 今まで何度か死闘を繰り広げた単眼巨人に似ているが、それとは雰囲気が違う。

 なんというか、今まで戦ったのは人形。というような雰囲気があったが、目の前に現れた巨人からは、意志が感じられたからだ。


 さらに光は、その巨人の周囲を照らす。

 周囲には、地球で見た覚えのある標準型巨人や、単眼巨人。さらにあの剣闘巨人が、真っ黒い石像のようになり、たたずんでいるのが見えた。

 それ以外にも見たことのない巨人や、さっきの広間に居た巨人も、石像のように並んでいる。


「なんだ、これ……?」


『おお、もう回りに目が向いたか。意外に冷静じゃのう』

 ほっほっほ。と俺の姿を見て、一つ目巨人が笑った。

 まるで、爺さんみたいだ。


『ここは、ヤツの腹の中。と言えばわかりやすいじゃろうな。ヤツはの、食らった存在の力を吸収し、我が物にすることができるんじゃよ』


 俺の前に座り、もっと早く教えてよ! と言いたくなるような事実が俺に突きつけられた。

 忠誠を誓えとか、あのあたりは完全にノーと言わせるため煽ってきただけじゃねーか……

 なんと答えたって、結果か変わらねーだろ。

 がっくりと肩を落とす俺の背中を、一つ目の巨人は隣に座り、優しくさすってくれた。

 人差し指で背中をくりくりされただけだけど。


「じゃあ、俺を食ったから、王様はもう、予言に怯えたりする必要はないってことか」


 希望である『デウス』=『機鎧』が巨人の王を倒すってのも、かなり怪しくなってしまったわけか……


『……ひょっとしてぬしが、定めを持たぬ存在なのか?』

「そうらしいですよ」


 どうやらこの巨人も、俺の存在を王様が望んでいたことを知っているようだ。


『ならば、希望はまだ消えておらぬな……』

「は?」


 一つ目の巨人は、ふむ。とアゴに手をあて、考えはじめた。


『まず、自己紹介といこうかの。ワシは、キュクロプス。巨人の鍛冶屋さんじゃ』

「きゅくろ……?」


 それは、どこかで、聞いたことのある名前だった。

 どこかなどこかな。と記憶を探ると、それはギリシャ神話のフォルダに行き当たる。

 前に思い出そうとした時は思い出せなかったが、明確な単語を得たことで、俺の記憶の扉がつながったようだ。


 キュクロプス。英語では、サイクロプス。いわば、一つ目の巨人を現す言葉。


 そして、ギリシャ神話で、その名はもう一つの意味がある。

 クロノスが支配した巨人界の中で、彼と兄弟族である腕が百本ある一族、ヘカトンケイルはタルタロスと呼ばれる奈落に落とされ、監禁されているのだ。

 それをゼウスによって解放され、神々に力を貸す。


 ヘカトンケイルはそのパワーで。

 サイクロプスは、卓越した鍛冶技術で、神々の武器を作ったので有名だ。


 ゼウスが死んでいるこっちの世界では、その巨人達はここへ落とされていたってわけか……


『どうしたんじゃ? ほうけて』

「あ、いや……」


 戸惑いながらも、俺は自己紹介を済ませた。


『そうか。透よ。まずは、むこうを見るがいい』

 俺達の前に置かれたランタンを再びかかげ、真っ黒い石像になった巨人達を指す。


「ああ、外で見たことあるよ」


『じゃろうな。外で歩くあやつらは、すべてこうしてヤツに食われた者達じゃ。ヤツは、食らった力を自分のモノにするだけではなく、その者を外に呼び出すことができる。そうして呼び出されると、こうして石像のようになってしまうのじゃ』


「あー」

 だから、俺やこの人は、こうして腹の中で待機している状態なのか。


『その移し身は、実体ではなく、いわば幻のような固体じゃ。ヤツの力にコピーされた光の体に、意志が強制的に付属させられる。そして、呼び出された存在は、ヤツの意のままに動く人形と化し、ヤツの目や耳となり、その野望を実現させるコマとなるのじゃ』


「うぇ!? マジですか?」

『うむ。百万の軍勢と言われる巨人じゃが、そのほとんどが移し身であり、意志なき軍団なのじゃ』


「ひょっとして、倒されると霧のようになって消えるのは?」

 小さく挙手をして、疑問を告げる。


『うむ。ヤツの力から解放され、霧散するのじゃ。その意志は再びこの腹の中へ戻り、また同じように外へと移される』


 ……え? ちょっと待って。それって実質百万の軍勢が無限にわいてくるってことじゃないですか。

 倒しても倒しても、王様がいる限りいくらでも補給できるってことじゃないですか!


『さすがに、一度やられてすぐ移し身を生み出せはしないぞ。やられてしばらくは、休息が必要じゃ』

「それでもいつかは補充されるのですね」


 知りたくない事実を知ってしまった。

 そして、巨人がこっちでやられても、その情報はちゃんと巨人側に伝わっているというのもわかった。

 そっか。通りで王様が、俺のこと知ってたわけだ。


 今までの戦い、来た巨人の目を通じて、全部見てたのね。


「質問。巨人の中で、王様に食われていないのっているの?」

 いるとすれば、そことコンタクトを取って、なにか打開のチャンスを作ることができるかもしれない。

 ……って、いたとしてどうするんだよ。こっから出られるわけじゃないのに!


『外にいる巨人は、もう牙を折られたも同然の奴等じゃ。逆らう気概があったものはすでにクロノスの腹の中よ』

「ですよねー」

 俺が無意味と思った質問だったが、キュクロプスの爺さんはあっさり答えを返してくれた。

『ヤツは他者を食らうたびに強くなる。ヤツはすべてを我がものとするため、動いておる。目的は、全てを食らうこと。すべてを、我がものとすること』


 チャーリー爺さんの言っていた情報とも一致する。

 だが、予想外だったのは、世界の支配ではなく、ホントのホントに世界を自分のモノにすることだったことだ。

 すべてを食らえば、世界はクロノスの物となる。

 目的が目的だけに、交渉のこの字も生まれない。


『唯一の希望は、予言の『デウス』だけじゃった。じゃがそれも、ぬしの出現で、怪しくなった』

「こりゃお手上げですな」

『いや、そうでもない。予言に縛られなくなったということは、それは予言以外でもヤツに対抗できる可能性が生まれたということじゃ。予言はあくまで覆る可能性が生まれただけで、元々覆る可能性があったと考えれば、変わらん』

「確かに……」


 キュクロプス爺さんの言う通りでだ。

 元々予言は絶対じゃないんだから、俺という存在が加わっただけで、未来が絶望的になったわけじゃない。むしろ他の要因で倒せる可能性が生まれたととってもいい。


「ひょっとすると、たんすの角に小指をぶつけて死ぬかもしれないんだね!」

『うむ。タンスがなんなのかはわからんが、柱に頭をぶつけて死ぬ可能性も生まれたということじゃ!』


 むしろこれは、幸運だったんじゃないか?

 ここにいる限り、死にたくても死ねないようだし、外で操り人形になっても、自動復活が約束されている。

 予言が覆るかは微妙だが、みんなががんばれば勝てるという見こみはまだ十分にある!

 俺自体は戦力にならないから、移し身として外に出されることもないだろうし、ひょっとしたら、俺はここから応援しているのが一番安全かもしれない!


『と、冗談はこれくらいにしてじゃ』

「あ、そうっすね」


 実は半分くらい本気で考えたとかいうのは秘密だ。



『ここからが大切じゃ。よいか……』



 え? まじですか?

 この後キュクロプスの爺さんの言ったことに、俺は大きく耳を疑った。




──────




 そこは、地球では平面大陸と呼ばれる、天動説の世界をそのまま形にした大陸中央にある、山の上にあった。

 巨大な神殿を思わせ、多くの意志なき巨人達が住まうその地。


 その最奥にして、王の座る玉座の間。


 そこに、この世界の王とも呼べる、クロノスが座っていた。


 クロノスを崇めるようにして並んでいた巨人達は、今この場にはいない。

 各々がおった役目のために、様々な場所へ散っていったのだ。



 クロノスは、自身の玉座の下から続くよう敷かれた真紅のじゅうたんを見下ろす。



 視線を集中させ、念じる。


 すると、光が集まり、小さな人型を生み出した。

 それは、先ほど飲みこみ、力を取りこんだ、小さき者。


 名を、鳴神透と呼ばれる固体の移し身だ。


 それが、見下ろすクロノスの視線の前に、姿を現した。

 その姿は、先ほど目を覚まし、クロノスを見上げたのと寸分の変わりはない。


 小さき者が、うやうやしく頭をたれる。

 クロノスは、その動きを、じっと見ている。


 頭を下げた透は、そのまま顔を上げ、ゆっくりとじゅうたんの上を歩きはじめた。

 とことこと、赤いじゅうたんを横切り、きらりと光る大理石のような床を歩く。


 徐々にその歩く速度が上がる。

 いつの間にか、走っていた。


 向う先にあるのは、柱と柱の間。吹き抜けとなった、神殿の外。


「アイ、キャン、ふらーい!」


 そしてそのまま、少年は外へ飛び出していった。

 そこは、空中。


 そこは、山のてっぺん。

 神殿から一歩そこへ飛べば、あるのは、はるか下方に存在する、大地のみ。

 いくら王の移し身といえども、ここから落下すれば、命はない。

 粉々となり、光の霧へと霧散し、元の腹の中へ戻るだろう。



 少年は、そこへ向け、飛び出していったのだ。



 それを見送ったクロノスは、口元をにやりと歪ませた。

 透の姿が、空へと消える。


『くくっ』


 歪めた口元から、笑みが漏れた。

 なにかを確信したかのような笑みだった。


『やはり、そうであったか。これで余は、運命のくびきから解放された。世のすべては、余のモノだ!』



 クロノスは、指を鳴らす。

 すると、先ほどの透と同じように、二体の巨人が姿を現した。

 一体は、剣闘士タイプの巨人。もう一体は、槍を持ったタイプの十メートルサイズの巨人だった。


『これで、あの小石に用はない。始末しろ』


 クロノスは、先ほど落ちていった少年が、そう易々と落ちて死ぬとは考えていなかった。

 出現した二体の巨人は、うやうやしく頭を下げ、その場を後にした。



『くく、くはは。はーっはっはっはっは』



 一人残った巨人の王は、歓喜の笑いをあげた。




───鳴神透───




 俺は、玉座の間の外へと走りながら、思い出す。


『よいか? ぬしは移し身にされても、自我が残っておるやもしれん。なぜなら、ぬしは何者にも縛られぬ存在。運命にさえ縛られぬ、いわば、役を与えることはできぬ存在なのだ。ならば、移し身として顕現したとしても、ヤツの支配もおよばぬじゃろう』

「そうなの?」

『でなければ、ぬしの価値はまったくない。何者かに縛られるということは、運命にも縛られるということでもあり、運命は変えられん。その場合、ぬしは食われただけ損したということになるな』

「ええー」

 食われ損とか、凄く嫌だ。


「というか、それなら俺はそもそも移し身として召喚されないんじゃ?」


『いや、一度は確認のため、召喚されるはずじゃ。なにせぬしを取りこんだところで、ヤツになんの変化も見えないからな。であるから、その支配が利かぬという確認を必ず行うはずじゃ。操れぬと、縛れぬと、確信するために!』


「おおー」

 ……それってそれだけ、俺本体の力って微々たるものってことだけど、今はいいとしよう。


『その時が、唯一のチャンス。王の移し身たる君ならば、この世界で空を飛べるはずじゃ。じゃから……!』



 こうして神殿から外へ飛び出して、空を飛んで逃げ出すという作戦なのだ!


 こちらに来たとき、神様の鎧である『機鎧』も自由に飛べた。なら、今の状態の俺も、念じれば飛べるはず、だから、信じろ。

 キュクロプス爺さんも『自分を、信じよ。飛べよ、飛べよと念じ、自分が飛べると疑うな。さすれば、ぬしは空を飛べるはずじゃ』と言っていたじゃないか。だから、飛べるはず!



「アイ、キャン、ふらーい!」



 神殿の床をけり、俺はそのまま、空中へ飛び出した。

 最初ゆっくりと空を落ちていったが、どんどんと加速し、横の岩壁が凄い速度で通り過ぎてゆく。


「飛べ、飛べ、飛べ、飛べ、飛べ飛べ飛べ飛べ飛べー!」


 祈り、詠唱、念じた!



「って、飛べるかー!」



 そもそも飛ぶってなんだよ! 飛び方なんてわかんねーよ!

 予想通りの結果となった。


 残念ながら、自分は信じられない。



 ゆえに、上着をすばやく脱いで、それを足の下へ持って行き、そこに乗るような形をとった。

 人間飛ぶことはできないけど、波乗りのように滑る感覚なら知っている。


「こっちなら、どうだー!」


 上着をボードに見立て、サーフィンのように空を滑空するイメージだ。

 イメージが強い方が、きちんと飛べるじゃろうというアドバイスも聞いたので、そっちを試してみた。


 お願い、とんでー!



 がくん!



 すると、足の下に、妙な感覚が生まれた。

 まるで、波を捕まえたような感覚。

 真下に落ちるのではなく、滑るようにして、横に流れる感覚が生まれたのだ。


 やった。成功だ。

 理屈はよくわからないけど、成功だ!



 ちらりと落ちてきた方を見上げる。

 すると、俺を追ってきたのか、槍を持った巨人と、剣を持った巨人が空を飛び、きょろきょろと周囲を見回しているのが目に入った。


 俺がこうして自意識を持って動いているということは、クロノスも運命に縛られず、予言は絶対でなくなったということを証明したということである。

 ならば、俺がこうしてここにいる必要はすでになく、処分を考えても不思議はなかった。

 ただ、支配できないということは、移し身を解除して俺を消すことも、視界などのリンクもすることもできないようで、こうして俺は見つからずに移動することができている。


 にしても、探しているってことは、落ちたことで俺が死ぬかもって全然油断してくれてないってことかよ。

 ちゃんと落ちたからこれで終わりと確認せず、王様らしく慢心していておくれよ。


 見つかったらやばいと思い、岩壁に沿い、神殿の裏側へと移動する。



『よいか、透よ。うまく空を飛べたら、次に行くところがある』



 キュクロプス爺ちゃんの言葉を思い出しながら、ある場所へ向う。

 最も高い、王の間のあるところから、一つ下がった場所にある、別の施設。


 そこは、この山から、裂け目を開くための装置と、その裂け目へと飛ぶため、赤い雫を纏うための射出装置のある神殿だった。


 神殿の中心には、巨大な地球を模した青い珠があって、そこにポイントをつけ、裂け目を開くという形のようだ。

 その周囲には柱があり、その上には、青や赤に光るクリスタルが浮いていた。

 コードなどは一切なく、代わりにまるで血液が流れるかのような、青い光がその周囲を流れているのが見える。


 それはまるで、魔法陣のようであった。まさに、ファンタジー世界の一品。


 警備の巨人も誰もいない。無人の神殿に、着地する。

 ほとんどがクロノスに支配され、逆らうものが誰も居ないから、警備する必要がない。ゆえに、俺が自由に動けるとは、皮肉なもんだね。


「たしか、この一本を引き抜いて」


 俺は爺さんに言われたとおり、床に設置してあった細長い杭のようなものを引き抜き、さらに、動力源と言われた、青い液体の入った三十センチくらいの長さの水晶も取り出し、ズボンのベルトにはさむ。

 人間で例えれば、単三電池ほどのサイズのエネルギー源でこんなでかいのが動いているなんて、ファンタジー世界すげえな。

 キュクロプスの爺さんは、この地球と巨人の世界を繋ぐ装置を生み出した巨人でもあった。それゆえ、ここの使い方や壊し方を、俺に教えてくれたのだ。


 ぶうぅん……


 光のラインが、失われてゆくのが見えた。

 あとは、すでにチャージされたエネルギーを使って、地球へ裂け目を開き、それを通って逃げ帰ればいい。

 杭を抜いたことにより、いわゆるネジを外した状態で無理矢理裂け目を開かせることによって、この装置に大きな負荷をかけ破壊し、さらにエネルギー源も奪って、簡単には裂け目を開かせないようにできるという寸法だ。


『例え一時的に使えなくなったとしても、ヤツはワシを呼び、ここを修理させるじゃろう。ワシならば、一月もあれば直してしまうじゃろう』


 キュクロプス爺さんの言葉を思い出す。

 俺以外の存在は、クロノスに召喚されればその意志と関係なく、王に従わされてしまう。

 だが、修理されてしまうとしても、俺は地球でやることがあった。


『じゃが、その間に、ぬしには探してもらいたいものがある』


「なにを?」


『ワシが生み出し、献上を拒んだことで食われるきっかけとなった、三種の武具をじゃ!』

「そ、それって!」


 答えは、俺の予想したとおりだった。

 ギリシャ神話において、キュクロプスは、救出してくれたゼウス達に、武具を与えている。

 それこそが、ゼウスの雷、ポセイドンの三又の槍。そして、ハデスの兜だ。

 どれもこれもが、一つで戦況を変える、とんでもない代物だ。これがあったから、神話でゼウスはクロノスに勝利できたと言っても過言ではない物でもある。


 キュクロプスの爺さんは、その三つを探して欲しいと、俺に頼んだのだ。


『ワシは、ヤツにそれを渡すのを拒み、浮き島へ投げほおったゆえ、場所まではわからんが、必ずどこかにあるはずじゃ。それとぬしのいう『機鎧』をもちいれば、勝率は上がるであろう!』


 むしろ、なければ勝ち目がないくらい強力な武器だ。

 探してくれと頼まれなくても、こちらからくださいとお願いしてもいいくらいの。


 ただ、別の心配も生まれた。


「……でも、あんたがこうして食われてるってことはさ」

『うむ。クロノスも、ワシの技術をそのまま手にしているという意味でもある。同じ武器を生み出していても不思議ではないな……』


 むしろ、絶対なくちゃ勝ち目がないってレベルじゃないですかー!


『予言という恐れるものがなくなった今、ヤツがそれを手に、浮き島を直接滅ぼす可能性がある。よいな。透!』

「わかったよ。俺がその運命に縛られない存在なら、なんとしても逃げて、伝えてみるよ。たださ」

『なんじゃ?』

「クロノスの腹の中にいる俺達ってさ、どうすれば解放、脱出できるわけ?」

『簡単な話じゃよ。クロノスを倒せばいい。そうすれば、ワシらは解放される。つーわけじゃ。がんばれ!』

「かるーぅい!」


 叫んだ直後。俺は足元から黒い石像になって、俺の意識は、玉座の間へうつったのだった。



「くっそー。絶対生き残ってやる。クロノス倒して、本体取り戻して、おまけでキュクロプスの爺さん一発殴ってやる」


 思い出したら腹が立ってきた。

 簡単に倒すとか言ってくれちゃったけど、それがどれだけ難しいか、わかっていってんのか!

 ああでも、わかって言ってんだろうなぁ……


 ただこれで、俺はクロノスを倒さなければ、元の体を取り戻すことができなくなったわけである。


 ぶつくさ文句を言いながらも、次に開く裂け目の位置をセットし終えることができた。

 よかった。近くの柱に触れて考えるだけで動かせるタイプで。


 あの地球を模した水晶に触れに行かなきゃいけなかったら、絶対無理だった……


 あとは、射出装置へ走りこめば、この世界からもオサラバだ!

 俺は、赤い雫を纏うその射出場へ、かけこむことに成功した。

 まるで風船のように、巨大な赤い膜が、俺を覆う。



 背中に、なにか暖かい光が集まっているのを感じる。

 この部屋に、誰かが走りこんできたのがわかった。


 多分、さっきの巨人のどちらかか、もしくは二体共だろう。


 だが、もう遅い!



 ドォン!



 さらに小さな赤い雫を纏った俺は、そのまま光に包まれ、空中へ押し出された。




──────




 空を切り裂き、地上から空へ飛ぶ流星が一筋、天を裂いた。

 いまだ自意識を維持する巨人達が、その不意の轟音に、空を見上げる。


 さらに、周囲に存在する、巨人を恐れ、ひっそりと生活する人々も、不意の流星を見上げていた。


 玉座に座る巨人の王、クロノスも、その空へと流れる流星を目撃する。


『そうか。キュクロプスか。さすが余の認める鍛冶師と、余の欠片といったところか……』


 王はゆっくりと玉座より立ち上がる。

 足音を響かせ、王は歩き、その流星がよく見える玉座の間のヘリへと立つ。


 クロノスが天へ手を伸ばすと、そこに一筋の光が生まれ、槍が生まれた。

 三又の槍のようだが、その槍の穂先は、まるで雷のように、じぐざぐとしていた。


『その雫を纏えば、安全と考えるのは、間違いだ……』


 王はゆっくりと、その槍の穂先を、流れる流星へと向けた。



 カカカッ!



 槍の穂先より、三本の光が瞬いた。


 刹那、赤い雫が、三本の光に刺し貫かれる。

 それはまるで、雷のような、ビームのような、目撃した者にとって、衝撃的な一撃だった。


 雫はボロ布のようにかわり、小さな欠片が、地面へと落下していった。



 流星を見上げた者達が、一斉に息を呑んだ。

 王の光により、天が避けたかのような光が放たれ、赤い雫が破壊された。


 空を見上げる、まだ自分の意識を持つ巨人達がざわめく。


 自身達が保有する、無効領域を最大にまで高めた究極の衣が、一撃で破壊されたのを目の当たりにしたからだ。

 いかなる巨人よりも硬いはずのあの衣を破壊する一撃。それは、天に存在するカオスを焼き払う可能性さえ秘めた一撃ということだ。


 その一撃は、いかなる巨人も耐えることはできぬだろう。


 意志を残す巨人は、光をはなった元。天にそびえる神殿に立つ、王を見上げる。

 彼等はその荒々しい王の姿を見て、「勝てぬ……」と頭をたれるのだった。



 その落下を見るクロノスが、再び指を鳴らす。

 すると、先の二体が、王の背後へ現れ、膝を突いた。


『ゆけ』


 王はこの一撃で、あの小さき移し身が滅んでいることを確信していたが、念には念を入れ、確認をさせた。

 全てのリンクが切れているこの状態は、不便であるが、それこそが運命のくびきが失われたことの証でもある。


 ゆえに、あの少年を生かしておくわけにはいかなかった。

 二体に命じ、その消滅を確実に見届ける必要がある。

 さすれば、恐れるものはついになくなる。



『さあ、次はいよいよ、彼の青き宝石を余の物とする時ぞ……!』



 巨人の王は、空を見上げ、そこに浮かぶ青い宝石のような星、地球を欲するよう、見た。


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