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「こんなことも今はどうでもいいのです。」後編【雅視点】




『とある盲目の物語』




「お、大きい…パンダ。」


私はまるでいつも通るこの道の写真に、ここだけ遊園地の風景を張り付けたような光景に唖然としていた。


それでも反射的に右手に持つ包丁を背中の影に隠す。


「少女、助ける助けない云々より、まず我輩が見えるのだな。」


キグルミパンダの中から低く、お腹の底に響くような声でそう言った。


「そ、そんなことより。」


私にはキグルミパンダの悠長な語りよりも急いで果たすことがある。


まぁキグルミパンダに声をかけられなければ、それは間違いなく叶うことはなかったのだが。


「警察と救急車呼んで…パパとママが………。」


私は消え入るような声で、キグルミパンダにお願いをした。


しかし発している言葉とは裏腹に、頭のどこかでこう思っていた。


呼んだところで何も解決しない、と。



「警察、救急車?ハハハ、面白いことを言う。我輩のこと身体で呼べると思うか。」


「でも………。」


「それに呼んだところで何も変わりはしない。それは少女もわかっているだろう?」


私はビクッと震えた。何も見ていないような作り物の瞳は、私の『本質』を透視しているような気がした。


「少女、名前をなんと言う?」


「……………。」


名前を教えた瞬間、このキグルミパンダに全てを知られてしまう気がして唇を噛んだ。


「我輩の名は刺宮軋轢しみやあつれきだ。殺物パンダとも刺宮のパンダヒーローとも呼ばれている。さぁ、少女はなんと呼ばれているのだ?」


「……雅と、言います。」


先に名乗られてしまったことと、静かな威圧に私は結局自分の名を教えてしまった。


「ほう、雅か。道理で優美な身体つきをしている。」


その言葉を聞いた時、私はハッとした。このキグルミパンダも声を聞く限り男だ。


この人も私に触れたら『呪い』にかかってしまう。また私も傷つき、周りを狂わせてしまう。


私はじり、と一歩引いた。



「雅、臆するな。」



キグルミパンダ、軋轢は私を真っ直ぐ見てそう言った。


その響きは重たく私に降り注ぐ。私は思わず固まる。


「え……?」


「異常であることに臆するな、同じ顔した普通と呼ばれる奴らと足並みを揃える必要など、ない!」


「………!」


「さぁ、我輩が殺してみせよう。その固まった概念を!」


軋轢はそう言うと、私が拒否する間もなく強く私の腕を握りしめた。その軋轢の手は、ファンシーなキグルミの容姿とは異なり、黒くて人間らしく5本の指があった。


「ダメ!そんなことしたらっ!」


「ちゃんと背中に掴まっていろ、落ちて死んでも保証はできないからな。」


私に触れても軋轢は野生的な瞳になるわけでもなく、私の腕を軋轢の背中へ誘導させられ、ひょいと簡単に持ち上げられた。


体勢的にはおんぶと言われるものだった。


そして地面に足がつかなくなったと思った時には、視界はがらりと変わっていた。


押しつけられるような重力を逆に制圧し、私を乗せた軋轢は飛翔していた。


正確にいえば飛翔ではなく、超大規模のジャンプだ。そのジャンプで塀の上を片足になりつつも登り、連続のもう1つのジャンプでご近所の家の上に登った。


明らかにこれは異常の光景だった。少し前に目に焼き付けた『飛び降りの風景』を巻き戻したらこんな風景なのだろうなと思った。


屋根の上を疾走し、家から家の間を飛び越える。異常で現実味のない状況。


しかし、走る度に切れる風の音、感覚や一歩を踏み出す度に私の身体まで伝わる振動はリアルで生き生きとした感覚だった。



叫びたい、と思った。



「雅、全てを吐き出していいのだぞ。」


私が思った途端、軋轢は心を読んでいるかのようにそう言う。心が読まれていたとしても、そんなことはもうどうでもよかった。


「すっごい気持ちいい…!!」


風でかき消されてはいるが、久しぶりにこんなに大きい声を出した。


喉から腹から心から。

何も考えずに軋轢に身体を預けながら、叫んだ。


最後のほうは、すでに意味のない叫びになっていた。


満天の星空に、狼男の出そうな大きい満月。


「軋轢さん、満月をもっと近くで、見たいです!!」


私はしがみつきながら夢中でそんなことをお願いしていた。不謹慎な話だが今まであった事柄全てが、この瞬間は私の記憶から抜けていた。


「ハハハッ!雅もなかなかきついことをねだる!!」


軋轢はそう言いつつ、楽しそうに高いところへ跳躍し、私の住む地域を大きい階段に見立てて登り続ける。


最後にはビルの屋上に到達し、真上には手の届きそうな満月があった。


私は軋轢の背中から降りた。久しぶりに地面に足をつけたような気持ちになる。


「雅、お前の力は烙印ではない、紋章エンブレムなのだよ。」


「…………紋章エンブレム?」


「そうだ、それも王家の紋章。雅の持つ力は『刺宮家』の能力だ。我輩の家族である気配を感じてな、その気配は雅だった。早くに迎えに行けなかったことは、詫びよう。」


「刺宮家…?」


「刺宮家というのは、人間の五感の1つである『触覚』に関して特異の能力を持つ集団のことだ。」


五感?触覚?単語の意味としては理解できるが、うまく噛み合わない。


「この話はまた詳しくしよう。伝えたいことは雅と同じように、特異の体質を持つ人はまだまだこの世界にいる。そして適応できずに苦しんでいる『家族』がいる。」


「私と同じような人が、他にたくさん……。」


「そうだ、それの為に力を貸して欲しい。雅はその者達に一番寄り添うことができるだろう?我輩の『娘』になってくれないか?」


私は殺物パンダと呼ばれることも、刺宮のパンダヒーローと呼ばれることにも納得がいった。


今夜のこの時間で、軋轢はこんなにも私の目を塞いで生きていたような世界を、原型さえ留めずに徹底的に殺した。


そして、既存の世界のクズしかない混沌とした私の世界に、手を伸ばしてくれた真っ黒な英雄のかいな


「お父様と呼んでいいですか?」


「随分と、こしょばしい響きだ。しかし、悪くない。」


私はお父様の大きな黒い手を、恐る恐る握った。暖かくて安心して、お父様の見えないように下を向き、肩を震わせ静かに涙を溢した。


隠しても、きっとお父様にはバレているのだろうけど。






それから私の第二の父との、非日常が始まった。


『刺宮家』、触覚が卓越した五感家の1つ。そこは宗教団体を模したビルが拠点となっている。


そこで、私は自分の能力を制御を術を学んだ。能力をコントロールするには、それに名前をつけることが大事だという。


言いやすいものがいいぞ、とお父様はアドバイスをくれた。


「俺は『分解』!相手をチャチャッとばっきばきにできるんでっせ。」


「………………『再構築』。」


そうそう、私はここに来て早々『弟』が二人できた。ウーパールーパーのような、男のくせに髪止めを乱用している金髪で不良スタイルな刺宮憲しみやのりと、なぜか和服で般若面をつけた黒髪一本結びで無口な刺宮倦。


ちなみに二人は双子なのだそうだ、確かにたまに倦が般若面を外しているときに、二人を見比べるとよく似ていた。


二人には本当の両親もいる。しかも両親とも『刺宮家』の能力を持っているという血統書つきだ。


憲や倦のように血統から能力を受け継ぐ場合と、私のように突然覚醒する場合があるらしい。

実は憲と倦の他に、お父様の実子がいるという話だったが、まだその姿を見たことがない。

お父様の子なのだから、さぞ王様気質の人間なのだろう。


「性欲女はどーすんだ?『ちゅーちゅーらぶりー』でいいんじゃね?」


「ふざけないで下さい、殺しますよ。海苔巻き太郎。」


ちなみに刺宮家の人間には、互いの能力が無効になるらしく、この二人には私の能力は効かないらしいのだ。


憲の軽口には来て間もないが、すぐに慣れた。取っ組み合いの喧嘩に何回なったか数えられない。


「『壊楽かいらく』なんてどうだ?」


「お父様、快楽ですか?」


「否、壊すのが楽で『壊楽』だ。雅なら殺さなければならない相手も痛みを感じさせず殺すことができる。」


「それにします。」


「ほんとお前、パンダ父さんのいうことばっか聞くよなー。」


「『ちゅーちゅーらぶりー』にするという選択肢はありません。」



そんなわけで私の能力は『壊楽』という名前になり、この能力とうまく付き合うことになった。


この能力は、刺宮家にいる中で重要な武器になる。最近知ったことだが、五感が卓越した家というのは、『触覚の刺宮』だけではないということだ。


聴覚の七基ななき

視覚の透藤とうどう

味覚の世辞せじ

嗅覚の匂神におがみ

そして触覚の刺宮。


この五つの家は互いに敵対関係にあるという。様々な手法をとってこちらを滅ぼそうとしているのだという。


だからこそ、刺宮家に対する危険因子は消していかなければならない。


憲はこの年で拷問の専門、倦は暗殺の専門となっていた。


私もこの『壊楽』を使えるようにして、刺宮家に貢献していかなければいけないなと思った。


「さぁ雅、今日はもう寝ようか。」


「はいっ!お父様。」


「………………卑猥。」


「あーあ、今日もあっつい熱帯夜だな、にゃははは!」


倦と憲にはいつも通り、ちゃかされたが私にはわかっていた。


「まったく、倦も憲も変な妄想に頭を膨らませおって。」


「ほんとですね。」


お父様は、ダブルベッド以上の大きさなベッドに横になる。


私はその横に寝転がり、抱き枕のようにお父様に抱きついた。


「私、お父様になら抱かれてもいいですよ?」


そんな私の言葉に、お父様はフンと鼻を鳴らす。


「我輩には生殖器がないからな、嫌がらせにしか聞こえん。」


「…………ふふっ。」


私はたまにこんなことをわざとお父様に尋ねる。するとお決まりのようにお父様はこう答える。


性愛あいされているのではなく、愛でてくれていると確認できるから、何回でも尋ねるのだ。


「…我輩は、いつか五感家の争いを終わらせる。五感家で手を結び、我輩らを否定する凡人どもを叩くのだ。手を貸してくれ、雅。」


そして寝る前にお父様は、必ずそう言うのだ。


「大好きです…お父様、いつまでもお供しますからね。」


「可愛い娘よ、いい夢を見るんだぞ。」


お父様の力になる為に、様々なことを覚えなければならない、殺す方法に書類の処理方法など数えればキリがないのだ。



昔のことを振り返る時間などない。


「こんなことも今はどうでもいいのです。」


私は一人言を呟いた。






>END


読んでいただきありがとうございました!

この物語では「めかくし」のエッセンスをかけたのかなと

思います。

特異の能力は果たして良いものなのか、悪いものなのか。

はたまたどちらでもないのか。

本編で様々な視点から語られていくでしょう。


真面目な話はともかく、雅さんに少しでも

興味を持ってくれた方がいることを祈ってます笑

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