表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

「こんなことも今はどうでもいいのです。」前編【雅視点】

まえがきではなく、「こんなことも今はどうでもいいのです。」の注意事項。この小説は微グロ、微エロの描写が入ります。書いた本人としては「このくらいセーフだろ。」とか思ってますが見る人それぞれの感覚だと思いますので、苦手だなと思ったら戻るボタンを押してくださいー。

うたたねの中の潰されるような悪夢。

ふと深層の自分へ手を伸ばした。




『とある盲目の物語』 「こんなことも今はどうでもいいのです。」




私は普通の家庭に産まれた。


体重も2700グラムくらいの平凡で健康的だったという。


ごく当たり前のことだが、私の誕生に母も父も喜んでくれた。そして、上品で美しい子に育つようにと、『雅』という名前をもらった。


父の姓と合わせて、『加藤雅』。この名で私は世界に産み落とされたのだ。


私が産まれた後も、寝返りをうったり、立ったり、歩いたり、私の成長を見る度に母が写真を撮ってくれて誉めてくれたという。


このようなことがごく自然のことであって、物心をついてもいない私は考えることもないのはもちろん、今でもこのまま社会の一員として成長していくのだと思っていた。



そしてある時、『それ』は突然目覚めた。



忘れもしない、あの時だ。


父と母は共働きで、私は両親が家にいれない時は、学童に預けられていた。そして珍しく父の仕事が早く終わったらしく、昼頃に学童へ迎えにきてくれたのだ。


いつものように、そういつものように、私は父の手を握ったのだ。


小さい私の手は、固くてゴツゴツした父の掌に包まれる。


「パパッ!今日早くお仕事終わったんだね!雅お腹すいたーお昼ご飯外で食べようよー!」


「…………………。」


「パパァー?聞いてるー?」


「え、あぁ…。いや、今日はまっすぐ家帰ろう。」


「えぇー、なんでー?」


「美味しいカレー作ってあげるから。」


仕事が早上がりの時は大抵、ファミレスに連れていってくれるのだ。それでもお父さんの手作りのカレーなんて珍しい別にいいか、と握った手をブンブン振りながら私は頷いた。


私は当然、気づかなかった。

握られた私の手を飴玉を転がす舌のように、手の中で撫でまわしていたことに。



この後に起こったことは、あまり鮮明には覚えていない。


人間は強い心の傷を負った時に己の心を守る為に、その記憶を薄め歪ませることがあるという。


その作用が多少は働いているのかもしれないが、残念ながら事実はどうしようもなく心の深いところに鎮座している。



私は、実の父に犯された。



「おいで。」

「怖くないから。」

「ママには内緒してくれ。」

言葉と共に刻まれる、蝕まれるような痛みと悦楽。


この行為が何を差すかなど、幼い私には知る由もない。


「ごめん……本当にごめん、俺はなんてことを……。」


荒い息で何回も謝り続ける父に、なんと声を掛ければいいのかわからなかった。


「大丈夫だよパパ、そんなに泣かないで。」


そう言って父の頭を小さく力ない私の手で撫でると、泣き止むどころか父の涙は垂れ流れ、シーツの染みを増やすばかりだった。



それが始まりだった。



父は母がいない隙をついては、ついばむように私を呼び欲を満たすようになる。


年を重ねるにつれて、この行為の意味がわかるようになった。少なくとも親子の関係では決してあってはならないということくらいは理解した。


だが、まわりに助けを求めるどころか母にそれを打ち明けることさえできなかった。


母がこのことを知れば、私の日常が、世界が壊れてしまうと思ったからだ。


服で見えないお腹や胸に紫のアザがつき、寝不足は目にクマをつくる。


中学に進学をしたが、授業を起きていることや、体育に参加することがなかなかできない状況だった。


そして、放課後に担任がついに私を呼び出した。担任は世に言われるような体育系の男性教師で、褐色肌で筋肉質の身体をしている。


「加藤、生活態度に随分乱れがあるようだな。」


「…………………。」


「その割に宿題も提出してこないよな、やる気あんのか?」


「…………………。」


「黙ってりゃぁ済むと思ってんのか!?」



ドッ



誰もいない教室に、こんな音が微かに反響する。


担任は私の肩を掌で弾くように押す。本人としてはそんなに強く押したつもりはないようだったが、私は持ちこたえる体幹をもっていなく身体は後ろにしりもちをつく形で倒れる。


私は衝撃で捲れたスカートを直し、立ち上がろうとした。



担任と目が合う。



その目は私を生徒として見ていなかった。野生的で狙うような鋭い目。強いて言うなら私をメスとして見るような目だった。


「ぁ……………!」


父と同じ目に痺れるような身体の感覚があり、その後冷や汗が噴き出ていた。


座りこんだまま、あとずさりをして私は芯を失った足をつねり必死に立ち上がる。


「おぃ雅ぃ……逃げないで。俺のいうこと聞いてくれたら成績もどうにかしてやるから。」


「ぃっ…いや………!」


私は担任から逃げる術を必死で考える。


右か、左か。

どっちにしたって、担任は私よりも廊下側にいて扉に行こうにも捕まってしまう。


どうしよう、

助けて、

誰か、誰か!!


「…………………!!」


声にならない叫び。

近寄るたんにん


私は咄嗟に、廊下の逆方向であるすでに開いた窓の方へ走り飛び越えベランダに出る。


「お前何を………!」


担任の声から逃げるように、私は2階のベランダの手すりに飛び乗る。


夕焼けに照らされ、強い風に長い黒髪を持っていかれながら、私は………飛び降りた。


鳥ではないから空中にいられるわけでもない。


世界の規則に従って、私は雑草の生えたアスファルトに叩きつけられることになる。






「雅、ねぇなんでこんな悲しいことをしたの?」


「…………お母さん。ごめん。」


「なんで…なんで雅……。」


「気持ちに整理がついてから話すから、ちょっと待ってて。」


私はひ弱な身体のくせに生きていた。残念ながら怪我はただの右腕の骨折だけだった。


もう少しぐちゃぐちゃになっていれば、家にも学校にも行かないで済む。


本能的に身体を先に庇った右腕を、ふと眺める。痛みは不思議と感じなかった。むしろ少し心地好い気持ちにさえなる。


「私は…………。」


この時点で、薄々と感づいていたのだ。悪いのは父でも担任でもなく自分ではないのかと。


周りを自分のせいで狂わせているんじゃないかと、漠然とだが思った。



でも、大丈夫。

まだ私の日常は、世界は壊れていない。

このまま我慢すればいつも通りの幸せな生活が送れる。


いつか父も性愛あいしてくれるんじゃなくて、愛でてくるよね。



隣のベッドで入院している男の子と、両親らしき大人が楽しそうに喋っているのを見ないようにして、私は目を閉じて久々の睡眠に耽った。



しかしながら、私の世界はあっけなく崩れることになる。



私は退院許可を出され、家に帰ることになった。携帯で母に電話をしたが繋がらない。しばらく待っていたのだが、返答は帰ってこなかった。


だから右腕を三角巾で固定しつつ、それ以外は完治をしていたので自分の足で帰ることにした。


家の前に立つと、独特なスパイスの匂いがして鼻をひくつらせた。


この匂いはカレーだ。きっと父が作ったのだろう。


やっぱり日常は私をしっかり待っていてくれた、扉を試しに開けようとすると、鍵は掛かっていなくてあっさりと開いた。



開いてしまった。



血。

血、血、血。

真っ赤な視界が広がっていた。


それを見た途端、『日常である匂い』が私の中で一転した。


むせるような冷たい鉄の臭いに、場をわきまえないカレーの匂い。

交ざり合い、狂った匂いを作りだしていた。


血で汚れ、包丁で何回も刺されボロ雑巾のようになった父。

折り重なるように、硬直した右手に果物ナイフを持ち、裂かれた喉から血を流す母。


銀色、肌色、赤色。

目は形をとらえず視界はぐらりと歪む。


「いやぁあぁあああ!!」


意思よりも先に私は喉の奥で叫んでいた。その口から多量の胃液を同時に吐き出す。


私は混乱した頭の中でも、「助けを呼ばなきゃ。」と妙に冷静な声が鳴り響いていた。


それでも電話という選択肢は頭から抜けていて、何回も転びながら扉を開けた。


血塗れのシャツのまま、通学路を這いずるように歩く。


「誰か……誰でもいいからぁ…助けて………。」


夜風に声は拐われていく。唯一道端で会った猫も無関心に通り過ぎていった。


「なんで……こうなっちゃったの………。」


私はへたりと道の真ん中で座りこんでしまった。ふと、いつのまにか右腕に握っていた血のついた包丁が月の光りを浴び鈍く光った。


私はそれを左手首に添え、スッと滑らせる。

ドクッと音を立て玉になり流れ落ちる血液。

燃えるように熱くなる左手首と対照的に頭は鋭く冴えていく。


やっぱり傷口は痛くない。

それどころかつんざく『痛み』は抱かれる『快楽』に変換されていた。



ようやく気付いた。



私は呪いを身に宿していたのだ。

私の触れる物に、『快楽』を与えるという内容の呪いを。


それは私の周りを狂わし、命も殺めた。さながら私は烙印スティグマを持つ魔女だった。


私は血に濡れた包丁を心臓にあてる。どうせ死んでも痛みは感じないのだ、むしろ快楽を身に与える。


神様が私に『死ね』と言っているようだった。この聖剣を己の力で突き立て終わりにするのだ。


道の真ん中で突き刺そうとした瞬間、視界の向こうに随分と非日常のものが見えた。


この流れではそれは神様、または仲間の魔女などが想像できる範囲だろう。


しかし、目の前に立っている者は勇者のような服装をしていた。


たなびく赤いマント、ラフなズボンに、ブーツ。

そして何より目を引くのは、その図体だった。


雅の縦二倍、横十倍はあるだろう。そんな大男はいるはずもない。



「助けを呼んだか?血濡れの少女よ。」


その姿はキグルミのパンダだった。

殺物パンダ、刺宮軋轢。

刺宮のパンダヒーロー。


刺宮雅と刺宮軋轢が、出会った夜は随分と丸い満月だった。





>後編

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ