<二十>木漏れ日の中で
<二十>木漏れ日の中で
一年半という時があっという間に刻まれた。男児誘拐事件は完全に迷宮入りした。その間に数回に分けて計一千五百万もの現金が、久子のもとへ届けられてきた。
その日、華絵は二十歳を迎え大人の仲間入りをした。
娘の二十歳に伝えようとしていた出生の秘密。
しかし久子はとうとうそれを娘に伝えることが出来なかった。いや、出来なかったのではない。今となっては伝えることは何も無かったのだ。
何故……?
久子は肺を患い、ここ半年間程の間病床に伏せていた。今後いつ退院できるのかも分からない。
久子が目を覚まし気が付くと、華絵が病室のベッドの脇の床で久子の膝を抱えるように座りながらベッドにもたれかかって眠っていた。その片方の手は久子の細くなった足を掛布団の上から抱え込むように掴んでいる。
そこには、理屈では決して引き離すことの出来ない固く信頼に満ちた「親子」の絆があった。同じ血が通っているかいないかなど、今の二人の間にはおよそ関係のないことだった。
華絵は安らかな表情にうっすらと目には涙が浮かんでいるようにも見えた。
「お母さん。お母さん。おがあ……うぅ」
華絵の寝言が僅かに唇から漏れた。
――伝えることは何も無いのよ。何故……ですって? それはね。今も昔も、そしてこれから先、お互いに命尽きようとも……。
「あなたは私の紛れもない子供なのですから……」
そう言いながら、久子は一人にっこりと微笑んで華絵の頭を撫で、そして再び目を閉じた。
目をこすりながら華絵が顔を起こした。
「むにゃむや。お母さん? 何か言った?」
優しく目を閉じている久子の顔を覗き込み、そして、華絵は再びベッドの脇に頬をもたれかけて目を閉じた。病室には柔らかな夕日が差し込んで二人の寝顔を優しく包み込んでいた。
その光は、明日も明後日もそしてその先も今日までと同じ、変わりの無い日々が訪れんことを願っているかのようだった。
(「この世に生まれて」完)




