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<十一>岬へ

<十一>岬へ

 

 札幌に娘の華絵を置いて二泊にもなる。幾ら何でも今日中には戻らなければ、と久子は思った。彼女も西積丹へ送ってやらなければならないので強行軍だ。

 二人は朝七時には食事を済ませ民宿を後にした。車で十五分ほどの所に『S岬』と書いた矢印看板があったが、彼女はそこではないと言った。

――この際どこでもいいのにねえ……。

 車は彼女の送り先である西積丹へ向かっているので、まあいいか、と久子は思い彼女の言う通りにした。

国道から右折したK岬へは途中で車道が途切れていて、その先はごつごつとした岩を踏みながらの歩行だった。やや路が右側に傾いていて、しかも所々雪が積もっているのでうっかりすると滑落しそうである。

――これって、過去に絶対滑り落ちた人、いると思うけどなあ……。

 そう思いながら久子は思いのほか身軽な彼女の後を必死で追った。岬の突端は畳二十枚ほどの平らな所だったが、風がかなり強く吹き荒れていて、真っ直ぐ立っているのもままならないほどだった。大きな海が遠景に広がりすぐ先は柵のない海面までの断崖絶壁であることは容易に想像できた。強風の中、立って先の方まで行くことはとても出来ない。強風にあおられれば海へまっさかさまの転落だ。彼女はそれでも地面に腹這いになって、匍匐ほふく前進よろしく先の方まで進んでいった。久子もこれに倣い、二人はとうとう断崖絶壁の上に到達した。彼女が腹ばいのまま顔だけ海の方へ出した。

「うおううーー!」彼女が叫んだ。

 久子も体が転がらないようしっかり伏せたまま同じように顔を出した。

「うぎゃああーー! 怖――っ!」

 強風が激しく耳を叩くのでお互い大声を出しているが僅かにしか耳に届かない。久子の眼下には崖肌を激しく打つ荒れ狂った白い波が見えた。二人のいる所は海面まで数十メートル程もある断崖絶壁の上だった。

 久子は後ずさりするように元の場所へ這い戻って衣服に付いた砂を払い立ち上がって辺りを見た。

――ん? 彼女は? ええっと……。

 名前を呼ぼうにも久子は彼女の名を聞いていなかった。そんなに広い所ではないし、視界を妨げるものは無い。しかし、彼女が居ないのだ。

――まっ、まさか。崖から落ちた!?

 彼女はもう一度腹ばいになり、崖に近付いていった。そして先程と同じように崖下を見下ろした。波の砕け散る辺りを中心に久子は必死に目を凝らして彼女の姿を捜した。しかし、見つけることはできない。

――ああっ! 彼女はどこへ行ってしまったの。落ちた訳ないよね。やめて! お願い神様……。

 元の所へ後ずさりして再び立ち上がり辺りを見回すと、傍らに彼女が履いていたピンクのドット柄の長靴がきちんと並べてあった。

――ええっ!? 嘘! 彼女どうしちゃったの!

 久子は彼女の後を這っていったので、その時彼女が長靴を履いていたことははっきりと目に焼きついている。

――それではこの長靴はいったい誰の物なのだろう。いや、こんなに変わった色柄は彼女の物以外に有り得ない。

 久子は愈々(いよいよ)事情が飲み込めなくなった。


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