<十>東積丹にて
<十>東積丹にて
あくる日民宿入口に『休業』という札を掛けて、二人は久子のレンタカーで東積丹へ向かった。目的は西積丹からこの地に移り住んだとされる琉依を捜し、会うことである。東積丹はもともと琉依の夫の実家があったので期待は十分にあったが、人に尋ねながら行き着いてみるとその実家自体が既に整地され他の店舗に変わっていた。久子は落胆し取り敢えず明日に備えて民宿を探した。
東積丹の民宿は若いカップルが数日前から既に二組泊まっていて活気に満ち溢れていた。食事をする時は全員で大きな丸テーブルを囲む。何種類ものお惣菜を各々大皿から取り分けながらの食事はとても家族的である。久子の連れてきた彼女は、相変わらず「うん」「ううん」以外口にすることもなく無口であったが、表情には作り笑いではないはっきりとした笑顔が浮かんでいた。
彼女は一言だけ自分の意思で言葉を発した。
「愉しい……」
久子はにこにこしながら優しく彼女の横顔を見ていた。
皆の笑い声が弾む。民宿のおかみさんが言った。
「あのね。このシラス入り梅肉は、チョーくんが作ってくれたんだよ」
「へえーっ、うまく出来てるじゃん」別なカップルの彼女が彼のことを持ち上げる。
「うん。俺、生まれて初めて料理というものを作ったんだ」とチョーくん。
隣で彼女が、「ただ混ぜただけじゃん」と言った。
「これだけの量、全部梅干しの種取って、煮て冷やしたシラスと混ぜるの大変なんだぞ。それから手でこね続けるんだ」
チョーくんが口を尖らせる。
「わかった、わかった。大変だったのね。偉い、偉い」と彼女。
チョーくんは図に乗って変なことを言い出した。
「混ぜてるうちに面白い位、爪がどんどん綺麗になっていくんだよね。爪垢が無くなっていくんだよ。不思議だよね。ははは」
「ぶうーーっ!」
その時シラス入り梅肉をご飯に載せて口へ運んでいた久子は思わず吹き出した。
「やだぁ。嘘でしょ。食べてる時にやめてよね」
「ははぁ。すいません」
久子が連れてきた彼女も笑っていた。
――やっぱり若い人はいいなあ。
久子がそう思っていた時、彼女は唐突に久子に言った。
「明日。一緒にK岬に行きませんか?」
「K岬? ……。私、あなたにも話したけど訪ね人を捜さないと……。札幌では娘も待っているし」
彼女は一転して悲しそうな顔になって俯いた。これを見て、久子はこの際彼女に付き合ってあげようと思った。ここ東積丹では、琉依の夫の実家すら影も形もなくなっている。久子にはもはや捜す当てはなく、これ以上調べる術は無いように思われた。
――いつからか分からないけど、きっと彼女はあの民宿で一人っ切りだったに違いない。
「分かった。明日一緒に行きましょう。でも、朝早いわよ。ねっ!」
彼女の顔は今までになく明るくなった。




