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ナインイレブン異世界支店

ナインイレブン異世界支店 卯堂シフト

作者: 卯堂 成隆

「あ、カラアゲたんのノーマルとスパイシーチキン味とチーズ味、あるだけちょうだい」

「かしこまりました」

 見た目にもまぶしい原色の制服を翻し、私は商品を取り出すために金属製のタングを手に取る。

 器具の表面についた、ぬるっとした油の感触が気持ち悪い。


 熱のこもった保温器を開くと、ムッとするような脂臭い熱気が顔を襲う。

 こんなカロリーの塊、自分だったら絶対に口にしたくないけどな。


 くそぉー 髪の毛とかに匂いがついたらどうしてくれよう?

 だがこれも仕事だ。 我慢しなくちゃ。


 商品をあらかた取り出すと、商品を待っている客――いつもカラアゲたんを買いしめてゆくデブがこんなことを言い出した。


「最近ネットで噂になってるんだけどさ、カラアゲたんの材料がイグアナってホント?」

 ぶっ!

 私は思わずタングを取り落とす。

 よりによって、店員の前でそれを聞くか?


「やだなー お客さん! そんなわけ無いじゃないですかー はい、全部で680円になります」

 引きつる笑顔で質問をかわし、無神経なデブの背中を見送ると、私はそっと溜息をついた。


 甘いのよ、デブ。

 アレの材料は、そんな愛らしいものじゃないんだから。


「人の噂ってのもなかなか馬鹿にならんものだな」

 不穏な台詞に振り向くと、スタッフルームの方からのっそりと一人の男が顔を出していた。

 背が高くて浅黒い肌、目はドキっとするぐらい澄んだ藍色。

 筋肉質だけど細身でしなやかなその体。

 黒豹を魔法で人間に変えたら、たぶんこんな感じになるんじゃないかな。


「あ、山崎さんか。 こんにちわー」

「よぉ、アキラ。 いい朝……じゃないんだな。 店長め、また時間軸の調整に失敗しやがったな? あの二流魔術師め」

 顔を出したのは、ここのベテラン店員さんで名前を山崎彪やまざき たけしさん。

 どちらかと言うとイケメンさんですが、いかんせん強面な彼は接客向きじゃないという残念な方でして、得意分野も頭を使うよりは体を使う方。

 喧嘩をやらせれば敵なしって人で、主にこの店でも"裏"の方でお仕事をしてます。

 ええ、このコンビニには、表であるこちら側だけでなく、裏側の店舗と言うものが存在するんですよね。

 あ、間違わないように言っておきますが、犯罪組織じゃないですよー


 ここだけの話……うちのコンビニ、実は異世界と繋がってるんです!

 しかも剣と魔法の世界に!!


「悪かったね、二流で」

「あ、おはようございます、店長!」

 山崎さんに続いて顔を出したのは、かなり高位の魔術師で、ここの店長を任されている人。

 いつも店長としか呼んでないので、本名は知りません。

 なんでも、この店を異世界に繋いでいるすごい人らしいんですけど、よく向こうとこちらに時差を発生させて山崎さんに叱られてます。

 ちなみに山崎さんは本来向こうの世界の方で、昔の名前は捨ててしまったから便宜上こっち風の名前をつけなおしたそうです。


「あ、アキラくん。 今日は向こうのシフトもお願いできる?」

「ええー またですか?」

 向こうのコンビニは『おファンタジー』な世界にあるせいか、時々店員やバイトが副業でモンスターを狩りにいってしまったり、怪我をして欠勤したりするので、急に人手が足りなくなるんですよ。

 そのしわ寄せはぜーんぶこっちにくるってのは気に入らないと思いませんか?


 ふざけんなよ、ファンタジー!

 物理法則もロクに成り立たないくせに迷惑かけ通しだなんて生意気だぁっ!

 あー すっきりした。


「ねぇ、山崎さん。 その派手なファールカップはやめません? それつけた人が隣にいるとなんか恥ずかしくて」

 私が心の中で愚痴っていた頃、事務所を挟んだ向こう側、異世界側のコンビニのスタッフルームで、山崎さんは金属で出来た黒いビキニパンツのようなものをロッカーから取り出していた。


「あのなぁ、どんな男でもここをやられたらアウトなんだぞ? 俺たちは危険な任務につくのだから、このぐらいの警戒はあたりまえだろう?」

 山崎さんはそういいながら、制服のズボンの上から恥ずかしげも無くそのビキニパンツを装着し、さらに上から腰当をベルトで固定する。


 そう、異世界側のコンビニでは人間以外のお客様もいらっしゃって、わざわざ地獄からいらっしゃった魔族の方や近所のダンジョンから買出しに来たモンスターさんなんかも来店するんですが、たまに暴れたりするお客様がいらっしゃって……そのために、武器と防具が必需品なんです。

 一応、この趣味の悪い原色のユニフォームも、店長自ら防御魔法を付与している高級品らしいんですけどね。


「うぅっ……。 じゃあ、せめてデザインだけでも。 もしくはそれをズボンの下に装備するとか……」

 股間がモッコリして無駄にセクシーなのはまぁ大目に見るとして、そのド派手な装飾はやめましょうよー 見ているこっちが恥ずかしいからっ!

 ちなみに私の言うド派手な装飾とは、銀で縁取られた薔薇のマークのことである。

 なんでも、拡大するとビッシリと魔法文字が刻みこんで薔薇の模様の形にしているのだとか。


「悪いが、これは守護紋章だ。 それに、シッカリ防具で固めておけば、わざわざここを攻撃しようとも思わないだろ? わざと目立たせてるんだよ」

 この守護紋章、衝撃のエネルギーを全て吸収し、異世界に放出する事で物理ダメージはほぼ無効化してくれるというとんでもない代物なのだが、なんでも力の源になっている女神が股間しか守護してくれないせいでファールカップにしか使えないらしい。

 女神様、あんたどんだけエロい人なのさっ!


「じゃあ、シルエットのデザインだけでも……」

「この形が一番動きやすいんだよ! ガニマタにならないように、この俺がじきじきにデザインしたんだぞ? 実際、人気商品だしな」

 たしかにファールカップは色々とあるけど、比較的エロく見えないまともなデザインのものは、太腿に擦れてしまうためにガニマタになりやすい。

 ガニマタで歩く山崎さん……ぶぶっ、黒豹のかっこよさ台無し!


 ちらりと下着と防具のコーナーに目をやると、ファールカップ・ヤマザキモデルが商品として並んでいる。

 一番人気の『黒』はすでに売り切れのようだ。


 ちょっと不機嫌そうになった山崎さんは、ぶーぶーと文句をつける私に背を向けるようにして部屋の隅に移動し、制服の上に鎖帷子を着込んだ上に、さらに黒い金属で出来た脛当てや胸当てを装備してゆく。

 最後に顔をスッポリと覆う漆黒のアーメットと、同じく漆黒のマントに身を包んだら、向こう世界では有数の実力で知られる冒険者『黒騎士ヤマザキ』の完成である。


 パッと見はかっこいいんだけどなー

 どうしても股間の薔薇に目が行ってしまうんだよね。


「山崎さーん。 接客業なんだから、せめて顔ぐらいは出しましょうよ」

「何を言っているアキラ。 この鎧もマスクも俺のトレードマークだ。 それに、もしも客の中にまた盗賊が混じっていて、いきなり武器を突きつけられたらどうするつもりだ?」

 私の意見を右から左に受け流し、山崎さんはダンジョン直通入り口側のカウンターへと足を伸ばす。


「またそんな屁理屈ばっかり! もー たまには言うこと聞いてくださいっ! そ・れ・と! カウンターで突っ立ってないで商品の補充でもしてくださいよね!!」

 私がジロリと上目遣いに睨みつけると、山崎さんは肩をすくめてしぶしぶ商品を手前に揃える作業をやりはじめた。

 戦士系や剣士系の客からは畏怖と憧れの目を向けられる山崎さんだが、私からするとズボラで手のかかるダメな先輩である。

 いざというときは頼りになるんだけどね。


「……って、まちなさい、そこのコボルトっ!」

 ふと目をやれば、ダンジョンから買出しに来たコボルト数人が、手にした手提げ袋にカ■リーメイトをこっそり押し込もうとして四苦八苦していた。

 アホか! それは『ダンジョン御篭り用一週間パック』だ! 普通の手提げ袋に入るわけ無いだろ!


「……きゃうんっ!?」

 コボルト達は私に見つかったことを知ると一目散に逃げだした。

 ――甘い!

 それより早く私は手前の雑誌をひったくり、それを突き出しながら力をこめて叫ぶ。

書物使い(ピブリオマンサー)アキラが命ずる! 具現せよ……」


 私がこの"裏側"を任されているその理由、それは私が『書物の中の人物をこの世に具現する力』を持つ書物使い(ピブリオマンサー)だからだ。

 愚かなコボルトめ……今、銀色の髪の毛をしたよろず屋のお兄さんを読んでタップリとお仕置きしてやるからなっ!


 だが……

 なにこれ!?

 私はその手にした雑誌を見て目を見張った。

 週刊の跳躍する名前の雑誌を取ったつもりだったのに……私の手に収まっているのはなぜかR18の際どい青年コミック誌。

 驚く私の視界の隅で、店長がニヤニヤしながら雑誌の位置を入れ替えていた。


 おのれ……謀ったな、店長!!


「……書物、『いけない人妻見聞録』が主人公6人!!」

 本に触れた手から本の内容を瞬時に読み取ると、私は登場人物の名を叫ぶ。

 その叫びが終わると同時に、店内の何も無いところに影が落ち、そこから湧き上がるようにして妖艶な美女の群れが出現。

 肌もあらわな美女たちの姿に、コボルト達は一人残らず鼻血をふいて立ち止まるが……美女の群れに釘付けになった次の瞬間、駆け寄ったヤマザキさんが鉄拳制裁でコボルト達を張り倒した。


 捕まったコボルト達は、山崎さんに引きずられて事務所の向こうに消えてゆく。

 当然だが、今から事務所で怖いお兄さんとたっぷりお説教タイムだ。

 ……山崎さん、名残惜しそうに振り返らないようにねー

 呼び出した人妻たちはすでに元の世界に戻しましたからっ!


「店長。 床に散らばった鼻血の掃除、ちゃんとしておいてくださいねっ!」

 冷たく言い放ったつもりだったが、なぜか店長は親指を立ててグッジョブと返事を返す。

 おのれ、変態め!


「相変わらず見事ねー アキラさん」

 カウンターに戻ると、顔なじみのダークエルフのお姉さんが小さく拍手で迎えてくれた。

「まぁ、本が無いと何も出来ませんし、私は普通の魔法とか使えませんから。 あ、こちらのパスタ、温めますか?」

 きのこパスタを買いに来たダークエルフのお姉さんから商品を受け取りつつ、代金として受け取った宝石を自動鑑定器に入れて差額のデータを銀行に転送。

 お釣りは後日銀行のほうから改めてお姉さんに帰る仕組みだ。


「あ、このパスタのシール7枚集めると、お部屋片づけミニゴーレムがあたるキャンペーンやってますよー よかったらシール集めてみてはいかがですかー?」

「おーい、店員さん。 カップメンのお湯がほしいんだけど、魔術でお湯呼び出していい?」

「そちらの簡易術式コーナーでお願いしまーす」


 私がカウンターに納まると、次から次へと朝の常連客がなだれ込んでくる。

 この仕事にも手馴れたもので、いつも買うタバコや護符(プリペイドカード)、神聖魔法の触媒である供物用のドライフラワーやダンジョンでも使いやすい洗面用具など、彼らの欲しいものが顔を見るだけでポンポンと記憶の中から飛び出してくる。


 でも、一番大切なのは笑顔でいること。

 接客業だしね。

 その点で言うと山崎さんは完全に失格だ。

 笑ったところで不気味に顔が歪むだけなので、もっぱら客はガラス細工のアクセサリーを買いに来たグリフィンや小型のドラゴンたちといった、人間の顔が判別できない人たちになる。


 それにしても、今日は忙しいな。

 特にダンジョン攻略向けのお泊りセットがよく売れるみたい。

 またどっかの魔王様が新しいダンジョンでも作ったのだろうか?

 ちなみに現実世界製のT字剃刀や歯磨きセット、消臭スプレーなんていう商品は、ダンジョンにおこもりがちな方々に大人気です。


 それにしても、本気で忙しいな。

 店長、はやくバイトの補充もしてよ!

 一人じゃ身がもたないよぉー

 いつも買い物ついでに口説いてくるドラゴニュートの戦士がやってきたあたりで、本格的に人手が足りなくなってきた。

 コミックの中からラーメン好きの金髪忍者少年を呼び出して作業を手伝ってもらおうかな?

 ヒプリオマンサーはいくらでも人手を増殖できるので、こう言うときに便利です。

 でも、操作するのに色々と神経使うから疲労は倍になるわけで……あぁ、はやくこの人かえってくれないかなぁ。

 後ろのお客さんが怖い顔してるんだけど!?

 その時、こちらの様子を察して奥から出てきた山崎さんが一睨みすると、ドラゴニュートの戦士さん(ごめん。 名前覚えてない)はそそくさと帰っていった。

 さすが山崎さん。

 こう言うときは役に立つね。


 そして客足が緩やかになった頃……奥から店長が気まずそうに声をかけてきた。

 げっ、こんどは何をさせる気ですか!?


「あ、アキラくん。 そろそろ、カラアゲたんのチーズ味の材料がなくなりそうなんだが」

「えぇーっ!? 私にカラアゲたんの補充なんて無理ですよぉ。 冒険者ギルドに頼んでくださいっ!」

 カラアゲたん……それは邪神印のポップコーンと並んで我がコンビニの人気商品の一つ。

 安くて旨くてボリュームタップリと言うお徳商品なのだが、その商品の補充はベテランの冒険者でもなければ手に負えない危険な仕事なのである。

 種類によって材料がロックワームだったりポイズントードの肝臓だったりと違うのだが、どれも冒険者ギルドの査定ではB以上にランクインする難物だ。

 ええ、わかってますよ。

 どうせまた、新しいダンジョンでも見つかって、いつもの冒険者がそっちに取られちゃったんでしょ!!


「大丈夫! ほら、君ってわりと優秀だしさ。 メインは山崎君がやるから!」

「ダメです!」

 勢いで押し付けようと、ものすごい気迫で迫ってくるが、そうは問屋が卸さない。


「でも、今日は君と山崎さんしかいないからっ! ね、時給少しあげるからさっ!!」

「山崎さんも何か言ってくださいよぉ」

 クモの糸に縋って地獄から逃れようとするカンダタのごとき視線を向けると、すでに山崎さんは愛用の魔剣ブラックバニィを取り出して念入りに手入れをしているところだった。


「そうだな、アキラなら問題ないだろう」

「えぇーっ!?」

 クモの糸、あえなく切断。


「ほら、あきらめていってらっしゃい。 ……とりあえず死なない程度にね」

「鬼っ! 悪魔っ! 人でなしぃぃぃっ!!」


++++++++++


「はい、邪神様のトウモロコシ畑を襲う霊鳥モフモフの退治ですね?」

 店長のエセ聖人な笑顔に送り出されてから数分後、私と山崎さんの姿はお隣の冒険者ギルドにあった。

 そして現在、カラアゲたんの補充と言う難事件を解決するため、なじみ客でもあるエルフの受付嬢と机を挟んで商談の真っ最中である。


「報酬は一人金貨10枚で、退治した霊鳥モフモフは全て依頼人のものとする。 こちらAランクの依頼になりますので、手数料として金貨50枚が必要になりますがよろしいでしょうか?」

 物価が色々と違うので断定は出来ないが、だいたい金貨10枚と言う報酬は最低所得者が半年は暮らしてゆける金額である。

 この金貨10枚という金額がいかに大きなものか理解していただけるだろうか?


「はい。 請求は店の方にお願いします」

 私が契約書にサインをし、店の印鑑を捺印すると、受付嬢はそれを手にして銀行からの料金引き落としの手続きに入る。

 それにしても、毎回こんな面倒なことよくやってられるよね。

 冒険者がうちの専属としてちゃんと働いてくれればこんな苦労はないものを。


 困った事だが……冒険者には依頼のキャンセル権というものが認められている。

 かつて権力と不当な契約を盾に冒険者を無理やり悪事に加担させた貴族がいたため、契約の神オノティカによって定められたものらしいのだが、そんな神の加護があるせいで、ちょっとでもおいしい話が他にあると彼らは一方的に契約解除して他の仕事に移ってしまうのだ。


 まぁ、あまり目に余る行為をすれば神罰の石槍が飛んでくるらしいけどね……あな、おそろしや。


 そしてここで大きな問題となるは、彼らの労働力が不安定である事だろう。

 冒険者が勝手に仕事を変えてしまうため、いままで十分に出回っていた商品が全く手に入らなくなるという話もよくある事で、そんな時はコンビニバイトの自分や山崎さんまで冒険者のような仕事に駆出されてしまう。


 まったくいい加減な生き物め。

 ハゲ散らかしてカツラと結婚するがいい!!


 結局、コネやらなにやらを駆使して集まった冒険者は30人。

 数だけは多いものの、ほとんどは金に困った雑魚である。

 はたして何人が無事に戻ってくることができるやら。


 そして、総勢32人の大所帯となった私たちは、カラアゲたんの材料を求めて怠惰と飽食の邪神の神殿に向かうのであった。


++++++++++


「ようこそ、偉大なる神オアヤヤオヤニ……へぶっ!」

 邪神の神殿にたどり着いた私たちの前で、歓迎の言葉を告げようとした下級神官が、口を押さえてのたうち回る。

 あー舌噛んだな。


「えぇい、修行が足りぬ!! 神の名を讃えることすら出来ぬとは! いいか、私が手本を見せてやろう」

 奥から出てきた先輩らしき神官が、後輩を門の脇に蹴り飛ばしながら胸を張る。


「よくぞこられた。 ここは、我らが邪神オアヤヤオヤニオアヤマリオアヤヤヤ……ぐはっ!?」

 おーい、結局お前も出来ないじゃん。


「この、うつけ者共が!」

 突如神殿の奥からひびく真冬の夜のような声。


 ぼわあぁああーん ぼわあぁああーん じゃーん!

 ぺひゃらちゃ♪ ぴろぴろぷっぺ♪ ぷっぴっぱ~♪

 大きな銅鑼の音に続いて怪しげな音楽が鳴り響き、豪華な衣装に身を包んだ神官たちが、私たちの前でゾロゾロと列を作りはじめる。


 さらに神殿の奥から真っ赤な絨毯が吐き出され、女官たちが撒き散らす花吹雪の中を一人の神官が共の者たちを連れてゆっくりとこちらに近づいてきた。

 私の推理が間違ってなければ、あれこそは噂に聞く邪神の大神官――イーストハート。

 槍を使わせれば右に出るものはいないといわれる武人にして、邪神の寵愛をもっとも強く受ける暗黒魔術の使い手。

 その正確は冷酷無比にして、邪神から生み出された聖なる植物トウモロコシに身も心も捧げつくした狂信者。


 まぁ、よく邪神様のお供で店にポップコーンの納品しにくるから実は顔見知りなんだけどね。

 言動はナルシーで高飛車だけど、話せば意外といい人だったりもします。

 

 ちなみに世間では、いつもその手に真紅の袋を手にし、神に捧げる供物をその中にいれて持ち歩いているというが……実は彼、『○ャラメルコーン』の熱烈な愛好者なのよね。

 そして訳あって、山崎さんとは永遠のライバル。


「ようこそ、コンビニエンスストア・ナインイレブンよりの使者よ! 邪神オアヤヤオヤニオアヤマリオアヤヤヤオヤニオアヤマリトオイイに成り代わり、汝らを我らが勇者として迎え入れる!!」

 ドォーン!

 声に含まれるあまりの威厳に、私の体を突き飛ばされたかのような衝撃が突き抜ける。

 あぁ、くそ。 声に威圧の魔力を込めやがったな!?

 気がつくと、私と山崎さん以外の人たちは全員しりもちをついていた。


 ひゃーなんですか、この展開!?

 住んでいる世界が違いすぎて、ぜんぜんついてゆけないんですけどー

 あの殺人的に言いにくい名前もさらっと口にしちゃったし!

 さすがイーストハートさん。 ハンパないわぁー

 ……とでも言われたいのか、あのええ格好しぃっ!!


 ふと、うちの山崎さんはどんな顔しているのかなー なんて考えて横顔を伺うと……

 わ、笑ってらっしゃる。

 しかも、まるでこんな茶番に付き合ってられんとばかりにあくび混じりで。


 さすが山崎さん!

 無駄に余裕!

 無駄に大人!

 伊達に昨日、パチンコで2万円スってない!


「アキラ、今なにかすごく失礼なこと考えただろ」

「いいえ、なーんにも?」

 山崎さんにジロリと睨まれたけど、ここは知らぬ存ぜずで通しますよ。

 

「えぇい、貴様らのような未熟者などこうしてくれるっ!」

 冷や汗をかく私の前で、大神官殿は倒れた神官のそばに歩み寄り、いきなりその胸倉を掴んで宙吊にした。

 さっすが馬鹿力。


「はぅあ!? お許しください、大邪神官イーストハート様! なにとぞ、なにとぞキャラメ○コーンのピーナツだけは!! げふぉっ!!」

 大神官イーストハートは、哀願する神官に冷ややかな視線を向けると、赤いビニール袋の中からピーナッツを取り出して、いきなり神官の口の中に詰めこみ始めた。

 うわぁ、なんてひどいことを!

 おまえは悪魔か! 死神か!?

 まぁ、おもしろいからもっとやれ。


「ぐはあぁぁぁぁぁ!? 渋いっ! エグいっ! 変に甘ったるいぃぃぃぃぃぃぃ……がふっ」

「誰かこの不用品を畑に埋めて来い!!」

 その苦悶の表情を、ポリポリとキャ○メルコーンを賞味しつつ一通り鑑賞すると、イーストハートは倒れた神官の上にピーナッツしか残ってないキャ○メルコーンの袋を投げつけて踵を返した。

 んー あいかわらず冷酷っぽい台詞がよく似合う!

 そこがしびれる、憧れるぅ!


「まて、イーストハート! そのピーナッツをどうする気だ!?」

 その背中に、山崎さんが怒りに満ちた声を投げかける。


 あぁ、やっぱりこう来たか。

 山崎さん、ピーナッツ好きだもんね。

 よくビールのつまみに食べてるし。


「まだいたのですか、貴方たち。 こんなところでモタモタしてないで、さっさと邪神さまにたてつくあの害獣でも狩に行けばよいものを」

「質問に答えろ、大神官イーストハート!」

 振り返った代神官に、山崎さんは怒りのまなざしを叩きつける。


 その真剣な表情をあざ笑うがごとく唇の端を釣り上げると、大神官イーストハートは狂気すら感じるほど昏い目を向けて答えを返した。

「どうするも何も、捨てるに決まっているでしょう? 我が聖なるキャラメ○コーンに、あのような不純物が、さも同等の存在であるかのように同居しているなど、まさに神に対する冒涜っ!」


 汚物について語るかのごとき大神官の口調に反応し、山崎さんの周囲の空気が一気に張り詰める。

 そう、彼と山崎さんが相容れない理由。

 それはイーストハート氏の激烈な『ピーナッツ不要論』のせいだ。

 うん。 実は私も要らないと思ってるんだけどね。


 だが、山崎さんはいつものようにいきなり斬りかかる事も無く、自らを落ち着けるために大きく呼吸を繰り返すと、苦痛を耐えるかのような表情で、心を押しつぶしたような台詞を吐き出した。


「いいか、良く聞けイーストハート。 キャラ○ルコーンは当初甘ったるくて、塩味を少しつける必要があった。 だが、そのまま塩を入れれば下に溜まり、どうしても塩となじまなかったのだ!」

「ほう、われらが聖なる菓子キャラメールコー○に冠する伝説か。 興味深い。 よいでしょう……話してみなさい」

「だが、気の遠くなるような試行錯誤の末、とある賢者が塩をまぶしたピーナッツを上に入れておくと、運搬の際に混ざり合って、満遍なく塩味がつくことを発見したのだ。 これはピーナッツなくしてキャ○メルコーンは存在し得ないという、ピーナッツの偉大さを示す事実に他なら無い! 違うか、イーストハート!!」


「笑止! 貴様の話しを纏めると、つまりピーナッツはただの塩味を付けるための道具でしかないのでしょう? ならば用済みのピーナッツなど捨てられて当たり前!」


「なんだと!? 貴様、偉業を成し遂げたピーナッツを用済みと抜かすか!」

 怒りとともに、ついに山崎さんはその腰から愛剣ブラックバニィを引き抜いた。


「よく聞け、黒騎士ヤマザキよ! 我が崇めるのは、我が神オアヤヤオヤニオアヤマリオアヤヤヤオヤニオアヤマリトオイイの聖なる穀物トウモロコシのみ! ピーナッツなど、所詮は外道よ!!」

 まるで返礼のようにあざけりの言葉を返すと、イーストハート氏の手にした杖も仕込み槍に変形する。


 まぁ、この二人の場合……武器を手にしている間はまだ本気じゃないんだよね。


「貴様っ! 俺の愛するピーナッツになんと言う暴言! ピーナッツ農家と千葉県民に土下座しろっ!」

「ふっ、だが断るっ! キャラメル○ーンにピーナッツが入っていない世界こそ、わが理想世界っ!」

「ならばやむをえまい。 ……貴様を倒し、その墓にピーナツバターを供えてくれるっ!」

「ならば私は、貴様の躯を邪魔なピーナツとともに畑に埋めて、聖なるトウモロコシの肥料にしてやろう!」


 あ、両方武器を捨てて拳を構えたね。

 これは『ブチ切れたから本気で喧嘩始めるぞ』ってサインです。

「みんなにげてー はやく避難しないとみんなまきこまれちゃうよー(棒読み)」

 とりあえず義務感から警告を発し、私はさっさと安全圏を求めて神殿の中に駆け出した。

 ええ、こんな下らない争いに巻き込まれて怪我なんてしたくないですから!


 バキィッ!

 逃げる私の後ろから、男二人が拳を交わす鈍い音が断続的に響き渡る。

 まぁ、二人ともタフだから、1時間はあの不毛な殴り合いが続くかな。


 おっと、目的地発見。


「邪神さまこんにちわー」

「あら、よく来たわねアキラ。 妾の神殿に来たのは初めてだったかしら。 うるさいやつもいるようだけど……とりあえず茶菓子もタップリあるし、ゆっくりするといいわ」

 豪奢な漆黒のドレスに身を包み、溢れんばかりの妖艶な微笑み。

 見ているだけで眼福って感じのこの方は、なにを隠そうこの神殿の主『邪神さま』である。

 ええ、個人的に大好きな方ではありますが、あんな長い名前覚えませんとも。


「あのー とりあえずウチの山崎がまた喧嘩をはじめちゃったので、これはお詫びに」

 旅行土産の萩の月を差し出すと、邪神さまは微笑みながらそれを受け取る。

 うん。 ほんとはこんな気軽に声かけていい人じゃないんだけどねー


「気にしなくていいのよ。 ウチのイーストハートも短気だし。 それにしてもあの二人、相変わらず仲がいいわねぇ」

 見た目は険悪に見えるんですけどねー

 他の人がイーストハートさんの悪口言うと、山崎さん本気で怒りますから。

『あいつの悪口を言っていいのは俺だけだ!』って、あなたどんだけツンデレですか。


「あ、そうそう。 思ったんですけど、やっぱりポップコーンを出すならメイプル味もほしいかなーって」

「メイプル味? なにそれ」

 たちまち興味を示す邪神さま。

 この方、邪神と呼ばれるだけあって、快楽を与える事で民衆を堕落させるのがお仕事なんですが、実際には心優しい貧乏人にたらふくご飯を食べさせてあげたり、才能はあるのに売れない芸術家の作品を売れるようにしてあげたりと、なにかと優しい世話焼きさんである。

 本人の曰く『貧しくも清らかな者が、富を得ることで欲におぼれ、黒く堕落の道に染まって行くのが美しいのよ!』とのことですが、最近では富の神としてふつーに信仰されはじめているようです。


「メイブル味って言うのは、甘い樹液から作ったシロップを加えたものの事で、イーストハートさんが好きなキ○ラメルコーンみたいに甘いポップコーンなんですよ。 主に女性に人気で……」

「ふぅん、そんなものがあるんだ? 一度そちらの市場の調査も必要ね。 何かいいアイディア無いかしら?」

 そんな提案がきっかけで、最近の食べ物の流行から始まり、今年の流行のファッションや音楽……はては恋の話までワイワイと賑やかにしゃべっていると、避難してきたほかの神官たちも話しに加わり、いつのまにか宴会が始まっちゃいました。

 誰だよ、お酒持ってきたのは!


「あ、そうだ邪神さま。 よかったらパソコン始めません? インターネットとか楽しいですし」

「いんたーねっと? それはなに?」

「インターネットとはですね……」

 それにしてもなぜ私が邪神様に協力的かといいますと、彼女の邪悪な企みの一環として、我がナインイレブンでは彼女が呪いをこめてつくったポップコーンを大々的に売り出しているからなんですよね。

 ……現実世界限定発売ではありますけど。


 え? 世界を敵に回す気かって?

 とんでもない!

 世界が違うと魔法の法則も変わるらしく、異世界に持ち込まれた彼女のポップコーンの魔力も変質し、まったくの無害になるらしいんですよ。


 ま、知らぬは本人ばかりと言うヤツで、真面目な彼女は今も邪神としての勤めを果たすため、せっせと信者に混じってポップコーン作ってるんです。

 別に椅子にふんぞり返っていてもいいのにねー

 ほんと、いい加減誰か真実を教えてあげればいいのに。


 気がつくと、神殿を揺るがす振動はいつのまにか収まっていた。

「あら、静かになったわね」

「あ、ほんとですね。 そろそろ終わったのかな?」

 邪神さまが手を振ると、横にあった鏡に神殿の玄関が映し出される。

 そこには、男二人が仲良く大の字になっていた。


「ふっ……や、やるじゃねぇか大神官」

「あ、あなたこそ。 さすが……黒騎士と呼ばれるだけはある。 まさかこの私が……相打ちに持ち込むのが精一杯とは」

「なぁ……イートハート。 キャ○メルコーンのピーナッツ、もし捨てるんだったら……今度から俺にくれないか?」

「……そのようなものでよければ、ぜひ……とでも言うと思いましたか。 私はまだ夢をあきらめてませんから」

「この……頑固者」

「あきらめたら……貴方と喧嘩する理由がなくなるじゃないですか」

「ん……なんか言ったか?」

「な……何も言ってませんよ。 次こそは私の理想の崇高さを教えてやると言っただけです」

「……ケッ」


「なんでしょうね、邪神様。 いたたまれないぐらいに生暖かいこの感情は」

「さぁ? もしかしたら、これが噂に聞く"萌え"と言うヤツかしら?」

「邪神さま。 それは激しく違うと思います」


 さすがの山崎さんも渾身の殴り合いは厳しかったらしく、この後私たちは一晩神殿のお世話になる事に。

 翌日、私たちの噂を聞いたボランティアの信者さんも加わったため、食材調達のパーテイーは総勢なんと150名。

 もはや軍隊のごとき人数となった私たちは、通いなれたあぜ道を通りぬけ、畑を荒らす神の獣を退治すべく邪神の農場にやってきました。


「ここが邪神さまの農場……」

 見渡す限り聳え立つトウモロコシの森……比喩ではない。

 本当に広大な森があって、その樹木全てにトウモロコシが実っているのである。


「向こうのトウモロコシとはちょっと違うからな」

 ボソリと横で呟く山崎さんだが、これはちょっとじゃないだろ!

 邪神の魔力を吸収し、しっかり甘く熟成したトウモロコシは、時期が来ると勝手にポロリと枝から落ちるために収穫はかなり容易である。

 しかも作地面積から生産されるトウモロコシの量は、はっきり言って現実世界の数倍から数十倍に及ぶだろう。

 もしもこの光景を何かに例えるとしたら……屋久島の森の杉の木全部にトウモロコシが実っている景色を想像して欲しい。

 出来ないでしょ。 目の前にあっても、何か受け入れがたいぐらいだもん。

 そのぐらい目の前の光景は奇妙で、脳に焼きつくインパクトがあった。


「で、この森に聖鳥モフモフがいるの?」

「そうだ。 聖鳥モフモフは、ヒゲと太陽の神ヒゲフォーンの使わした聖獣で、我らが邪神様の理念の象徴であるトウモロコシを食べつくしてしまう害鳥だ」

「まって! 太陽はともかくヒゲは何?」


 だが、山崎さんが私の問いに応えるより早く、森の一角から朗々とした声が響く。

「その通り! 肥満は罪、ヒゲと細マッチョこそ我らが正義!! 人々に邪悪な脂肪を与える邪神のたくらみ、我らが阻止せずして誰がやると言うのだ!」

 ……誰!?

 思わず振り返ったその先には、見事に鍛えられた細マッチョの集団。

 しかも、なぜか全員ヒゲをはやしている。

 うん。 これだけそろうとなんか微妙。


「出たな、ヒゲフォーン聖騎士団っ!」

 背後から、邪神様のところから来たボランティアの方が憎憎しげに叫び声を放つ。


「アキラ、最初に言っておくが……聖鳥モフモフは、はっきり言ってでかいだけで何の戦闘力も無いただのヘビだ。 こいつらを倒す事に集中しろ!」

「まって、鳥なのに蛇なの!?」

 色々と突っ込みどころ満載な台詞が飛び交っているが、困った事に満足に説明を聞く暇はなさそうだった。


「無力な聖鳥さまをその手にかけるとは、不心得もの者め! 我々聖騎士が命に代えてでも貴様らより聖鳥をお守りいたす!!」

 山崎さんの台詞の後に続くようにして、聖騎士団の代表らしき男……全身を白銀のプレートメイルでガチガチに固めた男が叫びながら前に出てくる。


「な、なるほどね。 つまりこいつらを倒さなきゃいけないから依頼の難易度がAクラスなのか。 で、モフモフは蛇なの?」

「行くぞ! こいつらと問答するのは時間の無駄だ!」

 あぁ、やっぱり答えてくれないのね!

 このイケズっ!!


「来るがよい! 邪神の僕め!! そして我らのヒゲのすばらしさと汝らの罪深さをその身に刻め!!」

「待って……なんでヒゲなの!? ついでに鳥なのになんで蛇なの!? 誰か答えてよぉーっ!!」


 私の叫びも空しく、双方の勢力はのっけから消耗戦から始まった。


 飛び交う魔法、湧き上がる悲鳴。

 これの、これのどこがコンビニバイトじゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 いくら叫んだところで戦いは終わらない。

 すでに争いは終盤を迎えており、立って動いているものはもはや山崎さんと敵の首領の二人だけだ。


 戦いが始まると同時に、ピブリオマンサーに使用可能な最高の防御魔法『ギャグ補正』をかけておいたから、おそらく死人は出ていないだろう。

 場の空気がシリアスになりすぎなければ、意識を失う以上のダメージは発生しない。

 とは言え、見れば愛用の武器である跳躍な名前の週刊誌もボロボロで、すでに使い物にならない有様だ。

 もう、自分に出来ることは何も無いな。


 ギャグ補正の効力が薄れて行くのを感じながら、私は力なく雑誌を地面に投げ捨てた。

 そして無力な私の目の前で、この戦いのフィナーレを飾るであろう一騎打ちが始まる。


「……ひれ伏すがいい、この暗黒騎士が!」

「温いな。 お前の剣は軽すぎる。 物理的な話ではない。 その上に背負うものの重さのことだ!」

 狂ったように剣を叩きつける聖騎士。

 だが、山崎さんは氷のような冷静さでその斬撃見切り、最低限の動きで交わし続ける。


「それに俺は黒騎士だ。 暗黒騎士と一緒にするな」

 やがて斬撃の鈍った一瞬の隙をつき、山崎さんの剣が聖騎士の兜を弾き飛ばした。


「その辺でやめておけ。 実力の差は理解しただろう? 次は当てるぞ」

 ガランゴトン……地面に重い金属の落ちる音をBGMに、山崎さんが渋い笑みを浮かべる。

 うわぁー 嫌味な人だねぇ。

 そう言うの大好きだけど。


「おのれ……おのれ、邪悪の僕の分際で!」

 息の切れ始めた聖騎士が、目を血走らせながら駄々をこねる子供のようの声で叫ぶ。

 だが、実力のさはいかんともしがたい。

 うん。 あきらめちゃいなよ。

 こんな事に命かけることないしー


「邪悪か」

 逃げ場の無い聖騎士の姿を哀れみながら、山崎さんはふとそんな台詞を呟いた。


「ならば問うが、正義とは何だ!」

「なにっ!?」

 山崎さんの意外な言葉に、聖騎士の心が揺らぐ。


「正義とは、己の心の中から湧き上がる物。 他人の言葉と理念を借りているだけのお前に、正義を語る資格はないっ!!」

 うわぁ、山崎さんっ!

 なんて恥ずかしい台詞を!!


「ほざけぇぇぇぇっ!!」

 その瞬間、聖騎士は野獣のように吼えながらその剣を振り下ろした。

 ガキィン!

 だが、打ち合わさった瞬間、聖騎士の剣を山崎さんの剣がへし折った。


「理解したか。 これが俺とお前の信念の差だ」

 折れた剣を手に膝から崩れ落ちる聖騎士。

 いや、折れたのはむしろ彼のプライドのほうか。


「貴様……何者だ」

「ただのコンビニ店員だよ。 昔は聖騎士なんて呼ばれたこともあったがな」

 うめくような聖騎士の言葉に、山崎さんは頬についたかすり傷を撫でてそう答えた。

 戦いの終わりを告げるように、愛剣ブラックバニィがカチリと音を立てて鞘に納まる。


「や、山崎さん……」

「勝ったぞ、アキラ。 心配かけたな」

 勝利の微笑にほんのちょっと疲れを滲ませながら、山崎さんが歩いてきた。

 私はその疲れた彼の胸に飛び込み……


「たかがカラアゲたんの材料の補充に大げさすぎるんじゃこのボケぇぇぇぇぇっ!!」

 思いっきり股間に膝を叩き込んだ。

 ガコンっ!?


 だが、残念な事に、ヤツの股間は硬く女神に守られていた。

「痛ったぁぁぁぁい!」

「ほ、ほら、こんなときのためにも、ファールカップ重要だろ」

 おのれー! これだから隙の無い男は嫌なんだ!


「うるさいっ! 大人しく蹴られて悶絶すればいいのにっ! ……危ないっ!」

 その時、山崎さんの背後で何かがキラリと光る。

 私の目に映ったそれは、倒れていた聖騎士の一人が弓を構える姿だった。


 あっ……

 気がつくと、私は山崎さんを突き飛ばしていた。

 そして、胸を貫く冷たさと痛み。


「アキラっ!!」

 そして見たことも無いぐらい焦った山崎さんの顔。

 その光景も、どんどん暗く、灰色になってゆく。

 あぁ、私、死ぬのか。

 まさか、こんなばかばかしいことのために……


「今、助ける! 絶対に死なせない!!」

 薄れ行く意識の中で、不意に唇から熱い何かが入り込んできた。

 これは……

 意識が急速に浮上する。

 全身に熱が満ちて、目の前にチカチカと原色の光がまたたく。

 間違いない。

 これこそは愛の力……なわけないでしょ!

 エリクサー……先日、売れないうちに使用期限が切れちゃったから廃棄処分するはずだったやつ、見当たらないと思ったら山崎さんがパチってたんだなぁっ!?


「山崎さん。 向こうに戻ったら、お話があります」

「……俺もお前に話すことがある」

 いつのまにか利き腕に刺さった矢を引き抜き、狙撃者の意識を剣の鞘で刈り取りながら、山崎さんは急に真面目腐った顔でそんなことを言い出した。

 なに、今の表情?

 なんか、胸がドキドキするんだけど!?


 だが、物語はまだ終わっていなかった。

「なんのつもりだ」

 山崎さんの背後に、再び剣を構えた聖騎士団長が立っていた。

 その手には、他の騎士から奪った剣が握られている。

 対する山崎さんは満身創痍。

 特に利き腕は先ほどの矢を受けて剣を握れる状態でもなさそうだ。


「なるほど、勝負は貴様の勝ちでいい。 だが、我が神のためにも貴様をここから帰すことは出来ない。 死ね……っ!!」

 荒く息を吐きながら、聖騎士は剣を振り上げる。

 名誉も誇りも捨てた最後の一撃。

 山崎さんは避けないだろう。

 よければ私が切られてしまうから。

 頭が真っ白になるような混乱の中で、その時私がとった行動は……

 

 ドサッ!?

 鈍い音とともに地面に倒れたのは、山崎にトドメを刺そうとした聖騎士のほうだった。

「どんな男でも、ここに一撃喰らったら終わり……でしたよね、先輩」

 こんなヤツに山崎さんの首をくれてやるわけにはいかない。

 お前には私の蹴りで十分だ。

 身の程を知るがいい。


「あ……あぁ。 よく出来たなアキラ」

 微妙な顔する先輩を押しのけ、私は念のためにもう一度"同じ場所"を蹴り潰す。


「ぴぎゃあっ!?」

 情け無い声をあげて聖騎士が悶絶する。

「や、やりすぎ……」

「何か?」

 今度こそ立ち上がれまい。

 それにしても蹴り上げたつま先がジンジンと痛む。

 人をこんな風に蹴るのは初めてだが、蹴るという行為は、蹴るほうもなかなか痛いものだと理解した。

 やっぱり、暴力はよくない。


「じゃあ、後はまかせましたよ、山崎さん。 見てないからってサボらないでくださいね」

 白目を剥き、股間を押さえながら痙攣する聖騎士を見下ろしながら、今度こそ私はゆっくりと意識を失った。

 なぜかひどく蒼褪めた山崎先輩の腕に抱かれながら。


++++++++++


 翌日、冒険者とボランティアの方々の協力により聖鳥モフモフはあっさりと捕獲され、今は出荷する作業に入っている頃だ。

 結局……気絶したまま現実世界に戻された私は、モフモフがとりなのか蛇なのか確認することもできずに現実世界のシフトに戻り、今日もバイトに勤しんでいる。

 おっと、客だ。


「ただいまカラアゲたんチーズ味が揚げたてでございます。 よろしかったらご一緒にいかがですかー?」

「ごめん。 俺、ダイエット始めたんだわ。 会社の健康診断に引っかかっちゃってさ」

 いつもカラアゲたんを買い占めていたデブは、そんな台詞を吐きながら隣のハッシュド・ポテトに目を向ける。


 プチッ

 ほほう、それは先日カラアゲたんを補充しに行って命からがら戻ってきた私への挑戦だな?

 貴様の健康なんて知ったことか!

 そもそも、ダイエットとか抜かしながら結局は揚げ物食べるんじゃねぇかよ、このデブ!

 だいたい、テメェがカラアゲたんを買い占めるから、私が補充しにゆくハメになったんだろ!

 死ね! カラアゲたんを食いすぎて肝硬変で死んでしまえ! それがデブよ、貴様の運命だ!!


 飽食を司る異世界の邪神様に祈りを捧げながら、ひたすらデブが会計をするときを待つ。

 だが――


「……カラアゲたん、ピーナッツ味新発売だ。 買え」

 その時、浅黒くてたくましい腕が私の背後から熱々のカラアゲたんを突き出した。

 気がつくと、保温器のカラアゲたんが全てデブの買い物籠の中に納まっている。


「いけませんね。 あなたは、この邪神印のポップコーン、キャラメルコーン風味も買わなくてはなりません。 これは神のご意思です」

 続いて、山盛りになったメイプル味のポップコーンがデブの買い物籠に入れられる。

 しかも3つもだ。 ……さすが邪神の側近。 容赦ないわー。


「人の子よ、人はお茶とカラアゲたんだけで生きるには非ず。 このヒゲ付き肉まんも買ってゆくのだ!」

 さらに髪を短く刈り込んだ金髪の細マッチョが、保温器の中から妙な模様の入った肉マンを取り出した。

 やめて! デブの買い物籠の収容スペースはもう0よ!


 その後……デブは会計をすることも無く、財布の中身を置いて泣きながら逃亡。

 うん。 デブよ、今のはちょっとだけ同情するよ。


「ちょっと、なんであなたたちがこっちにいるんですか! 向こうの世界に返りなさい!」

「バイトのシフト変更だ。 店長を脅して無理やりなんてことはしてないぞ」

「神の命令で市場調査にきたんですよ」

「あなたの強さに惚れました。 俺をもっと足蹴にしてください!」

 えぇえーっ!?

 なによ、そのご都合主義!

 とくに最後のやつ、本気で迷惑だからっ!!


「はぁい、元気してたアキラ? イーストハートだけでは心とも無くて、けっきょく妾もきちゃった。 ところで銀はいないの?」

 そしてスタッフルームの向こうから、にこやかな邪神様が現れたとき、私の何かが限界を突破した。

「帰れお前らぁぁぁぁぁぁっ!!」


 あなたのコンビニ、ナイン・イレブン。

 現実・異世界を問わず、今日もあなたのおこしをお待ちしてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子供用キャラメルコーンには、ピーナツは入ってないですよ。 幼児向け菓子コーナーに普通に売ってます。 子供が喉に詰めるからね。
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