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真夏の月と花冠

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/09/02

その日は、空が眩しく晴れていた。


青の濃度があまりに深く、かえって透明な虚無のように思える空の中央に、まっしろな月がぽっかりと浮かんでいた。

雲はひとつもなく、世界中の輪郭が強い日射しに焦げて曖昧になっていく、奇妙な日だった。


私は雑居ビルの古びた眼科へ行った。


視力を測り、目薬を差される。

薬のせいで瞳孔が大きく開いていくと、待合室の白い壁も擦りガラスの窓も、眩しい光の層に沈んでいった。


そのとき、奥の扉が静かに開き、白い服を着た女の人が歩み寄ってきた。

彼女は両腕いっぱいに花を抱えていた。


シロツメクサ。

かすみ草。

名前の知らない小さな青い花。


どれも摘んだばかりのように瑞々しかったが、土も根もなかった。


「光が眩しいのは、目が世界を飲み込みすぎている証拠ですよ」


彼女はそう言って、一輪の冷たい花を私に渡した。

そして、私の手元を見ることなく、細い草の茎を編み始めた。


「花冠は、見ないで作るほうがいいんです。見えている花だけで作らなくていいいから」


彼女は茎を交差させ、花を一本ずつ結んでいく。


「大事なのは、花と花のあいだに何があるかです」

「何があるんですか」

「見えないものです」


私は窓の外を見た。

白い月が、さっきより近くなっていた。

その中央には、小さな黒い点が、瞳孔のように浮かんでいる。


「昼の月は、夜の月とは違うんですよ」

「どう違うんですか」

「夜の月は、見てほしいんです」


彼女は少し黙った。


「でも、昼の月は、見つけてほしいんです」


そして、静かに続けた。


「……その月を、見つめてはいけないのです」


その言葉を聞いた途端、なぜだかわからないけれど、胸が少しだけ痛んだ。


「これを作れば、もう真昼の月に目を射抜かれることはありません」


よくわからなかったが、私は花を見ないように目を閉じた。

すると、不思議なことに、目を閉じたほうが部屋の中がよく見えた。


女の人。

テーブル。

椅子。

窓の外の、真昼の白い月。


そして、その向こう側に、もう一つの誰もいない待合室。


どういうことだろう、と目を開ける。

けれど、視界は真っ白で、何も見えなかった。

私は手探りで花と茎を探し、交差させていく。

一輪。

また一輪。


結ぶたびに、どこかで小さな鈴が鳴った。


最後の茎を結び終えたとき、遠くで正午の鐘が鳴った。

ハッと顔を上げると、光の眩しさは消えていた。

女の人も、散らばっていた花も消えていた。

私は一人、待合室の椅子に座っていた。


ただ、膝の上には、小さくて冷たい花冠だけが残されていた。


私はそれをそっと頭に載せた。

やがて診察室から名前を呼ばれ、診察を受け、点眼液をもらってビルを後にした。

見上げると、真昼の空の月は、黒い目を浮かべたまま、ひどく寂しそうにこちらを見ていた。

街を行き交う人々は、誰もその空を見上げようとしない。

私はそっと、月に向かって小さく手を振った。


時が経ち、花冠はすっかり乾いて枯れてしまったけれど、触れると今でもあの日のように冷たい。


陽射しの明るい雑踏の中で、ふと立ち止まることがある。

周りにはたくさんの人が行き交い、陽射しは明るく、世界はこんなにも騒がしい。

それなのに、私の頭の上だけが、誰もいない白い廊下のように静まり返っている。


遠くで、小さく鈴が鳴った。




ー了ー

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