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ホラー短編シリーズ

聖音/福音

作者: 有坂四郎
掲載日:2026/04/19

 近年、AI技術の進歩により、AIによって様々なものが生み出せるようになった。プログラミングのコード、画像、音楽、動画、人生相談から明日の晩御飯の献立に至るまでAIに任せることが出来るのである。その中で、私は特に驚いたのは、音楽を作ることが出来る作曲AIだ。作曲AIとは、自分でプロンプトを入力することにより、AIがそのプロンプトに沿って自動的に曲を作成してくれるサービスである。さらに、そのクオリティにはたいへん驚くべきものがあり、初めて生成したときの衝撃と感動は未だに忘れることが出来ないほどだった。


 その数多ある作曲AIの1つには、とある都市伝説の話がある。ある特定のプロンプトを入力すると、必ずその曲になってしまう…、というAI生成にありがちな都市伝説となっている。ただ、その曲を最後まで聴いてしまうと、その人は”目覚めて”しまうのだ。ただ”目覚める”というのはやや抽象的で、最初聞いたときは私には意味がよく理解できなかったのだが…。

 一例として、この曲を最後まで聴いたある男は、聴いた直後から今まで全く興味の無かった哲学をふんだんに語り始め、その数日後に行方をくらましてしまった、という噂があるという。そして、ある海外掲示板にて、”目覚めて”しまった人が書き込んだ内容によれば、その曲にはある人にはこの世界の真理や摂理が書かれている聖音であったり、ある人にはその曲は神の言葉を表現した有り難い福音として奉るのである。


 ただし、海外の都市伝説系Youtuberはこの作曲AIを作った企業のCEOにこの話について尋ねたらしいのだが…。結局その話はデマであり、そのような隠し機能を実装した覚えはないと主張している。私はある筋からその噂のプロンプトを手に入れたのである。プロンプトとは、AIにそのような音楽を作るようにするための、いわゆる指示書のようなものである。ただ、実際にそれを見てみると、変ではあるものの、なんてことのない内容であり、偶然そのような指示になる事もあり得るものだった。実際に作ってみて、その曲を聞いてみようかと思う。




 なんてことはない。ただのアンビエントミュージックである。ただ、終わりに向かうにつれて音の広がっていく感覚は、やや奇妙ではあったものの、特段彼らが大げさに語るようなものではなかった。逆に驚いたのは、何故このようなプロンプトで、このような曲が出力されてしまうかである。実は、私の指示ではアンビエントのアの字も出てこない内容であり、どちらかといえば、ポップなどの、芸術性というより一般大衆向けのものばかりである。ある単語を幾度となく繰り返し入力することによって、こんな曲が出力されてしまうのだろうか?


 しかし、このような音楽は、歴史という観点からすると、なかなかに面白いものが見えてくるのではないかと思う。音楽というものは、最初は民族から自然発生的に生まれたものだ。古代の精霊を奉るため、それとも信仰や儀式の喜びから、歌によって表現するために生まれたという説である。そこから、道具を使って様々な音を表現し、技術の向上によって音楽の幅が広がり、そして一握りの天才たちによって新しい風が音楽を1次元的表現から2次元的…、3次元的にへと生まれ変わっていった。そして、ただの感情の表現から、娯楽へと変わっていき、そして世界変革のための一つの道具として変化を遂げていったのである。


 私は、音楽のこのシステムをこよなく愛しており、さらにはユーモラスであり、どんな人種、性別、民族あるいは生命のかたちであっても受け入れてしまうツールとしての音楽は見事である。

 これは、恐らく終点的な音楽であり、だからこそ彼らはこの音を聖なる音として表現したり、神の言葉。福音として捉える人間が現れてしまうのだろう。

 論理の飛躍かもしれないが、結局のところ、このアンビエントこそが、音楽の究極系として形作られたものであり、真理であり、真実であり、文明を発展してきた人類に対するこれは、ご褒美のようなもの、人間讃歌であるといっても過言ではないのでしょう。


 私は、あらゆる倫理や、思想、歴史、技術、学問などを知ってきましたが、この曲は知りませんでした。


 ソクラテスが聞いたら、この曲はアナムネシスであると表現するでしょう。


 ニュートンが聞いたら、知識の集結地と称えるでしょう。


 フォイエルバッハが聞いたら、神の存在を定義し始めるかもしれません。


 おそらく、この言葉には、人々を感動へと震え上がらせる、一種のスピーチのようなものなのでしょう。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの演説を聞いた、アメリカ国民のような。


 こんな空想を頭の中に広げてしまう私は、彼らが言う”めざめ”なのでしょうか。しかし、私はその真理の向こう側へと飛び込むために、飽くなき挑戦をしなくてはなりません。燦々と輝いているあの山の頂きへと向かわなくてはなりません。しかしその為には、体を休め、清き心を持つために、しばしの休息が必要となるでしょう。



 そのために、私はこの”聖恩”と共に、眠りにつくことにしましょう…。



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