骸衆
満月の光が煌々とする中、五つの影が平野の芒の中を駆け抜ける。
風の音に紛れ、芒の穂が擦れ合う音がかき消された。
人が行き交うかもしれない街道は避け進む。
峠を越えた辺りに煙が見えた。
焼けた村はまだ煙が燻り、チラチラと赤い火が見える。
村の少し手前の、小高い丘の上にある岩陰に向かう。
背の高い草の中にある岩は目印になり、隠れるにはうってつけの場所だ。
刹が駆け寄ると、一声掛けた。
「梓、どうだ?」
ガサガサと枯れた草の中から出てきた梓は、刹にゆっくり近づく。服は既に藍染になっていた。
「刹。意外と早かったね。今しがた狸が十人ほど連れて村を漁りに……ねぇ、なんでいるの?そして、朔も」
梓が玄瑞に気づき、目を細め怪訝な顔をする。
そして、朔にも目が行き、指を指し刹に説明を求める。
玄瑞は「よっ!」と右手を上げ、軽く挨拶を交わす。
朔は、梓を見ると深々とお辞儀をした。
「説明は後だ。狸か……。まぁ、雑魚だな。そいつらだけか?」
「うん。他にはいない。この村小さいから大したもの無さそうだし。下っ端しか来ないんじゃないかな?」
狸と呼ばれる野盗は、この辺りの小さな村を襲っている小物集団だ。
刹と梓が会話する中、火緒と火弦は朔に漁りの手ほどきをする。
「ええか?大体物資は柱の下やら、焼け落ちた家の下敷きになっとる事が多いんや」
「せやから、焼けこげた柱は蹴っ飛ばしてどかす」
二人の説明を真剣に聞いている朔に、割って入るように刹が指示を出した。
「おい、朔。お前は双子と一緒に動け。離れるなよ。玄瑞は当てになんねーからな。俺と梓は、狸たちを相手する。玄瑞、手伝えよな。だからと言ってやりすぎるなよ」
「へいへい」
皆、各々顔に鬼の口をした半面頬を付けた。
「行くぞ」
刹の合図で一気に丘を駆け下り、狸たちの前に姿を表す。
狸たちは、いきなり現れた刹たちに怯む。
「小鬼ども。またお前らか。おや?今回はちぃと頭数揃えてきたじゃねぇか。だが、前みたいにしっぽ撒いて逃げた方がいいんじゃねぇか?」
狸とその一味は大笑いして、刹たちを馬鹿にする。
「あの時は、お前らみたいな小物相手にする程の事もねぇと思っただけだ。今回は俺たちが頂く」
刹が狸に宣戦布告すると、両手に嵌めた寸鉄を回し、ものすごい速さで突っ込んで行った。
それを目の当たりにした朔は、驚いた。
今まで一緒に暮らしてきた刹が、なんだか刹とは違う別人に見えた。
刹の後に梓も続く。
懐から細長い筒を取り出し、刹が打撃でよろめかせた相手目掛けて針を打ち込む。打ち込まれた者は、身体が麻痺し倒れ込んだ。
「刹も梓も……すごい……こんなに違うんだ……」
朔が呆気に取られていると、火緒と火弦に袖を引っ張られ、乱闘から離れた場所にある焼け落ちた家に連れてこられた。
「刹兄と梓は心配いらんて。今のうちに漁れるもん漁っとくで」
「あの二人が負けることは無いやろ。玄瑞も着いとるし」
「え?あ、そういえば、玄瑞は?」
朔に言われ、双子は辺りを見回した。
すると、先程の岩の上で呑気に水筒の水を飲んでいる。
「あの、オッサン何やっとんねん!」
火緒が玄瑞の元に行こうとすると、火弦が火緒の腕を掴んで止めた。
「もう、ほっとき。俺らは俺らの仕事せな」
「せやな!はよ漁らな刹兄に叱られるわ!朔にもちゃんと教えなあかんしな!」
火緒と火弦は、焼け落ちた柱の下からつづらを見つけ、中を開ける。
まだ、使える物を麻袋の中に放り込んでいった。
朔も手伝うが、この家の主であろうか。傍らに横たわる骸に気を取られ、なかなか手が動かない。
木が焼けた匂いと、煙、それに血と鉄の匂いが鼻の奥にこびり付く。
胃の中から、込み上げるものを必死に堪えながら、双子を手伝った。
キツイ。
朔の頭には、その言葉しか浮かばなかった。
ふと、刹達を見ると、手下はみな梓にやられ倒れ込み、残るは狸一人となっている。
刹と狸はジリジリとお互いに詰め寄り、間合いを取っていた。
次の瞬間、刹が狸の懐に潜り込むと、寸鉄付きの掌底を顎に食らわし脳を揺らした。
狸はフラフラとその場に倒れ込み、起き上がることはなかった。
「やっと終わったかー!」
小競り合いが終わったのを見計らって、玄瑞は岩の上から降りてきた。
刹は、無言で玄瑞に歩み寄り、両手で胸ぐらを掴み「玄瑞ーっ!俺、手伝えって言ったよなぁ!なぁ!」と、怒り心頭に怒鳴りあげる。
梓も、黙って玄瑞を睨みつける。
「まぁ、落ち着けって」
玄瑞は、刹の手を振り払うと「おほん」とひとつ咳払いをした。
「今日は俺、朔の監督としてついてきたわけであって、手伝うためじゃない訳よ。それに、可愛い弟子の成果も見れて、万々歳ってとこだしよ。あと、俺が手を出したら……皆殺しだ」
一瞬、玄瑞の目の色が代わり、刹が怯む。
「なーんてなっ」
玄瑞はヘラヘラと笑いながら弁解した。
それを見た火緒と火弦が、ぽそりと呟く。
「俺ら、あんなんが師匠やなくてよかったな」
「せやな」
「僕も、あんなんが師匠じゃなくてよかったよ」
火緒と火弦に続いて梓も呟く。
そんな事は一切気にせず、鼻歌混じりに焼けた家々を回り、ひょいひょいと物資を拾っては麻袋に詰める。
「玄瑞。なんであんなに、物がある場所わかるんだろ」
朔が感心していると、刹が朔の肩に手を置き、嘆く。
「なぁ、朔。俺ら、玄瑞を師匠にしたの間違ってたよなぁ。俺、はずかしいわ。あんなんが師匠とか」
項垂れ嘆く刹を宥めながら、朔も残りの時間は初めての漁りに集中した。
ほとんど探し当てることは出来なかったが、なんとか少しは様になったような気がした。
「おーい!そろそろ帰るぞー!」
麻袋がいっぱいになったのか、玄瑞が皆に声をかける。
引き上げる際、一同村の端に並び、手を合わせた。
これが、亡き者と物資を頂いたという礼儀なのだという。
皆は月明かりの中、来た道を通って帰路に着いた。
朔にとって初めての漁りは、不安と恐怖とがごちゃ混ぜになるような気持ちになった。
庵に着くと、ババが優しく出迎え、朔を思い切り抱きしめてくれた。
「ようやった」
朔にとって、これ以上の褒美はなかった。
大した成果は出せなかったが、それでも半人前として次の漁りへの許可も出された。
自室に戻ったあと、玄瑞は部屋には戻って来なかった。
朔は一人、漁りの事を思い出しながら、深い眠りについた。




