初仕事、決行
「よう、刹。いつ帰ったんだ?」
「今しがた」
刹と呼ばれる少年が皆の元に歩み寄ると、玄瑞はすかさず刹の首に腕を回し、わしゃわしゃと頭を撫でまわす。
「油断した!」と刹は堪らず離れようとするも、玄瑞の力が強くて離れることができない。
「ほら、始まったで。毎回この件やらな気がすまんのやろか?」
「ほんまやなぁ。刹も学習すればええのに。まさに飼い主と犬やん」
「仕方ないよ。玄瑞のお決まりなんだから」
火緒と火弦と朔は、毎度の事ながら呆れた顔で見ていた。……が、三人の会話が刹の耳に届いたのか、ギロリと目を光らせる。
ひとしきり終わると刹、玄瑞、朔は大広間に上がり、火緒と火弦を交えて囲炉裏の周りに胡坐をかいて座った。
「さて。次の漁りから朔が入ることになった。刹、よろしく頼むな。お前が一番年上なんだから」
「漁りに出して大丈夫なのか?」
刹は不安そうに玄瑞を見る。
そして、黙って朔の方を見た。その目は、朔に漁りができるのか測るようだった。
「大丈夫だ。俺も同行するからな」
それを聞いた刹は、さらに露骨に不満げな顔をする。
「なんだよ。その顔。俺が一緒だと不満なのか?」
「そりゃそうだろ。玄瑞が来ると、いつもろくなことにならないからな」
「いやいや!俺がいると仕事がはかどって助かるだろ?」
刹が一つ大きなため息をつくと、静かに厳しい声で話し始めた。
「前に一緒に漁りに入った時、絡まなくてよかったのに他の漁りに来た連中に手を出して、全員のしたよな。あの後、目をつけられて、漁りがしにくいったらありゃしなかった。梓と二人で、どれだけ相手する羽目になったと思ってやがる」
狼のような目をさらに細め、玄瑞に食って掛かる。
玄瑞は「あれ?」というような態度で、頭を掻いてバツが悪そうにしていた。
火緒と火弦は、「やらかしてんな」という顔で、冷ややかに玄瑞を見る。
朔は真剣な顔つきで、刹の話を聞いていた。
「あれはさ、なんつーか。訛った腕を使いたかったというか、肩慣らしというか……。結局、物資総取り出来たからいいだろ」
玄瑞は開き直り、その場に肩肘着いて寝転がりながら、鼻をほじり悪態をつく。
その態度を見て、刹は朔に忠告する。
「朔。あんな大人にだけはなるなよ?適当で、いい加減で、だらしなくて、汚い大人には!」
刹は玄瑞に聞こえるように、わざとらしく大きな声を出した。
それを聞いた玄瑞は、むくりと身体を起こし刹に文句を言う。
「お前なぁ、仮にも師匠に向かってそれはないだろ?お前をここまで育て上げたの、俺だからな?」
「俺は、育てられた覚えはない」
今までの玄瑞の刹に対する愚行が、ありありと思い出される。
確かに玄瑞は刹の師匠ではあるが、どちらかと言えば育てられたというより、小間使いにされ、後々大惨事になると言った感じだ。
「じゃあ、言い換える。"可愛がってやった"だろ?」
「どこがだ!俺はお前のせいで、どれだけ苦労させられたと思っている!食い逃げは俺のせいにさせられたし!ばあさんの湯のみ割ったのも俺のせい!他にも色々山のように!」
「お陰で逃げ足は早くなっただろ?」
刹は、積年の恨みが積もり積もったかのように顔を真っ赤にして、今にも殴りかかろうとする勢いだった。
それを、必死で三人が止めに入る。
玄瑞は知らん顔で、大欠伸をしていた。
「せ、刹っ!ところで梓は?どうしたの?」
朔が慌てて場を取り成し、刹に尋ねた。
刹は、三人に引っ張られて乱れた服を直すと、落ち着きを取り戻し再び胡座をかいて座った。
「梓は、薬売りの傍ら情報集めに出てる。"最近戦の前触れで焼かれた村がないか"のな。俺も一緒に出ていたが、一足先に帰ってきた」
「え?なんで梓置いて帰ってきたの?」
朔が問うと、刹がにやりと笑う。
「漁り場が見つかったからだ」
刹の言葉に三人に緊張が走った。
一度は漁りに出ているとはいえ、火緒と火弦もまだまだ素人だ。
朔は、胸がドキドキと鼓動を打つのを感じた。
早く漁りに出たいと懇願したのは自分だ。だが、やはり不安が頭の中を過ぎる。無事に帰ってこられる保証などどこにも無い。どこかの衆と鉢合わせになれば、戦いは避けられない。
朔は、震えた。火緒と火弦も震えていた。
それを刹は見逃さなかった。
「お前ら。怖いなら留守番しててもいいんだぞ?震えてんなぁ?」
刹が意地悪そうに言うと、火緒が強がりながら声を張る。
「ちがわい!これは武者震いや!楽しみでしゃーないわ!なぁ!火弦!」
「せやで。刹兄、勘違いせんとってや」
「はいはい!その辺にして、漁りの準備に入ろうかね?刹、どの辺りだ?規模は?」
玄瑞が手を叩いてやり取りを遮り、話を現実に戻す。
刹は、懐から紙を取り出すと広げて皆に見せた。刹が書いた手書きの地図だ。丁寧に分かりやすく書いてあり、几帳面さが伺える。
「場所は、峠を超えた辺りにある小さな村だ。ここから、半刻(1時間)程で行ける。今は梓が見張ってる。このまま、今夜決行。いいな」
皆は刹の言葉に頷き、各々支度に入る。
朔は素朴な疑問を玄瑞にぶつけてみた。
「前からずっと思ってたんだけど、戦ってそんなに頻繁にあるものなの?」
「戦はな、小さな物から大きなものまである。結構頻繁にあるが、大抵は今回みたいに戦の前触れで、敵領地の村や街を焼かれることが多いな」
玄瑞の言葉に、朔の脳裏に5年前の村での記憶が蘇る。
『朔、早く逃げなさいっ!』
あの時の母親の声が頭の中でこだました。
玄瑞は察したのか、朔の肩をポンと叩いた。
朔が玄瑞の顔を見ると、何故か不思議と落ち着いた。
今夜、初仕事。
朔は、ひとつ大きく深呼吸すると、装束一式を持って自室へ帰った。
漁りに出る前には、必ず皆、薬湯に浸かる。
藍染の装束を身にまとい、革足袋を履き、弽を付ける。
武器を携帯するが、朔はいつも使っている忍刀を腰に挿した。
面頬は、懐に入れた。
「朔。なかなか様になってるじゃないか」
朔と同室の玄瑞が、様子を見に来た。
「玄瑞は着替えないの?」
「俺はこのままでいいだろ?」
玄瑞は、ボロボロに黒ずんだ、着ている服を見せる。藍染の装束に引けを取らないぐらい、闇に溶け込みそうだった。
朔と玄瑞が広間に行くと、火緒と火弦、刹も準備を終え集まっていた。
大きな麻袋を手に取り、朔にも渡された。
空が夕闇に染まる頃、皆一同に漁り場に向かい移動を始める。
ババは庵の前で、火打石を皆に向けて打った。
刹が先頭につき、続いて火緒、火弦、朔の順に走り、最後尾には玄瑞が着く。
今夜、漁りが始まる。




