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まほろば  作者: 雨音かえる
守破離前

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3/8

一人前の条件

 朔は、窓から差し込む日の光で目を覚ました。

 乾草の上は意外と暖かく、心地よく眠ることができた。

 まだ寝ぼけ眼でぼーっとしていると、納屋の戸がガタガタと音を立て開いた。そこには昨日と同様、火緒と火弦が立っていた。


「朔、お許しが出たで」

「とりあえず、朝飯食い。玄瑞が待っとるわ。何やら話があるんやと。食ったら庵へ行き」


 火緒と火弦が、朔を迎えに来た。

 玄瑞からの話。朔は無意識に胸ぐらを掴み、苦しくなるのを感じた。


(昨日失敗したからな。またしばらくは、普通の鍛錬に戻るのかな……)

 

 朔は、足取り重く肩を落とし、自室のある大棟へと向かった。

 大棟の戸を開けるとすぐに土間、一段高い板の間の座敷には囲炉裏のある大広間が広がっていた。

 土間には皆で共用している台所があり、その端においてある甕から柄杓で水を掬い飲んだ。

 昨日、納屋に入れられたのが夕方前だったので、そこからは飲まず食わず。

 水が冷たくてうまかった。

 台所にある残り物を適当に器に取り、一人囲炉裏の前で口の中にかきこんだ。

 

(体が重い。庵に行きたくないなぁ……)


 朔は、正直玄瑞に会いたくはなかった。

 (昨日の出来事で、何言われるんだろ)と、嫌な考えばかり、頭の中をぐるぐると回る。

 庵の戸口を開けると、ババと玄瑞が囲炉裏端に座っていた。

 ババが朔に近くへ来るよう手招きをし、促す。

 朔は緊張を隠せないまま、黙って囲炉裏端に正座をした。


「朔や、実はな。お前がこの十日間ワシの牡丹餅を狙っておった事は、知っておったのじゃ。漁りに出る為の試験じゃったのじゃろう?」


 朔ははっと顔を上げ、ババの顔を見る。

 そして、玄瑞の顔を見ると、何やらニヤニヤした顔をしている。


「やっぱり気づいてたんだね。僕、失格だね。敵に悟られるようじゃ、一人前にはなれないよ」


 朔は今にも泣きそうな顔をしている。

 ババは立ち上がると、朔の隣に座り、朔の背中をさすった。


「朔や。隠密とは、相手に行動やその意図を悟られてはならん。これは、基本中の基本じゃ。じゃが、ここでは違う。仲間を大切にする事の方が、何倍も大切なのじゃ。伍之守(ごのまもり)にもあるじゃろ?『騙すな、嘘をつくな、誤魔化すな、貶めるな、背を向けるな』これが、ワシらの教えじゃろ?」


 朔はババの言葉に、鼻をすすりながら頷いた。

 

「隠密は、戦うことが(しゅ)ではない。(おも)には情報を扱うのじゃ。朔は、この庵の守りはちゃんと守れておる。それに、昨日もワシの尋問に答えなかったであろう?それは、仲間を守るに等しいことじゃ。あとは、自分の身は自分で守れるようになれれば、立派な一人前じゃ」


 ババは優しく朔の手を握りながら、朔の目に微笑みかける。

 それを見ていた玄瑞は、我慢しきれなくなり口を開いた。


「あーっ!じれったいっ!朔、漁りに出るぞっ!」


 その一言に、朔はハトが豆鉄砲を食らった顔をした。


「え?」


 玄瑞の一言が信じられず、ババの顔を見た。

 ババは、ゆっくりと頷いて返事をした。

 『漁りに出る』

 それ即ち、一人前の仕事ということだ。

 玄瑞が朔の方に身体を向け、いつになく真面目に話し出す。

 朔も玄瑞の方を向き、座り直し、師としての言葉を受け止める。

 

「今一度、漁りについて説明する。この辺りでは漁りを行う集団を"骸衆"と呼ぶ。俺たちだけじゃないから、気をつけろよ。(ここ)では、一人前になるとまず漁りという仕事に就く。漁りは、戦の跡や巻かれた村や街で、物資の調達をする。生きる糧だ。小競り合いで殺り合うことは、日常茶飯事だからな。だが、できるだけ逃げに徹しろ。殺すな。気を抜くな。以上だ」


 朔の掌は、汗で湿っていた。緊張は隠せない。

 朔以外の子供たちはすでに、漁りに出ている。

 皆、朔よりも年上で、火緒と火弦もその一員だが、元服したばかりなので、最近出始めたばかりだった。

 

「ババ、いいの?僕、まだ一人前じゃないよ?」

「よいとも。本来は十五になった時点で元服。一人前とみなす。朔はまだ十三じゃから、色々と早いんじゃよ。じゃから、試験を出したまで。ただし、玄瑞が同行するからの。まだ見習いじゃ。もしも無理と判断されたら、元服まではおとなしくしておるのじゃぞ?よいな」


 朔は、口をぎゅっとつぐんだ。鼻の奥がツンとして、目が潤み、涙が流れそうになる。

 ババが漁り用の藍染の装束、革足袋、(ゆがけ)(革手袋)を朔に手渡した。

 そして、さらに顔を隠すための鬼の半面頬(はんめんぽう)(マスク)が手渡された。

 朔は感極まって、その装束に顔を埋めると、玄瑞が笑った。

 

「そんなに嬉しいもんかねぇ?漁りなんて、汚ねぇ汚れ仕事でしかないぞ?危ねぇし、臭いし」

「そんなこと気にしないよ。……これで一人前になったら、あの人に近づける」

「あの人?」

「なんでもないよっ!」


 玄瑞は朔の言葉に首をかしげたが、それ以上は追及しなかった。

 朔は先程庵に来た時とは違い、足取り軽く大棟へ戻っていった。


「玄瑞、後は頼んだぞ。あの子を……朔を潰すでない。よいな」

「わかってますって。頭領」


 玄瑞は胡坐をかいたまま床に両手を突き、深々とお辞儀をすると、朔の後を追い大棟へ向かった。

 


 大棟へ戻ると、火緒と火弦が大広間にいた。

 朔の手に抱えられたものを見ると、驚きを隠せないでいた。


「ちょ、待ってや!朔、もしかして漁りに出るんか!?」

「嘘やろ!?俺らも元服して最近出始めたばっかしやで?」


 火緒と火弦は朔の元に駆け寄ると、ギャーギャーとわめき散らす。

 そこへ玄瑞が入ってきた。


「お前らギャーギャーうるせぇぞ。朔は、実力が認められて漁りに入るんだ」

「なんやそれ?俺らも実力はあるで!ただ、元服するまで待てて言われたから、今まで待ってたんやのに!朔だけ特別扱いずるいわ!」


 玄瑞の言葉に火緒が楯突く。

 だが、玄瑞は気にもせず一蹴した。


「いや、お前らは覚えが悪いと言っていたぞ?俺がお前らの師匠だったら、もう少し早く漁りに出させてやったのにな」

「おい!ちょっと待て!玄瑞!俺らの師匠を馬鹿にすんなや!」

「せや。うちの師匠は確実に丁寧に教えてくれたんや。それ以上馬鹿にすると許さへん」


 玄瑞の、双子の師匠に対する無礼な発言に、さっきまでのやかましさとは違い、火緒と火弦の表情が一変する。

 それを朔がすかさず止めに入った。


「まぁまぁ。三人とも落ち着いて。僕はまだ見習いだよ。今回の漁りでうまくいかなかったら、また鍛錬に逆戻りだからっ」


 それを聞いた火緒と火弦は、半分納得しない顔つきだったが、腹の内に収めた様だった。


「まぁ、ええわ。ここは先輩がちゃんと教えたる。な?火弦」

「あぁ、手取り足取り、現場の厳しさ叩き込んだるわ」

「まだ一回しか漁りに出てないのに、もう先輩気取りかよ」


 火緒と火弦の会話に、割って入る者がいた。

 振り返ると、目まで長い前髪の隙間から、狼のような鋭い眼光で腕組みしながら、皆を戸口から見ていた。


刹兄(せつにい)っ!』

 

 火緒と火弦は、同時に声の主に向かって叫んだ。

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