一人前の条件
朔は、窓から差し込む日の光で目を覚ました。
乾草の上は意外と暖かく、心地よく眠ることができた。
まだ寝ぼけ眼でぼーっとしていると、納屋の戸がガタガタと音を立て開いた。そこには昨日と同様、火緒と火弦が立っていた。
「朔、お許しが出たで」
「とりあえず、朝飯食い。玄瑞が待っとるわ。何やら話があるんやと。食ったら庵へ行き」
火緒と火弦が、朔を迎えに来た。
玄瑞からの話。朔は無意識に胸ぐらを掴み、苦しくなるのを感じた。
(昨日失敗したからな。またしばらくは、普通の鍛錬に戻るのかな……)
朔は、足取り重く肩を落とし、自室のある大棟へと向かった。
大棟の戸を開けるとすぐに土間、一段高い板の間の座敷には囲炉裏のある大広間が広がっていた。
土間には皆で共用している台所があり、その端においてある甕から柄杓で水を掬い飲んだ。
昨日、納屋に入れられたのが夕方前だったので、そこからは飲まず食わず。
水が冷たくてうまかった。
台所にある残り物を適当に器に取り、一人囲炉裏の前で口の中にかきこんだ。
(体が重い。庵に行きたくないなぁ……)
朔は、正直玄瑞に会いたくはなかった。
(昨日の出来事で、何言われるんだろ)と、嫌な考えばかり、頭の中をぐるぐると回る。
庵の戸口を開けると、ババと玄瑞が囲炉裏端に座っていた。
ババが朔に近くへ来るよう手招きをし、促す。
朔は緊張を隠せないまま、黙って囲炉裏端に正座をした。
「朔や、実はな。お前がこの十日間ワシの牡丹餅を狙っておった事は、知っておったのじゃ。漁りに出る為の試験じゃったのじゃろう?」
朔ははっと顔を上げ、ババの顔を見る。
そして、玄瑞の顔を見ると、何やらニヤニヤした顔をしている。
「やっぱり気づいてたんだね。僕、失格だね。敵に悟られるようじゃ、一人前にはなれないよ」
朔は今にも泣きそうな顔をしている。
ババは立ち上がると、朔の隣に座り、朔の背中をさすった。
「朔や。隠密とは、相手に行動やその意図を悟られてはならん。これは、基本中の基本じゃ。じゃが、ここでは違う。仲間を大切にする事の方が、何倍も大切なのじゃ。伍之守にもあるじゃろ?『騙すな、嘘をつくな、誤魔化すな、貶めるな、背を向けるな』これが、ワシらの教えじゃろ?」
朔はババの言葉に、鼻をすすりながら頷いた。
「隠密は、戦うことが主ではない。主には情報を扱うのじゃ。朔は、この庵の守りはちゃんと守れておる。それに、昨日もワシの尋問に答えなかったであろう?それは、仲間を守るに等しいことじゃ。あとは、自分の身は自分で守れるようになれれば、立派な一人前じゃ」
ババは優しく朔の手を握りながら、朔の目に微笑みかける。
それを見ていた玄瑞は、我慢しきれなくなり口を開いた。
「あーっ!じれったいっ!朔、漁りに出るぞっ!」
その一言に、朔はハトが豆鉄砲を食らった顔をした。
「え?」
玄瑞の一言が信じられず、ババの顔を見た。
ババは、ゆっくりと頷いて返事をした。
『漁りに出る』
それ即ち、一人前の仕事ということだ。
玄瑞が朔の方に身体を向け、いつになく真面目に話し出す。
朔も玄瑞の方を向き、座り直し、師としての言葉を受け止める。
「今一度、漁りについて説明する。この辺りでは漁りを行う集団を"骸衆"と呼ぶ。俺たちだけじゃないから、気をつけろよ。庵では、一人前になるとまず漁りという仕事に就く。漁りは、戦の跡や巻かれた村や街で、物資の調達をする。生きる糧だ。小競り合いで殺り合うことは、日常茶飯事だからな。だが、できるだけ逃げに徹しろ。殺すな。気を抜くな。以上だ」
朔の掌は、汗で湿っていた。緊張は隠せない。
朔以外の子供たちはすでに、漁りに出ている。
皆、朔よりも年上で、火緒と火弦もその一員だが、元服したばかりなので、最近出始めたばかりだった。
「ババ、いいの?僕、まだ一人前じゃないよ?」
「よいとも。本来は十五になった時点で元服。一人前とみなす。朔はまだ十三じゃから、色々と早いんじゃよ。じゃから、試験を出したまで。ただし、玄瑞が同行するからの。まだ見習いじゃ。もしも無理と判断されたら、元服まではおとなしくしておるのじゃぞ?よいな」
朔は、口をぎゅっとつぐんだ。鼻の奥がツンとして、目が潤み、涙が流れそうになる。
ババが漁り用の藍染の装束、革足袋、弽(革手袋)を朔に手渡した。
そして、さらに顔を隠すための鬼の半面頬(マスク)が手渡された。
朔は感極まって、その装束に顔を埋めると、玄瑞が笑った。
「そんなに嬉しいもんかねぇ?漁りなんて、汚ねぇ汚れ仕事でしかないぞ?危ねぇし、臭いし」
「そんなこと気にしないよ。……これで一人前になったら、あの人に近づける」
「あの人?」
「なんでもないよっ!」
玄瑞は朔の言葉に首をかしげたが、それ以上は追及しなかった。
朔は先程庵に来た時とは違い、足取り軽く大棟へ戻っていった。
「玄瑞、後は頼んだぞ。あの子を……朔を潰すでない。よいな」
「わかってますって。頭領」
玄瑞は胡坐をかいたまま床に両手を突き、深々とお辞儀をすると、朔の後を追い大棟へ向かった。
大棟へ戻ると、火緒と火弦が大広間にいた。
朔の手に抱えられたものを見ると、驚きを隠せないでいた。
「ちょ、待ってや!朔、もしかして漁りに出るんか!?」
「嘘やろ!?俺らも元服して最近出始めたばっかしやで?」
火緒と火弦は朔の元に駆け寄ると、ギャーギャーとわめき散らす。
そこへ玄瑞が入ってきた。
「お前らギャーギャーうるせぇぞ。朔は、実力が認められて漁りに入るんだ」
「なんやそれ?俺らも実力はあるで!ただ、元服するまで待てて言われたから、今まで待ってたんやのに!朔だけ特別扱いずるいわ!」
玄瑞の言葉に火緒が楯突く。
だが、玄瑞は気にもせず一蹴した。
「いや、お前らは覚えが悪いと言っていたぞ?俺がお前らの師匠だったら、もう少し早く漁りに出させてやったのにな」
「おい!ちょっと待て!玄瑞!俺らの師匠を馬鹿にすんなや!」
「せや。うちの師匠は確実に丁寧に教えてくれたんや。それ以上馬鹿にすると許さへん」
玄瑞の、双子の師匠に対する無礼な発言に、さっきまでのやかましさとは違い、火緒と火弦の表情が一変する。
それを朔がすかさず止めに入った。
「まぁまぁ。三人とも落ち着いて。僕はまだ見習いだよ。今回の漁りでうまくいかなかったら、また鍛錬に逆戻りだからっ」
それを聞いた火緒と火弦は、半分納得しない顔つきだったが、腹の内に収めた様だった。
「まぁ、ええわ。ここは先輩がちゃんと教えたる。な?火弦」
「あぁ、手取り足取り、現場の厳しさ叩き込んだるわ」
「まだ一回しか漁りに出てないのに、もう先輩気取りかよ」
火緒と火弦の会話に、割って入る者がいた。
振り返ると、目まで長い前髪の隙間から、狼のような鋭い眼光で腕組みしながら、皆を戸口から見ていた。
『刹兄っ!』
火緒と火弦は、同時に声の主に向かって叫んだ。




