戦場の小鬼
――秋。
天の青さが少し高くなり、風が冷たくなりはじめた頃。
昼下がりの団子屋は、炭火の香ばしい匂いと人々のざわめきに包まれていた。
子どもが団子をせがみ、旅人が湯呑みを手に小休止する。
いつもと変わらぬ光景……のはずだった。
笑い声の合間に、不穏な囁きが混じる。
「ついに国境で睨み合いを始めたらしいぞ?」
「戦なんざ御免だ。だが、もっと恐ろしいのはその後だ」
団子を咥えたまま手を止めた小僧の喉が、唾を飲み鳴らした。
声を落とした男は、湯呑みを持つ手を小刻みに揺らす。
「最近よく噂で耳にするんだが、鬼が出るんだとよ。骸を漁り喰らう輩がいるって噂だ」
「夜な夜な戦が終わった場や、襲われた村に赤い灯が揺れて……。そのあとは何も残らねぇ。遺体が骨だけで見つかったって……」
「商人どもがぼやいてたよ。自分たちが『片づけ』に行ったら、もぬけの殻だったって」
「実はな、俺は見たんだ。半月ほど前。野党に襲われた村の傍を、夜仕事帰りに通りかかったんだ……。いくつかの影が動いてたんだ。なんか怒鳴り声がしてたぞ『何もない、何もない』ってな」
客の持つ湯呑の湯気が、ゆらりと揺れた。
誰かが小声で「そいつは巷では『骸衆』と言われてるらしい……」と恐れ慄く。
「俺たちも"骸"にされちまうぞ。……喰われたくねぇ」
その言葉は、周囲の空気をさらに凍らせた。
「何もあらへーんっ!」
「塵しかないやん」
夜の帳に、大きな声で喚く少年がいた。
その横にはもう一人。同じ顔が双つ。
暗闇の中、一人は灯りを手に焼け焦げた梁を蹴散らし、一人は持っていた麻袋で散らばったものを叩きどかす。
「火緒、火弦。少し静かにしてよ。誰かに見られたらどうすんのっ!」
口元に、笑う鬼の半面をつけた小さな少年が、喚きながら暴れる二人を諫める。
「大丈夫やて。こんな夜中に誰が来るねん」
「誰もおるわけないやろ?」
ふと道端に目をやると、そこには荷物を背負った行商人が提灯を手に、じっとこちらを凝視していた。
声を上げようにも、恐怖で体が動かないようだった。
少年は小走りで近づき、行商人に声をかける。
「すみません、騒がしくて。静かにするんで、行ってもらって結構ですよ」
そう言うと、行商人は金縛りが解けたかのように、奇声を上げながら慌てて走り出す。
「小鬼だぁーッ!」
少年は行商人の言葉に頬を膨らませ、去り行く姿をじっと見つめた。
「朔。夜中にこないな藍染装束に、鬼の面つけて暗闇から出てきたら、そりゃ怖いて」
「せやな。俺かて遭遇したら、失神してしまいそうや。あのおっちゃんは、なかなかに肝が据わっとる」
火緒と火弦が冗談交じりに笑い、朔が「はぁ」と小さくため息をつく。
朔は、燃えた家の黒く焦げた柱をどかし、その下にあった焦げた葛籠を開けてみた。
やはり、使えるものは焼けて駄目になっており、目ぼしいものは何もなかった。
家の焼けた梁の下敷きになった骸が視界に入る。
その骸の下には、まだ年端も行かぬ幼子が一緒に下敷きになっていた。
「逃げ遅れたんやろ?」
「いちいちそんなん気にしとったら、身ぃ持たへんで」
「わかってるよ……」
火緒と火弦と朔は、去り際手を合わせる。
弔い。
物をいただく感謝と、骸への弔いを済ませると、三人は帰路についた。
途中、森の中で衣を裏返し、普段来ている服に変える。
服に付いた血と煙と焦げたにおいに、火緒は顔をしかめた。
街道に出る時は、人がいないかどうかを注意深く見渡し、素早く歩みを進める。
大きな麻袋の中には少しの物資を入れ、月明りの下、並んでしゃべりながら歩く。
「腹減ったなぁ。はよ飯食いたいなぁ」
「”漁り”の後て、あんま食欲湧かへんわ」
「骸とか……ね。特に臭いがさ」
朔は衣の内側を再び嗅ぐと、渋い顔をしてパタパタと衣を仰ぐ。
それを見た火緒と火弦も、同じように嗅いでは嫌な顔をする。
三人はさすがに「我ながら阿呆だな」と、どっと笑った。
街道を行き、団子屋を過ぎた頃、大きな森の中に入る。
獣道を登っていったところに開けた場所があり、小さな庵が佇む。その少し離れた横には、大きな棟が並んで建っていた。
大棟の窓からは湯気が立ち込め、灯りが漏れている。
朔が戸口を開けようと手を掛けるより先に、戸が開いた。




