序
『伍之守』
一、偽りを為さず
二、欺くこと無く
三、紛ひを飾らず
四、辱めを加へず
五、忽に背を向けず
また、村がひとつ燃え落ちた。
夜気は冷たく、吐く息は白く散る。
それでも足元には残り火が赤くくすぶり、焦げた熱が頬を刺した。
焼けた藁に血の鉄が混ざり、匂いだけが鼻の奥に居座る。
焦げた家の柱がパキリと音をたて、崩れゆく。
炎に飲まれた村人のほとんどは逃げられなかった。
黒ずんだ塊が、地に散らばるように横たわっている。
燃え盛る村より少し外れの森の入り口に、少年が座っていた。
少年の足元には、小さな盛り土が二つ作られていた。
掘り返した土はまだ湿り、爪で搔きむしった跡が幾重にも残っている。
その横で少年が膝を抱えていた。
泥と血の混じったものが掌にこびりつき、乾いてひび割れている。
「坊主、ここで何をしている」
不意に背後から低い声が落ちた。
草を踏む音と共に、風に笠が鳴り、影が近づく。
髪はボサボサで、無精ひげを生やし、身なりもどれほど綺麗ではない。
旅をしている虚無僧のようだ。
男に問われても、少年は顔を上げない。
「……」
男は少年の背後で立ち止まり、黙って見下ろした。
しばし沈黙の後、未だ燻る村の炎の方を見て、さらに低く問う。
「……あの村の生き残りか?」
少年は答えなかった。
ぴくりとも動かず、ただ黙って盛り土をじっと見つめている。
声の方に、振り返ることなどない。
男は、そこから動こうともしない少年の横に並んでしゃがみ込み、盛り土を見た。
「これ、お前が作ったのか?両親の……墓か?」
少年は静かに小さく頷いた。
風が吹く度に、舞い上がった灰が、盛り土にさらさらと流れ落ちていく。
生き残った少年は、父と母の亡骸の一部をここに埋めたのだ。
堪らず視線を逸らし、男の指が掌に食い込むほど拳を強く握りしめる。そして、どうすることもできず、やり場のない拳を力なくほどいた。
男は少年の手首をつかみ取ると言った。
「お前、俺と一緒に来い。こんなところにいても野垂れ死ぬだけだ」
少年は、はじめて虚ろな目を男の顔に向けた。
初めて目が合ったが、少年の目にすでに生気を感じられなかった。
男がおもむろに立ち上がると、掴んだ手が少年を無理にでも立ち上がらせた。
「お前、名は?」
しばらく答えなかったが、カラカラに乾いた唇から、微かに聞き取れるほどの声が漏れた。
「……朔」
「朔……か」
ふっと赤に染まる空を見上げる。
「俺の名は、玄瑞だ」
笠の簾が鳴り、名は風に流れた。
少年は、男に手を引かれゆっくりと歩き出す。
『朔、幸せにおなり』
聞こえもしない母の声が、耳の奥に残響のように残り、燃え盛る村を振り返る。
二人は盛り土を背に、森の奥へと歩みを進めた。
遠くに見える焼け跡には、まだ火の赤が、冷たい夜気の底で火だけが生き物のように揺らめいていた。
――それから、五年の月日が経った。




