第6章 ダーク・ディモン、知識への強欲を捨てきれず
"9月の空気はもうひんやりしてきて、聖マリアンの朝は少し肌寒い。まるでこの冷たい世の中みたいに、美しくも凍えるようだぜ……ったく、マジかよ!
ダークはどうしても納得がいかなかった。なんで知識欲まで『強欲』扱いなんだよ! この魔神の血脈、覚醒するためならマジでなりふり構わねぇな?
さて、どうすりゃいいんだ?
この本、読むべきか、読まざるべきか?
この授業、出るべきか、出ざるべきか?
怠惰と勤勉。
知識欲と強欲。
このバランス、どう取れってんだよ、まったく……?
俺が真面目に勉強しすぎた? それとも時間が長すぎたのか?
ダークは暖炉の上にあるカッコー時計に目をやる。いつの間にか、もう7時20分だ。
「……たぶん65分くらい勉強してたけど、本当に集中してたのは50分以内のはずだ。長時間読んでるうちに、もっと知りたいって欲が出てきたのは確かだな」
その渇望が強くなりすぎて、満足を知らなくなると、強欲になる、と。
「……けど、普通はそこまでいかねぇだろ、普通は」
その点に関して、ダークは自分のことをよく理解していた。自分がそんな知的好奇心の塊みたいな人間じゃないってことは、この俺が一番よく分かってる。
となると、考えられるのは一つ。魔神の血脈が覚醒段階に入ったせいで、七つの大罪パラメータのトリガーとなる閾値がめちゃくちゃ低くなってるってことか!
例えば、他の奴が『強欲』認定されるのにレベル10の渇望が必要だとしたら、俺はレベル9、いや8か7くらいでアウト、みたいな?
つまり、結論としてはこうだ。
勉強しちゃダメなんじゃなくて、のめり込みすぎるのがマズい、と!
普通に授業受けて、普通に宿題こなすくらいなら、まだ許容範囲のはずだ。
自主学習と受け身の学習じゃ、結果は違うに決まってる。
……ま、実際どうなのかは、ちょっと実験してみる必要がありそうだな。
ダークは深く息を吸い込んだ。【強欲】のパラメータは73。まだ余裕はある。何度か試行錯誤はできるだろ。
愚か者はここで退く。
賢い者は、やり方を探すものだ。
【傲慢+1】
(゜⊿゜)ツ
ダークはパタンと教科書を閉じた。いつの間にか談話室には結構人が増えてやがった。……ったく、完全に知識の海にダイブしてたぜ、俺。
教科書を片付け、ダークはショルダーバッグを肩にかけ、一人で塔を出て橋を渡り、城の中へと入っていった。
学院の城の中は入り組んでて複雑だけど、組分けカードがあれば道は示してくれるから問題ない。
学院の食堂のメニューはバラエティ豊かで、昨日の開校パーティみたいに、ほとんど野菜がないなんてことはない。
ダークは簡単なものをいくつか選び、ものすごく控えめに、まあまあ満足できる朝食を終えた。
それから、組分けカードの案内に従って、1限目の教室へ向かう。
もうすぐ8時ってとこだけど、新入生は大体このくらいの時間にギリギリで到着するみたいだな。
召喚術の教室はかなり広くて、階段教室になってる。2クラスは余裕で入れそうだ。
……ふむ、貴族院の最初の授業は、どうやら騎士院の新入生と合同らしいな?
ダークは黙って一番後ろの列、左側の壁際の隅っこに陣取り、カバンを引き出しに突っ込んだ。
「よっ!」
席に着いた途端、それまでどこにいたんだか、神出鬼没のディアナが、まるでダークに狙いを定めていたかのように、まったく遠慮なく隣に張り付いてきた。
ダークは彼女の、剥きたてのゆで卵みたいにつるっつるの頬っぺたに目をやる。思わずぷにっとしたくなる衝動を必死に抑え込んだ。
「……危ねぇ、俺の理性グッジョブ!」
ダークは自分の指をぎゅっと握りしめ、何気ないふうを装って前方の席を指差した。
ダークの隣に座ろうとしていたディアナは、その仕草に不思議そうに首を傾げた。
「あれ? ダーク、あの子と一緒に座れってこと?」
ダークはまだ何も言っていない。
ディアナは勝手に納得したように、ぱあっと顔を輝かせた。
「あの子、あんまり元気なさそうだもんね! よーし、ディアナが一肌脱いであげる!」
ダークは依然として何も言っていない。
ディアナはもう勝手に前方の席へ走り寄り、見た感じ少し気弱そうな女の子にべったりくっついて、早速仲良くなろうとしている。
【嫉妬+1】
「……やれやれ。一難去ってまた一難、とはこのことかよ」
ダークは静かに天を仰いだ。
……
ローズ・フローティは、やけに馴れ馴れしいディアナに、少し慌てながら対応していた。
半月前に誕生日を迎えたばかりの少女は、聖マリアン学院に来るまで、城から一歩も出たことがなかったのだ。
彼女の両親は魔王軍との戦いで亡くなり、その後孤児院で4年間過ごし、5歳の時に子爵である叔父に引き取られた。
フローティ子爵夫妻は結婚10年経っても子供に恵まれず、血の繋がった彼女を養女として迎え入れたのだが……なんと、彼女が城に来て半年後、子爵夫人が妊娠したのだ!
それからというもの、たった半年間の「お姫様」待遇は終わり、ローズは再び誰にも構われず、愛されもしないお荷物となった。
子爵夫妻は体面を気にして彼女を孤児院に戻すこともできず、結局、城の一室に放り込んでメイドに世話を任せることにした。
一日三食の食事は欠かさず与えられ、就学前教育の本も買い与えられ、貴族の礼儀作法も一通り教えられたが、それだけだった。
彼女は城の自室に閉じ込められ、たまに窓から、子爵夫妻が次第に大きくなる従弟と庭で遊ぶ姿を見ては、胸が詰まる思いをしていた。
人の性格は家庭環境に大きく左右されるものだ。ローズは次第に内向的になり、空想にふけるのが好きになったが、明らかに臆病で、自分から手を伸ばすことを恐れていた。
そんな彼女の前に現れたディアナは、まるで一筋の光のように、彼女の心の扉を照らしたのだった。
ローズは次第にディアナに攻略され、二人の小さな女の子はすっかり意気投合してべったりと仲良くなっていった。
……
子供時代の友情というものは、実に純粋で、大人になってからは二度と手に入らないかもしれない、かけがえのない宝物だ。
そして、ひょんなことからこの状況を作り出すきっかけとなったダーク自身も、この展開をむしろ歓迎していた。
「ディアナに新しい友達ができたなら、もう俺にまとわりついてこないだろ?」
彼は軽く顔を上げ、頬を撫でる風を感じる。風が吹いてくる方向に目をやると、窓の外には、聖マリアン特有のヒメユリが可憐に咲いていた。
……
1年生の召喚術を担当するサラ・シルフ教授は、授業開始のベルが鳴る、その1秒前に教室へ滑り込んできた。
新生活への期待感でやけに騒がしかった教室が、一瞬にしてシン……と静まり返る。
別に新入生たちが示し合わせて口を閉じたわけではない。
シルフ教授が入ってくると同時に、まるで沈黙の魔法でもかかったかのように、教室からすべての音がかき消されたのだ!
貴族院の生徒はほとんどが就学前にエリート教育を受けているため、多くがこれがシルフ教授の使った【禁言カード】の類だろうと瞬時に理解した。
しかし、騎士院にはそういった知識がない者も少なくないようだ。
ヴィット・ゴードの隣に座るロバート・ブロハイムに至っては、恐怖のあまり大声で叫び出し、顔から首まで茹でダコのように真っ赤になっている。
シルフ教授が教卓の前に立ち、禁言の効果を解除すると、タイミング悪くロバートの絶叫だけが突如として教室に響き渡った!
「ああああーーっ!」
w(゜Д゜)w
……
「ブロハイム君。最初の授業ですから、今回の単位の減点は見送ります」
シルフ教授は目の前に垂れてきた淡い金色の髪を、尖った長い耳の後ろへとかき上げ、あくまで淡々と言った。
「授業を始める前に、まず校則について話します。おそらく、ほとんどの皆さんはまだ目を通していないでしょうからね。私はサラ・シルフ。ハーフエルフで、聖マリアン学院の召喚術の教授です」
聖マリアン学院の授業は1コマ90分。朝8時から1限目が始まり、30分の休憩を挟んで、11時半に2限目が終わる。午後は午後2時から、1コマだけ。
学院は単位制を採用しており、かの有名なホグワーツのように学院杯がある――ただし、それは単なる名誉の象徴ではなく、実在する聖杯なのだ!
「マリアン聖杯で、願いを叶える力を持つことから、別名「願いの杯」とも呼ばれている。
四つの寮の中で、最も多くの単位を獲得した寮が学院杯を手にし、願いの杯はその寮の1年生から6年生全員に、一度だけ願いを叶える機会を与える。
「――ただし、聖杯にはこう刻まれています。『貪欲なる者、すべてを失う』とね」
……"