もぐら國王と枝垂哲平
〈蒲公英が猫の毛飛ばすこの幻想 涙次〉
【ⅰ】
「傍観者null」に云ひつかつた仕事を失敗した枝垂哲平。その身柄は、まだじろさんが預かつてゐた。
捕縛されて、枝垂は、もはやこれ迄、と思つてゐたのだが... 泥棒界の掟(一ツ、【魔】事ニハ手ヲ染メル可カラズ)を破つてしまつた自分には、行く当てもない...
ところがじろさん、怪盗もぐら國王に、「こいつ、あんたの弟子に取つては?」と意外な事を云ふ。
國王「こんな雑魚、仕事の邪魔になるだけですよ」と素氣ない。しかし、先のピッキング騒ぎでは、ピッキング専門の盗人集團から、仕事用のクルマを(自分の力で)盗んできた彼に、内心、「機動力のある男だ」と感心してゐた事も確かである。
【ⅱ】
「あんたみたいな、泥棒たちの憧れの的に、教へを受けるなんて、思つてもみない光榮ですよ」、と枝垂は云ふが、その實、ぺつと唾を吐きさうな、苦々しげな顔をしてゐる。
國王は、その叛骨精神やよし、と結局、枝垂の身柄を「もぐら御殿」に移す事、同意したのだつた。
その日から、猛特訓(?)の始まり、である。國王は、ホワイトボードに差し棒まで用意して、しつかりと枝垂に泥棒の極意を叩き込む事にした。
【ⅲ】
「まづ、こないだのピッキング、仕事が終はつた後、現場に殘つてゐたのが良くなかつた」枝「ぢや、あんたならどうするんです? そんな場合」國「すぐに、とんずらさ。ずらかる事も、仕事の大事な一環だと思へ」
これには、枝垂、一つ疑問點を差し挾んだ。「逃げ場がないつてケースもあるでせう」國「まあ俺の仕事ぶりをを見てみな」國王、中野の質屋に押し入る、と云ふ。それの後を、枝垂が追ふ、と云ふ形で、実地研修は始まつた。
まづ、國王はその質屋に向けて、大もぐら姿でトンネルを掘り始めた。これには枝垂、吃驚である。
「あんたがそんな魔物であるとは、思つてもみなかつた...」國「まあ人間だつたら、氣長に穴掘る處だらうが」
そして、いつもの國王のやり口。赤外線センサーを物ともせず、バールで展示ケースのガラス戸を、無茶苦茶に打ちのめす。更に、その中からお寶を盗り出すと、後は例によつて、今來たトンネルを逆戻り。穴はのちに、塞いでしまふ。
「成る程、これなら成功率100%な譯だ」-枝垂、だうやら興味を抱いたやうだ。國「まあな、人間としての身許がバレなければ、ね。その點、俺には杉下要藏つて云ふ、人間名もある。ステーキハウスの上客だ」枝「?」國王は、云ふなれば半ば傳説的存在で、その素顔は盗人たちの間でもヴェールに包まれてゐた。
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〈盗人が教へるだなど破格なり教へ有難く頂戴しなよ 平手みき〉
【ⅳ】
「だがね、國王。俺にはあんたみたいな化身の術がない」國「ぢやあ当分、俺の付き人になつてみないか? 二人ゐれば、色々助かる事もあるやうだから」枝「イエッサ。内弟子にして下さい」
こゝに來て、枝垂の愁眉はやうやく開かれたやうである。國王、勞せずして助手を雇ふ事が出來た。まさか泥棒が求人廣告を出す譯にも行かなかつたので、これは國王、一つ得をした譯。
【ⅴ】
と云ふ事で、カンテラ係累の者がまた一人増えた。「國王も今や、人を使ふ身分かあ。出世したわねえ」と、朱那。じろさんの慧眼に間違ひはなかつた譯である。
短いが、對「傍観者null」の血戦の前の、さゝやかなインタールードである。ご笑讀下さい。
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〈泥棒に弟子がゐるなる不可思議は不思議と思ふあなたの不思議 平手みき〉
今回は作者都合で一回延期となつたが、次回は必ずやnullと相まみえる。だう出るかカンテラ(と無論、作者も・笑)思案中。ぢやまた。