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EP8 . 妖精の湖 上

 夏の夜、虫の鳴き声が辺りに響くなか、俺達は厩舎から家へ向かった。


「きゃっー」ビアンカの金切り声が俺の耳をつんざく。


「うるさいなあ、なんだよもう」


 見るとビアンカは、左の人差し指で、ピンと伸ばした右腕を指していた。


「虫!虫が腕に付いたの!早くとって!」


 そう言いながら地団太を踏むビアンカを見て俺はつい噴き出してしまった。


「ハハハハ、お前そんな小さな虫が怖いのか?ダッセえな」


 大笑いする俺を見かねた父さんが、ビアンカの右腕に留まった虫を取ってやった。父さんの指先に収まる小さな鈴虫。なにが怖いのか全く理解できない。


「ビアンカお前、そんな虫の何が怖いんだよ」


 それを聞いたビアンカは俺を鋭く睨んだ。


「気持ち悪いからに決まってるでしょ!なんで理解できないのかしら。それに、ミンテさんちの子犬を恐がっているエドワードの方が、ずーっとダサいわ!」


「なによっー、あの犬は俺の事を襲うんだぞ、さっきの鈴虫とは大違いだ!」


「あんなに可愛い子犬の事が怖いなんて情けないわよ、エドワード」


 いがみ合って遂に手を出そうとした俺達を、父さんは一喝した。


「こらっ、喧嘩はやめろ。全くお前達は、小さな事ですぐに喧嘩をする。少しは自制しろ」

 

 叱られた俺達は、そっぽを向いて家へ帰った。





 その日、俺とビアンカはベッドに入ってからも言い争いをしていた。


「虫を恐がる奴の方がかっこ悪い」


「いいえ、子犬を恐がる人の方がかっこ悪いわ」


「虫一匹が腕に留まっただけで大騒ぎする奴がよく言うぜ」


 扉が開き、真っ暗の寝室に光が差し込んだ。静まり返った俺達は、揃って扉の方に顔を向けた。すると、父さんが呆れて溜息をつきながら入ってきて言う。


「お前達、まだ喧嘩をしていたのか。人にはそれぞれ苦手な物があるって事で良いじゃねえか」


 俺とビアンカは一瞬睨み合ってからお互いに背を向けた。父さんは椅子を持ってきて俺のベッドとビアンカのベッドの間に腰かけ、深い溜息をついてから言った。


「”自分の方が上だ”って思って誰かと張り合うのは悪い事じゃねえ。でもな、そう思い込みすぎて相手を尊重する思いやりの心を失っちゃいけねえ。そういう奴は、いつか必ず一人ぼっちになる。二人とも、そうなるのは嫌だろう?」


「おじさん、そんちょうって?」


「尊重ってのはなあ、相手を大切に思う気持ちのことだ。相手を尊重すれば、相手も自分のことを尊重してくれる。そうやって人と人との絆が生まれるんだ。ビアンカ、お前はずっと、エドと喧嘩をしていたいのか?」


「それは嫌だわ」ビアンカは首を振って言った。


 頷いた父さんは俺にも聞く。


「エド、お前はどうだ?」


「ずっと喧嘩するのは嫌だ」


 父さんは頷いて、俺とビアンカの肩を抱き寄せた。身も心も全て包み込まれた気がした。


「それなら、これからはもっとお互いを大切にしろ。二人ともかけがえのない存在なんだからな」


 父さんのぬくもりが、俺とビアンカの心を温める。ハイと返事をする俺とビアンカ。


「もう遅いから早く寝ろ」そう言って立ち上がろうとする父さんの裾を掴んでビアンカが言う。


「何かお話してよ」


 父さんは少し考えて、椅子に座りなおした。


「それじゃあ、特別だからな」


 父さんは囁くように語り始めた。


「むかしむかし、あるところに一人の少年がいました。ある日、村の村長が少年に言うのです。”森の奥に妖精の住む大きな湖がある”と。好奇心の強い少年は居ても立っても居られなくなり、一人で森へ入っていきました。しかし、少年は湖への道を知りません。進んでも進んでも見えてこない湖。やがて少年は自分が迷子になってしまったことに気が付きました。少年が途方に暮れて俯きながら座っていると、”こっちにおいで”という声が。顔を上げるとダンゴムシ程の小さな青い光が自分の周りを飛び回って居るのです。少年はその光に付いて行くことにしました。道なき道を進む光。少年は必至でついて行きました。そして満月が落ちかけた頃、少年はようやく森を抜けてひらけた場所に出られたのです。少年は驚きました。そこには青く神秘的に光る大きな湖が広がっていたのです。少年が湖に見惚れていると小さな青い光が言います。”お迎えが来たよ”と。すると後ろから”おーい”と少年を呼ぶ声が。少年が振り返ると村の大人達が彼を探しに来ていました。月は沈み東の空に朝日が昇っていました。少年は大人たちに言います。”湖が光っている”と。しかし大人達は彼をあざ笑います。不思議に思った少年が湖を見ると、湖は光を失い、小さな青い光もいなくなっていましたとさ。これでお話は終わりだ」


「えー、もう終わりなの」ビアンカが言う。


「父さん、妖精は本当にいたの?」俺が聞くと、父さんは大きく頷いた。


「ああ、妖精は実在した。湖は本当に青く光っていたんだ」


 俺は布団の上に寝転がり伸びをして天を仰いだ。そして目を輝かせながら言う。


「妖精かあ、いつか見てみたいなあ」


「青く輝く妖精の湖...。なんてロマンチックなの。私も妖精さんに会いたいわ」


 俺とビアンカが想像を膨らませていると父さんが言う。


「んじゃ、見に行くか?...妖精の湖を」


 俺とビアンカはベッドから飛び上がり目を丸くした。ベッドの軋む音がする。


「おじさん、連れて行ってくれるの!?」


「ああ、二人が行きたいんなら連れて行ってやる」


「「やったー!」」


 俺達は嬉しさのあまり、互いの手を取り踊り出した。無我夢中で部屋中を飛び回った。もう、先程までの喧嘩の事など忘れていた。二人で喜びを分かち合った。


「お、おい、二人とも落ち着け。もう遅いから早く寝ろ!」


 父さんは、制止を無視して踊り続ける俺達を見て呆れかえっていたが、ほのかに微笑んでいた。





 次の日の昼過ぎ、俺達は荷物を持ち、妖精の住む青い湖へと出発した。透き通る様な青空に大きな雲が浮かぶ。風の流れは穏やかで、俺達の頭上をゆっくりと雲が流れていた。心地の良い風に吹かれながら森へ入る。


 森の中の空気は村の空気と違ってしっとりしている。この感覚は昔、魔物に襲われた時以来だ。今でも俺は、村の奥にある森へ入るのが少し怖い。


「なにキョロキョロしてるのよエドワード」


「べ、別に何でもないさ。ただ安全確認をしているだけだ」すると親父が言う。


「心配するなエド、この辺りにはもう魔物はいない。騎士団が粗方駆除したからな」


 暴走したフェンリルがいなくなった後、ローラン公国内へ侵入した魔物達はローラン騎士団によって駆除された。しかし北壁山脈周辺では未だに魔物達の動きが活発化していて、特にゲルダム騎士王国を困らせているそうだ。もう魔物には会いたくない。特にこの森の中では...。


「そう言えば父さん、妖精は皆、湖に住んでいるの?」


「いいや、エド。妖精は色んな所に住んでいるんだぞ」するとビアンカがすかさず聞く。


「いろんな所って?」


「大きな木とか岩、美しい山や湖。そういう所には沢山の魔力が集まる。妖精はそういう場所に好んで住み着くんだ」


「じゃあ妖精は魔力を食べて生きているんだ」俺が言うと父さんは首を横に振った。


「いいや、それは違う。彼らは何も食べない。魔力の濃い場所に住むのは、それを食べるためではなく守るためだ。魔力はこの世界に生きる全ての生き物の生命の源だ。その大事な魔力が奪われたり無くなったりしないように、彼らが守ってくれているだ」するとビアンカが言う。


「妖精さんってとっても優しいのね」


「ああ、そうだな。だが、たまにいたずらをしてくる悪い妖精もいるがな。二人とも悪い妖精に食べられないように気を付けるんだぞ、ガハハハッ」


「いやいや父さん、さっき妖精は何も食べないって言ったじゃん」


「そんな事、言ったか?ガハハハッ」


 そんな会話をしていると、ビアンカが物思顔で言う。


「おじさん、私達のご飯はどうするの」


 ビアンカが言うと父さんはすっとぼけた表情をした。俺達は食料を持って来ていない。鞄に詰めたのは下着と替えの靴。あと持っているのは弓矢と剣だけ。俺は薄々勘づいた。


「まさか、狩りをして食料を集めるのか」


 ニタッと笑う親父。


「ガハハハッ、当たりだエド、飯は全て現地調達する!」


「私、狩りなんてしたことないわよ」


 ビアンカは少し不安そうな顔をしていた。俺もビアンカも狩りをしたことがない。家を出る前に弓矢を持たされたが、弓術を習ったこともない。ましてや、剣で生き物を斬った事すらない。ビアンカの表情にも合点がいく。


 だが俺の心は不思議と踊っていた。狩りで食料を集めるという初めての体験に興奮していたのだ。父さんがビアンカの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら言う。


「大丈夫っ、俺が教えてやるから」その時、父さんの目つきが変わった。


 父さんが俺の足元を見ている。俺も下を向くとそこには大きなフンがあった。俺の顔と同じ大きさのフンはまるで石の様な見た目をしていて、最初は足元にフンがある事に気が付かなかった。


「そりゃあ熊のフンだな。...だが、それにしちゃあデカい」


 父さんはしゃがみ込んで近くで確認した。そして強張った顔で言う。


「こいつぁ、魔物のフンだ」立ち上がって辺りを見回す父さん。


「このフンは新しい。近くにいるみてえだ、エド、ビアンカ、弓を構えて警戒しろ」


 俺とビアンカは肩にかけてた弓を手に取り矢を放つ準備をした。父さんの背に付いて行く俺達。腕の毛穴が開くのを感じる。浅い呼吸をする俺。ビアンカが言う。


「いた、私の指の指す方。少し遠いけど間違いない」


 見ると丘の上に、濃い茶色の毛皮に太い身体をした巨大な熊の様な魔物がいた。だが決して熊ではない。奴の頭から生える枝分かれした二本の角がギラリと光る。


 ここからでも奴の大きさがよくわかる。こちらを伺う魔物の目を見て父さんが言った。


「良くやったビアンカ。あいつが今夜の晩御飯だ。二人とも弓を構えろ」


「えっ、マジかよ父さん...」「あれを食べるって冗談でしょっ」


「ガハハハッ、早く弓を構えないと俺達の方が食われちまうぜ」


 急いで弓を構えようとしてあたふたする俺達に父さんが言う。


「大丈夫、あいつはまだ遠くにいる。二人とも落ち着いてよく聞くんだ」


 そっと俺達の背中に手を添える父さん。


「弓は強く握りすぎなくて良い。優しくそっと握るんだ。矢は人差し指と中指の間に挟んで口のちょっと下に構えろ」俺達は苦戦しつつも言われた通りにした。


「そうだエド、ビアンカ。そしたら呼吸を整えて熊を狙え」


 俺は目をつぶり深呼吸した。そしてゆっくりと目を開き熊を狙う。


 父さんは俺達から手を離して言った。


「二人とも、撃て」


 俺とビアンカは丘の上の熊目掛けて矢を放った。ピュゥンと音を立て飛ぶ矢。矢は羽を左右に振動させながら一直線に進む。


 息を飲む俺達。


 二本の矢は弧を描く様に勢い良く飛び、見事、魔物の分厚い皮膚に突き刺さった。(よしっ)俺はガッツポーズをしてビアンカとハイタッチした。怒号を挙げて角で木々を押し倒す魔物。暴れまわる魔物を見て父さんが言う。


「気を抜くな」


 奴はすぐにこちらを睨み突進してきた。父さんは背中に背負った大剣を抜き前に出て言う。


「二人は後ろに下がってろ」


 体勢を低くして大剣を中段に構え、両足でじりじりと土を踏みしめる父さん。奴が目前に迫る。父さんはまだ動かない。俺とビアンカは手をつなぎ息を止め目を見開いた。


 激高した魔物が父さんに突進して、奴の角が土を抉りながら俺達に近づいた。

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