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EP7 . 塔の魔女

 大きな塔には似つかわしくない小さな扉。俺達の背丈より小さいその扉に付いたノッカーを四回叩く。すると覗き窓が勢いよく開き、鋭い眼光が現れた。左右に動き俺達の顔を執拗に確認する瞳。


「黒髪の坊主に白髪の娘...。お前達、ヘルマンのところのガキか」瞳の主が尋ねる。


「は、はい、俺h.........」


 瞳の主は俺の返答を待たずに勢いよく覗き窓を閉めてしまった。機嫌を損ねてしまったのだろうか。それとも恥ずかしがり屋で俺達と会う事を躊躇っているのか。困惑する俺とビアンカ。


すると扉が左右上下に伸び縮みを始め、瞬く間に大きな扉へと変化した。驚きあっけにとられる俺達を他所に扉がゆっくりと開き、目の前に瞳の主が現れた。


彼女は若く、驚く程長身だった。父さんを凌ぐ背丈で、黒装束に身を包み大きな尖がり帽子を深くかぶったその女性は、腰に手を置き胸を張って大声で言う。


「よく来たな、ガキども!ヘルマンから話は聞いているぞ!さあ、中へ入れ!」


 魔女はとてつもなく豪快な人だった。父さん、話と違うじゃないか。



 塔の中には大きな吹き抜けの部屋が広がっていた。


 中心に置かれた巨大な鍋。壁一面を覆う高い箪笥。床は本やら瓶やら草やらで散乱している。過剰に設置された窓から差し込む光で塔の中は明るく照らされていた。


 どこからか飛んで来た二つの椅子を差して魔女が言う。


「来てもらったところ悪いが、しばらく椅子に座って待っていろ。私はやる事があるんだ」


 俺とビアンカが椅子に座ると、彼女は鍋の前で伸びをした。


「それじゃあ、始めるぞ!」


 そう言って魔女が腕を振り上げると、全ての窓が一斉に開いた。辺りを見回しながら腕を振る魔女。俺達は目を疑った。鍋には勝手に火が付き、箪笥は独りでに開きだす。開いた箪笥から出てきた植物や石が優雅に宙を飛び、鍋の中に吸い込まれていく。鍋を混ぜる大きな棒すら人の手を借りずに動いていた。魔女はただ、手で指示を出しているだけの様子だった。


 しばらくして、鍋から紫色の煙が吹き上がった。爆発的な勢いで広がり部屋中を覆う煙。


「ゴホッゴホッ何だこれ、大丈夫かビアンカ...」


「う、うん、大丈夫、ゴホッゴホッ」


 魔女は何やら両手に力を籠め始めた。魔女の手の平に空気の渦が出来る。彼女はそれを天高く掲げた。すると渦が飛び上がり空中で爆発。その衝撃で、紫色の煙は全て窓から噴き出していった。


 一斉に閉じる窓。沢山の窓は換気口だったのだ。鍋の底から一滴の雫が宙に浮かび上がる。魔女はそれを小さな瓶に入れて蓋を閉じた。そして言う。


「待たせたな!こっちに来て良いぞ」


 俺達は立ち上がり、魔女の方へと進んだ。魔女の持った小瓶が箪笥の中へ飛んで行く。


「エドワードとビアンカだな。私はこの塔に住む魔女、クラリスだ。よろしくな」


 そう言って俺達に差し向けた手は父さんのより大きかった。


「よろしくお願いします。俺達に魔法を教えて下さい」


「ヘルマンから聞いたぞ。この私から魔法を教わりたいんだってな」


「ええ、私達、魔法を使ってもっと強くなりたいの」


「私から魔法を教われるだなんて幸運な奴らだ。任せろ、私が根掘り葉掘り全て教えてやる。まずは二人の特性を調べようか」クラリスは魔法で奥の棚から一つの透明な石を引き寄せて言った。


「この透明な石はラーナ石という不思議な石だ。この石に魔力を込めると色が変わり、その者の魔力特性がわかる。さあ二人とも、手に取って魔力を込めてみろ!」


「クラリス、俺実はもう自分のラーナ石を持っているんです」俺は首に掛けたラーナ石を外してクラリスに見せた。「これは二年前に都の商人から貰った物なんです」


 彼女は驚いた様子で言う。


「なんて質の良いラーナ石なんだ。それにこの色、虹色に輝くラーナ石なんて見た事も聞いた事もない。おいエドワード、これはお前が魔力を込めたのか」


「はい、そうみたいです」


 フェンリルと対峙したとき、俺は体から虹色の光を発した。その時以降、このラーナ石は虹色に輝いている。


「興味深いガキだな、これからが楽しみだ」クラリスはビアンカに向き直り言う。


「もしかしてビアンカもラーナ石を持っているのか?」


 ビアンカが横に首を振るとクラリスは一息ついた。


「良かった、せっかく用意したラーナ石が無駄になるところだった。これを握ってみろ」


 ビアンカは石を握り、言われた通りに魔力を込めた。


 透明だった石が黒く変わる。まるでそこだけ世界に穴が開いた様に見えた。それ程までにビアンカの握っていたラーナ石は黒かった。クラリスが突然笑いだして言う。


「ハハハハ、勘弁してくれ、ヘルマンは面白い二人を送ってきやがった。ビアンカ、黒いラーナ石もなかなか無いぞ。しかもここまで黒いとは、ビアンカには間違えなく闇魔法の才能があるな」


「闇魔法?」怪訝な顔をするビアンカ。


「光の対局、闇の力を操る魔法だ。それを扱える人間はほとんどいない。とても強力な魔法だよ」


「私、光魔法の方がよかったわ」


「そう言うなビアンカ。人には個性がある。自分の長所を伸ばせば、それは他に代えがたい武器になるんだ」不貞腐れるビアンカを静かに諭すクラリス。


「よぉし!エドワードとビアンカの魔力の傾向はよくわかった。次は魔法の理解を深めるための講義だ。上にある私の書斎に場所を移すぞ!」


 この塔を外から見た時、確かに、石造りの無骨な塔の上にオレンジ色の屋根をした民家の様な建物が乗っていた。初めは塔の中に階段があるのだと思っていたが、今俺がいる巨大な吹き抜け部屋には階段はおろか梯子すら見当たらない。ずっと上の天井まで続く壁は、無数の箪笥と沢山の窓で埋め尽くされていた。壁をよじ登るという馬鹿げた方法の他に、塔の上へ行く方法は思いつかなかった。


「クラリス、俺達どうやって上へ行くんですか」


「あれだ」クラリスが部屋の隅にある檻の様な物を指さした。


「上へ行く時はあれを使う。安心しろ、あれは囚人を閉じ込めるための檻じゃない。私が作った、魔法で上下する乗り物だ」


 俺とビアンカはクラリスに唆され鉄格子の中へ入った。最後にクラリスが入って扉を閉める。檻の中はクラリスの体に合わせて大きく作られていた。


「私が作った乗り物だから絶対に安全だが、念のため、私に掴まっておけ」


 言われるがままクラリスの足に掴まる俺達。ビアンカの長い髪の毛が逆立った。肌に感じる微かな風が次第に大きな風へと変わっていく。


 次の瞬間、鉄の檻が宙に浮かんだ。檻はどんどん上昇して、天井に開いた上の部屋に繋がる大きな穴へと近づいていく。


 が、一つ問題があった。檻が左右に大きく揺れるうえに、クラリスの体に合わせて作られた鉄格子は棒と棒の間隔が広いため、気を抜くと下に落ちてしまうのだ。俺とビアンカは力強くクラリスの足にしがみ付いた。


「しっかり掴まれよ、テメエらが怪我した事をヘルマンに謝りに行くのは御免だからな、ハハハハ」


 宙に浮く鉄の檻は不安定ながらも高い塔を登って行った。



 着いた先は、壁一面に本棚が広がるクラリスの書斎だった。クラリスは俺達を大きなソファに座らせた後、本棚に並ぶ大量の本の中から一冊の本を抜き出した。彼女はその本を開き言う。


「ヘルマンの馬鹿は魔法について何か言っていたか」


「血の中を流れる魔力を使って様々なものを操るのが魔法だと」


「火とか水とか風とか、他にも色々なものを操れるんでしょ!」ビアンカが被せ気味に言う。


 クラリスは俺達の正面のソファのアームに腰かけて足を組んだ。


「それは魔法のごく一部に過ぎない。魔法を操るためにはもっと深く魔法を知る必要がある。ヘルマンはガキの頃から魔法がからっきしだったから、そういう知識も無いんだろうな」


「クラリスは父さんが子供だった頃を知っているんですか」


「おじさんとクラリスじゃ全然歳が違うじゃない」


 父さんは六十過ぎで村の中でもかなりの年長者だ。対してクラリスはと言うと、二十五かそこらの若い女性に見える。そんな彼女が父さんの子供の頃の姿を知っているはずがない。


 俺とビアンカがそれを問いただすと、クラリスは被っていた大きい三角帽子を外して見せた。彼女の長くしなやかなブロンドの髪が煌めく。だが俺の目は別の所に釘付けになった。彼女の長いブロンドヘアから、ツンと尖った長い耳が現れたのだ。


「クラリスの耳はとっても綺麗ね」目を輝かせるビアンカ。


「そうだろビアンカ。これはエルフの耳。私にはエルフの血が流れているんだ。エルフの寿命は長いから、私はヘルマンよりずっと歳上なんだよ」


 父さんから聞いた事がある。この世には人間の他にも様々な種族がいて、別の大陸には耳の長いエルフと言う種族が住んでいると。


「クラリスはエルフだったんですか!?」


「まあ半分は人間だけどな。もっと言うとオークの血も流れている。身体がデカいのはそのせいだ」


 クラリスはパンと手を叩いた。


「さあ!授業を再開するぞ。まずは魔力について。さっきエドワードが魔力は血の中を流れていると言ったが、それは少し違う。確かに人間の体の中を流れる魔力は血液中に存在するが、なにも魔力は人間だけの物ではない。魔力はこの世の全て物の中に存在しているんだ。木や岩、川や海、この大地そのものが魔力を纏っている。植物は大地から魔力を吸収し、動物は植物から魔力を吸収する。人間だって植物や動物を食べることで魔力を吸収している。そして死んだ人間は大地に魔力を還す。私達はそういう循環の中で生きているんだ。付いて来ているか」


「何かを食べないと魔力が無くなってしまうって事よね」


「その通りだビアンカ。そして人間は、昔から魔力を無意識に使っていた。それが気だ」


「体を強く出来るんですよね」


「そうだ。魔力を気として使うと、一時的に身体能力を強化する事が出来る。人間は長い間、魔力を気としてだけ使っていた。だがある時、魔力を別の方法で使う種族が現れた。エルフ族だ。エルフは魔力を無意識ではなく意識して使う事で、魔法と言う強力な技を身に着けたんだ。やがて人間とエルフは戦争をして、人間はその苛烈な戦争の中で、エルフの魔法を我が物とした。そうやって、魔法は世界中に広がったんだ」


「魔法は元々エルフの物だったんですね」


「ああ、それが世界中に広がり、徐々に強化改善されていったのが今の魔法だ。魔法の進化の歴史には大きな転換点がある。いつかわかるか」


 俺とビアンカは沈黙で答えた。


「千年前の大戦争だ。千年前、突如ロンバルシアに攻め入って来た魔族は、独自の強力な魔法を使った。その魔法の前にロンバルシア世界の人々は為す術なく倒れていった。東から攻めてきた魔族の軍に押されたロンバルシアの民は西のシーナ大陸にまで追いやられ、もはや滅亡を待つだけだった。そこに現れたのがエルサハの三騎士。彼らは人々を率い、魔族の軍勢を打ち破った。その戦いで魔族に対抗するべく、既存の魔法は更なる発展を遂げたという訳だ」


 クラリスはそこまで言うと、足を組みなおした。


「つまり、何が言いたいのかと言うと、現在の魔法はとても高度で複雑な物なんだ。これから二人に魔法を教えていく訳だが、魔法の習得にはかなりの時間が掛かる。私は、一度始めたことは最後までやり抜きたい質なんだ。二人に途中で魔法の練習を辞められると困る。決して魔法の練習を途中で投げ出さないと、私に誓えるか?」クラリスの鋭い眼光が俺達に向けられた。


 俺とビアンカは息を飲み考えた。少しの間の後、俺達の意思は固まった。


「誓います」「誓うわ」力の籠った返事だった。腕を組み、豪快に笑いだすクラリス。


「ハハハハ、良いだろう!お前たちに魔法を教えてやる!授業は週に一回だ、絶対に忘れるなよ。今日はもう日が暮れそうだから帰れ。魔法の特訓は来週からだ。覚悟しとけ!」


 かくして、頼りがいのあるエルフの魔女が俺達の魔法の師となった。

 

 

 ローラン公国の都、古来から貿易の中心地として栄えていたその街の中央には、古今東西に類を見ない絢爛豪華な城が構えていた。小高い山の上に築かれたその城は、まさにローラン公国の権威の象徴であった。


 今、公国の長たる大公ジョゼフ・アルデンヌは翠色の煌びやかな服に身を包み、肥えた大臣や小綺麗な将軍を連れて城の廊下を歩いていた。書簡を持った従者が駆け寄り言う。


「ゲルダム王より、緊急の書簡が届きました」


「読み上げろ」足を止めた大公は従者に顔を向けた。従者は書簡を広げて話し出した。


「ゲルダム騎士団騎士団長で男爵のトニ・フリードリヒが病により息を引き取った。公爵ジョゼフ・アルデンヌについては、二か月後にベルドンで開かれる騎士団長任命式に参上するように」


 大公を囲う者達の唸り声が上がるなか、神官の老人が大公に言った。


「お痛ましや、ゲルダムは惜しい人を亡くしましたな。しかし二か月後となると、少々猶予がございますなあ」重い瞼の隙間から大公を覗き見る老人。


「ん、ならば先代の騎士団長を招き、ゆるりとベルドンへ行くとしましょう」


「陛下、僭越ながら、この老体から一つお願いが御座います」



 日が沈み、代わりに月が森を照らした。どこからかフクロウの鳴く声が聴こえてくる。村に帰ると父さんが俺達を迎えてくれた。


 馬の手綱を引く父さん。俺とビアンカは馬の背に乗ったまま、心地良い風に揺られ厩舎に向かった。途中、今日あった事を沢山話して、沢山笑った。父さんはそんな俺達を見て、ずっと微笑んでいた。馬を馬房に入れた後、俺は馬にお礼を言ってその場を去った。

お読み頂きありがとうございます!これからも頑張って作品を投稿していくので、面白かったら、評価、ブックマークをお願いします!皆様からの反応がとても励みになります!

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