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EP3 . 秘密の地下室

あれからひと月が経ち、俺はようやく外を出歩けるようになった。小さな丘の上の木陰に座り農作業を見ていると、隣にウナイのおっちゃんが来て言う。


「エドワード、身体はもう平気なのか」


「うん、もう平気だよ。剣の稽古はまだ出来ないけど」


「そうか、エドワードは凄いな。あんな傷を二か月で治すとわ」


 俺は魔物に襲われて全身に傷を負った後、一か月間眠っていたらしい。眠っていた間の事はよく覚えていない。何か大切な夢を見た気がするが、何度試しても上手く思い出せない。


「あんな体験をして、とても怖かっただろう?」


「うん、今でもあいつの目を思い出すと鳥肌が立つ。ねえ、おっちゃん」


「ん、どうした」


「俺、悔しいんだよ。俺はあいつを目の前にして、一歩も動けなかった。恐怖で頭がいっぱいになって、為すすべ無くやられた。父さんの様に勇敢になれなかった」


「エドワードはまだ子供だ。今すぐにヘルマンの様な戦士になる必要は無いんじゃないか」


「いいや、それじゃあダメなんだ」俺は拳を握りしめた。


 ウナイのおっちゃんは俺の横にゆっくりと腰かけて背伸びをした。風に吹かれ、一面に広がる高く育った麦が一斉に揺れ動いた。黄金の輝きが、波の様に視界の端から端へと伝播する。


「ここは気持ちが良いな、エドワード」


「え、う、うん」


 おっちゃんは深呼吸をして言った。


「そんなに自分を追い詰めなくて良いんだぞ。誰にだって失敗はある。最初から全部完璧にこなせる人間なんて居ないんだ..........。大切なのは、失敗から何を学ぶか、だ。沢山挑戦して、沢山失敗して、沢山学んで、少しずつ成長していけば良い。皆そうやって大人になっていく。ヘルマンだってそうだ。子供の頃のあいつは小さなネズミを恐がっていたんだぞ。屋根裏からネズミの足音が聞こえただけでガクガク震えていた。あのヘルマンがだ!とにかく、そんなに気負い過ぎるな。風を心地良く感じるくらいの余裕は持ってないとな、はっはっは」


 俺はそっと瞳を閉じた。全身に心地良い風を感じる。風に乗って草木や花の香りがした。村の皆の笑い声が聞こえてくる。心の突っかかりが取れた気がした。俺は目を開き言う。


「ありがとう、おっちゃん。すごく気が楽になった」


「ああ、それは良かった。そうだ、麦の収穫を手伝っていくか?少しは動かないと体に悪いだろ」


「うん!手伝う!」 俺とおっちゃんは立ち上がり、丘を降りて麦畑に向かった。



 麦の収穫は村人を総動員して行われた。刈っても刈っても終わらない。広大な麦畑を刈りつくした時、太陽の半分が地平線の下に隠れていた。俺は汗を拭い、夕日で真っ赤に染まった道を歩いて帰った。家の扉をくぐり大きな声で言う。


「ただいまっー!」


「................」


 返事は無かった。いつもなら父さんが返事をしてくれる。何も聞こえないという事は、きっと父さんは外で仕事をしているのだろう。


 俺は井戸から水を取ってきて体を拭くために、外へ出ようとした。ふと、部屋の端を見ると、普段は地下室への階段を隠す様に置かれている板が壁に立て掛けられて、階段が露になっていた。


 近づいて覗いてみる。階段の先は、真っ暗で何も見えなかった。ずっと覗き込んでると、暗闇の中に引きずり込まれそうな気分になる。俺は一歩下がって考えた。父さんからは地下室に入ってはいけないと言われている。とても大切な物を保管しているらしい。


 正直俺は、昔からこの階段を下り、地下室に入ってみたかった。人はダメと言われるとやりたくなってしまう生き物だ。魔物の件と違って、今回は家の地下室に入るだけ。安全に違いない。


 俺は好奇心に勝てなかった。そして、一歩、また一歩と、階段を下り始めた。



 一段下るたびに俺の視界は闇に包まれていった。心臓の鼓動がやけに大きくなり、全身を揺らす。階段の軋む音が恐怖を助長した。急に段差が無くなる。


 どうやら、一番下まで来たようだ。恐る恐る腕を振ると、目の前に扉があることがわかった。俺は少し扉を押してみる事にした。


「鍵がかかっていない」


 少し重い扉だったが、すぐに開けることができた。扉が開くと足元に光が差し込む。見ると、地下室の壁に掛けられた松明に火が灯っていた。視線を上げ、目だけで辺りを見渡す。雑に積み上げられた箱や無造作に置かれた木材や壊れた家具。


「なんだよ、ただの物置じゃないか」


 拍子抜けだ。もっと面白いものがあると思ったのに。


 だがよく見ると、部屋の奥にひときわ大きな箱が置いてあることに俺は気が付いた。明らかに他とは違う。こんな田舎の村には似つかわしくない煌びやかな装飾。よく手入れされ、松明の明かりで輝いている。


「綺麗な箱.....」


 その箱の輝きに俺は引き寄せられた。近くで見るとますます大きく見える。箱の側面の金具には何かの紋章が取り付けられ、細かい彫刻が施されていた。


「何の箱だろう」


 こんなに豪華な箱だ。きっと、とても大切な物がしまわれているのだろう。気になって仕方がなかったが、箱には明らかに鍵が取り付けられていた。鍵を探すために振り返った時、俺の額から一筋の冷や汗が流れ落ちた。


 腕を組んでこちらを見つめる父さんが、地下室の入り口に立っていたのだ。


「ここで何してるんだ、エド?」


「これはっ、その、階段を隠す板が外れていたから........」


「まったく、お前と言う奴は」父さんは頭を抱えて言う。


「その箱の中身が気になるんだな?」


「う、うん、でも、悪気は無かったんだよ父さん」


「わかってる、お前はいつもそうだ。良い機会だ、箱の中を見せてやろう」


 思いがけない言葉に、俺は一瞬言葉が出なかった。父さんがこちらに来る。


「っ............、見せてくれるの!?」


 父さんはズボンのポケットから鍵を取り出し、ゆっくりと箱に差し込みながら返事をする。


「エドにはいつか見せようと思っていたんだ。まさか今日だとは思わなかったがな」


 鍵が開くと、箱の蓋は音を立てる事無く開いた。松明の明かりが箱の中を照らす。大きな箱の一番上に、美しい紅色の布生地が現れた。父さんがそれを持ち上げて広げると、その布生地は父さんの背丈ほどの大きさをしていた。


「それは何?」


「これは紅血のマント。ゲルダム騎士の誇りだ」


「綺麗だね」


「そうだろ、箱の中も見てみろ」


 言われた通り箱の中を覗くと、そこには美しく輝く鎧兜と剣がしまわれていた。


「なっ、何これ、全部父さんの物なの?」


「ああ、俺は昔、騎士をしていたんだ。箱の中身は全て、当時身に着けていた武具だ」


 俺は言葉を失い、ただひたすらに、箱の中身に目を囚われた。


「見事な物だろ、エド」


「す、凄すぎるよ。こんなのが家にあっただなんて」


 俺は父さんの方へ向き直った。


「騎士ってどんな事をするの?」


「騎士はなあ、王の剣として国のために戦うんだ。国土を守り、民を守り、王を守る。それが騎士の務めだ」


「かっこいいー!」


 俺の中で騎士の妄想が広がり、それが自分の将来の姿と重なったのは、その時だった。


「父さん、俺、騎士になりたい。勇敢に戦って、皆を守る強い騎士に」


「ガハハハッ、良いんじゃないか、エドならきっと勇敢な騎士になれる」


 父さんは俺の頭をワシャワシャ撫でながら続ける。


「まっ、もっと剣術や馬術の練習をしたらだがな。それに、一流の騎士には教養や魔法の腕も必要だ」


「魔法!?父さん、魔法が使えるの!?」


「俺は使えない」


「なんだよもう、てっきり父さんは魔法使いなのかと思ったのに」


「ガハハハッ、騎士になるんなら、騎士大学に行くのも良いかもしれないな」


 父さんがマントを元の場所にしまって、箱を閉じながら言ったその言葉に、俺の胸は躍った。この世界に騎士になるための学校があるだなんて。神様に感謝だ。目を輝かせる俺に父さんが言う。


「騎士大学に入学できるのは十歳からだ。それまではこの村で俺と一緒に修行だな」


「あと四年か。うん、よろしくっ、父さん!」



 箱を片付け松明の火を消す父さんを横目に、俺は階段を上がった。外はもう真っ暗だった。月明かりが窓から差し込み、食卓を青白く照らす。俺は部屋に明かりを灯すため、外に出て薪を取りに行った。


 扉の反対側、森に面した側の壁に薪置き場がある。薪を腕いっぱいに抱え込んだ時、森の方から何かが草をかき分ける音が聞こえてきた。


 見るとそこには、傷だらけの少女が立っていた。

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