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EP2 . 森の魔物

 徐々に日が伸びて、草木が青々と茂り始めた頃。暖かな日が続いていたある日、村長の家には暗雲が立ち込めていた。その日は、村長の家に大人達が集まり集会が開かれていた。村長が言う。


「今年も不作のようだな。ここ数年、作物の収穫量は落ちる一方だ。どうしたものか」


 いきり立った農夫が拳で机を叩き唸る。窓にもたれて居た男が口を開いた。


「凶作は大陸全土に広まっているという。近頃、北壁山脈周辺で魔物による被害が多発している事も、何か関係があるかもしれないな」


 村長はパンパンと手を叩いた。


「皆、今は頑張り時だ。明けない夜が無い様に、この凶作もいずれは収まる。皆で協力して、この困難を乗り越えて行こう。さあ、仕事に戻るぞ!」


 集会に参加していた者達がそれぞれの仕事場に戻っていった後、村長とヘルマンだけがその場に留まっていた。椅子に座り込み暗い顔をするウナイにヘルマンは話しかけた。


「で、今年の冬は越せそうなのか?」


「ああ、何とかな.......。だが、来年は本当に危ないかもしれない」


「先日、都から文が届いた。どうやら大公陛下は周辺国から麦を買い集めているそうだ。もしもの時はそれを村々に配給してくださるらしい」


「色々なことを背負っておいでだろうに、今の王様は本当に素晴らしいお方だな」


「ああ、だが喜んでばかりいられねえぞ。先日、南の国境警備隊が魔物に襲われて壊滅したらしい。この村は国境から多少距離があるが、注意はしておいた方が良いだろう」


「もしもの時は頼りにしているぞ、ヘルマン」

 ヘルマンはグッと頷き、ウナイに別れを告げた。



「うっ、おっと、うわわ」


 最近俺は家畜の世話の手伝いをする傍ら、父さんに馬の乗り方を教わっている。上下に振れる馬の背中に跨る事は、身体の小さな俺にとってとても難しい。父さんの手を借りながらも四苦八苦する俺を見て、牧場の皆は笑っていた。馬に跨ると、普段より上から辺りを見回すことが出来る。ふと視線を上げると目の前に広がる広い景色と、肌にあたる心地良い風が俺は大好きだった。父さんが言う。


「だんだん上手くなってきたな。俺の補助もそろそろ必要ないかもしれねえな」


「だっ、だめだよ父さん。俺支えてもらわないと落っこちちゃう」


「いつまでも人に手伝ってもらう訳にはいかねえだろ」


 その時、急に大声が聞こえた。


「たっ、大変だーーーーーー!」


 その声に驚いた馬は我を失い暴れ出してしまった。父さんの手が俺から離れる。俺は必死に馬の鬣にしがみつき、足を踏ん張った。上下左右に振り回されもうダメかと思った時、俺は馬に訴えかけた。


「大丈夫、大丈夫、落ち着いて」誰かの声が聞こえた気がした。すると俺の声が届いたのか馬は平常心を取り戻した。父さんが馬の手綱を握り直して言う。


「怪我は無いかエド、すまない、手を放しちまった」


 不安そうな顔の父さんに俺は笑顔で答えた。


「大丈夫だよ父さん。見て、俺、一人で馬に乗れてる!」


「そうだな、凄いぞエド」


 父さんがほっと一息ついた時、息を切らした男が駆け寄って来た。


「大変だヘルマンさん、森に魔物の足跡があった」


 それを聞いた牧場の男が言う。


「お前の勘違いじゃないのか?この辺に魔物がいるなんて話、聞いたことが無いぞ」


「いいや、間違いない。私は北壁山脈で魔物の足跡を見たことがある。森にあった足跡は間違いなく魔物の物だった。信じてくださいヘルマンさん」


 膝をついて息を切らしながら訴える男の肩に手を置いて、父さんは言う。


「もちろん信じるとも、近くに魔物がいるとした一大事だ。足跡の場所へ案内してくれ」


 父さんは俺の方へ向き直り言う。


「エド、乗馬の練習は終わりだ。念のため今日は家へ帰れ。皆も、早く家へ帰るんだ。状況が分かるまで、家を出てはいけない。エド、絶対に付いて来るなよ」


 父さんは男と一緒に森の方へと駆けて行った。牧場の男の手を借りて馬から降り、俺は家へ向かった。


 魔物。話には聞いたことがある。千年前の大戦争で魔界からやって来た凶暴な生き物の事を人々は魔物と言って恐れた。魔物は魔族と共に人を蹂躙し、ロンバルシアを壊滅させた。英雄によって魔界の軍が打ち破られた後、生き残った少数が、ロンバルシア各地に住み着いたそうだ。


 俺がいるバルデンツ大陸では今でも、北に見える大きな山脈に魔物が住み着いているらしい。『魔物を見てみたい』俺の中に生まれた小さな衝動は息をするごとに増長していき、いつしか耐えがたい物へと変貌していた。父さんの言葉では抑えられない程に。俺は森に向かって走り出した。



 後先のことなど何も考えずに村を駆け抜け森へ入る。息を殺して父さん達を探した。あまり遠くには行っていないはずだ。下を見ると、二人の走った足跡が残っている事に気付いた。それに沿って森の奥へと足を進めて行くと父さんの声が聞こえてきた。


 俺は少し離れた草むらから、二人の話を盗み聞く事にした。


「これか。間違えねえな、こいつぁは魔物の足跡だ。かなり大きい個体だな」


「ええ、この人間の手と同じような形をした足跡、私が北壁山脈で見た大黒ヒヒと同じ足跡です」


「大黒ヒヒ........。まずいな、奴らはとんでもなく凶暴だ。倒すのには苦労するぞ」


 大きなヒヒの魔物。俺は大黒ヒヒを見てみたくてたまらなかった。


 耳を研ぎ澄まし二人の話を聞いていたその時、俺の肩に何かが落ちた。見ると半透明のねばついた液体が肩から垂れ落ちていた。とてつもなく臭く、触ると生ぬるい。


 すると再びそれが落ちてきて、今度は俺の頭に垂れた。


 その時、ようやく俺は自分の置かれている状況に気が付いた。上からカカカカッと言う不気味な声が聞こえる。俺は恐る恐る上を見上げた。奴は黄色い瞳で俺を見つめて、醜く鋭い歯をむき出しにしていた。奴が呼吸するたびに、その黒い体毛が波打ち、奴の顔の傷がミシミシと音を立てた。


「かっ..........ぐぁ.....ふっ..........」恐怖で声が出なかった。代わりに俺の体はガタガタと震えだし、全身が鼓動する。『逃げないと』そう思う程、俺の体は岩の様に固くなっていく。


 奴は左手を振り上げて、勢いよく俺を叩き飛ばした。全身に重い衝撃が走る。体中の骨の砕ける音が聞こえた。俺の体は高速で宙を飛び、太い木にぶつかって止まった。脳が揺れ、視界がぼやける。身体の感覚が無くなったが、遠くからこちらを見つめる奴の黄色い瞳だけはよく見えた。


 黄色い瞳が近づいて来る。だんだんと鮮明味を帯びる黒い体。瞬きをした頃には、大きく開いた奴の口が目の前に迫っていた。ギラリと光る醜い牙を見て、俺は死を覚悟し瞼を強く閉じた。


 肉が押し潰されるような鈍い音が聞こえた。微かに生暖かい感覚がある。俺は食い殺されたのか。


 瞳を開けると、大黒ヒヒは地に這いつくばっていた。そして奴の背中には大きな剣を振り下ろした父さんが立っていた。微かに父さんの声が聞こえる。


「俺の大事な息子に何してやがる」


 父さんは奴の背中から降りて、俺に駆け寄った。


「もう大丈夫だぞ、安心しろ、エド」


 父さんの声を聴いて、俺は意識を失った。



 現実か、それとも幻か。俺は森の中を歩いていた。光に向かって進むと、そこには大きな光の球と三つの人影。三人の目が一斉にこちらを向くと、俺の視界は光に包まれた。



 あまりの眩しさで目の奥がズキズキ痛む。


 しかし、その痛みもいずれは引き、代わりに見覚えのある天井が視界に広がった。起き上がろうとするとすると全身が痛み、力が抜けて再び布団に倒れ込んでしまった。


 今度はゆっくりと慎重に上体を起こしてみる。相変わらず体中の骨と筋肉が悲鳴を上げたが、今度は起き上がることが出来た。俺は自分の寝室にいた。


 一息ついたその時、部屋の扉が開いた。入って来たのはウナイのおっちゃんだった。おっちゃんは俺の顔を見て血相を変え、俺に駆け寄った。


「ああ、良かった、本当に良かった。ヘルマンっ、エドワードが起きたぞ!」


 向こうから騒がしい音が聞こえ、扉から父さんが顔を出す。父さんは顔をしわくちゃにして俺に抱き着いた。そしてすすり泣くように言う。


「エドっ、心配したんだぞ、お前が死んじまったかと思って。本当に無事で良かった」


 肩が湿る。


「父さん、痛いよ」


「す、すまない、まだ体が痛むんだな」


 父さんは離れて俺を見つめ、そして鋭い口調で言う。


「エド、付いて来るなと言ったよな」


「ごめんなさい.......」


「本当に心配したんだぞ、死んでしまったらどうするんだ。俺の言うことを聞けとは言わない。だが、自分の身をもっと大切にしろ。あんな危険な事、二度とするな」


 コクリと頷く俺の頭を親父は優しくさすりながら言う。


「とにかく、お前が生きていて本当に良かった」

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