EP1 . キャラバンの石
六年後
「えいっ、やあっ、とうっ」
「ガハハハッそんな剣の振り方じゃネズミも倒せないぞ」
そう言うと父さんは、いとも簡単に俺の木刀を振り払い、俺の腹に重い一撃を食らわせた。大きな青空が視界に広がる。この光景を何度見てきたことか。次の瞬間、背中に衝撃が走り、起き上がると俺は父さんから大人三人分くらい離れた所にいた。内臓が痛むのを我慢して立ち上がると、俺は再び木刀を手に取り、父さんに斬りかかった。が、結果は同じ。何度やっても俺の視界に広がるのは大きな青空だ。
「痛ったぁ、ちょっとは手加減してよ父さん!」
「手加減はしてるぞ。エド、お前が弱すぎるんだ」
体中が痛むが、悔しくて諦めがつかない。
「父さん、もう一本!」
俺が再び木刀を構えたその時、聞き馴染みのある声が庭に鳴り響いた。
「そこまでっ」門の前にウナイのおっちゃんが立っていた。
「二人とも剣を置け、朝の稽古はそこまでだ。今日は都からキャラバンが来るんだ。泥だらけでは顔が立たんだろう」
木刀を下ろして父さんが言う。
「エド、着替えて泥を落としてこい」
俺は悔しい気持ちを押し殺して家の中へ戻った。
濡らしたタオルで体を拭きながら窓の外へ目をやると、何やら父さんは叱られていた。少しして帰って来た父さんに尋ねる。
「ウナイのおっちゃんに何て言われたの?」
「もっと手加減しろ、だとよ。ウナイの奴はお前が大怪我しないかって心配してるんだ。だがな、俺にはわかるぞエド。お前には剣の才能がある」父さんはしゃがんで俺の頭を優しくさすった。
「お前はいつか必ず俺より強くなる。その時ウナイに心配されるのは俺の方だろうな、ガハハハッ」
俺の頭を触る父さんの手の平は岩のように固いけれど、俺はそんな父さんの手が大好きだった。
朝食を食べた後、俺と父さんはいつもよりちょっぴり小綺麗な服を着て家を出た。
道を進むにつれて騒ぎ声が大きくなっていく。村の中心の広場に着いた頃、人々の興奮は最高潮に達した。広場には様々な売店が軒を連ね、見たことの無い品物がずらりと並んでいた。俺の目には全てが輝いて見えた。商人と話していたウナイのおっちゃんが俺達に気が付いて駆け寄って来る。
「おーい、ヘルマーン。待ってたぞ、遅かったじゃないか」
父さんは俺の方を向いて言った。
「ごめんなエド、俺は今から仕事があるんだ、悪いがここからは一人で回ってくれ」
父さんは村で色々な仕事をしている。忙しいのは仕方がない。俺は小さく頷いた。父さんは俺の頭をさすっておっちゃんの方へと歩いて行った。俺は一人、誘惑の世界へと足を踏み入れた。
見渡す限り知らない物だらけ。村の皆の目がいつもより輝いて見える。
まず目に付いたのは美しい絨毯だ。色とりどりの糸で編まれた綺麗な絨毯が何枚も連なって層の様に紐に掛けられている。その絨毯を一枚一枚捲って奥へと進んで行くと、今度は花の様な良い香りがしてきた。見ると村の女達が大勢その店の前に集まっている。どうやら香水と言う物を売っているらしい。
俺は先へと進んだ。今度は男達が大勢群がる店があった。気になって覗いてみたが、人が多すぎてよく見えない。すると男の一人が「お前にはまだ早い」と言って、俺を遠くへ追いやった。訳も分からず進路を変える俺。色々な物に目を囚われながら歩いて行くと目の前に大きなテント小屋が現れた。
人気の無いその店の前には”トナーリなんとか・ラーナなんとか”と書かれた看板が立て掛けられていた。俺は不思議とその店に引き寄せられて、中へと足を踏み入れていた。
中は薄暗い。透明で大小様々な石がロウソクの火でキラキラと輝き、揺らめく虹色の光が天井に映し出される。どの石も中を覗き込むと、微かな虹色が水に垂らした絵の具の様に揺らめいていた。
自分の背丈ほどある大きな石に魅了され、俺がそれに触れようとした時、店の裏から大きな声がした。
「それに触っちゃダメだ!」
ギリギリのところで手を止める俺。見ると褐色の肌をした男が血相を変えてこちらを睨んでいた。男は一息ついて言う。
「君は今、死んでしまっていたかもしれないよ。その石はとても美しいが、同時にとても危険な石でもあるんだ。ほら、ここを見てみて」
男が指さす方を見てみると何やら紙に赤文字が書かれていた。
「”危険、決して触れるな”と書かれているだろう。この張り紙だけじゃない、店のいたるところに同じ紙が張られている」
「このお店とっても暗いし、それに俺、難しい文字は読めないよ」
男は一瞬驚き、すぐに頭を抱え込んだ。
「私の落ち度だ、許してくれ坊や。けれど、君の様な子供が一人でキャラバンの商店を出歩くのはあまり良くない。お店の中にはとても小さい子には見せられ.........まあいい、お父さんやお母さんはどこにいるんだい?」
「お母さんはいないよ」
男はまたしても一瞬驚いて半歩退いた。男の顔に石の反射光が当たると、彼の黒い瞳と右目あるに大きな傷痕が見えた。
「父さんなら今仕事をしているよ。だから一人で商店を回っていたんだ」
「そ、そうなのか」
「ねえねえお兄さん、ここにある石はどんな使い方をするの?」
「むやみに石を触らないと約束するなら教えてあげよう。いいね?」
俺は満面の笑みで大きく頷いた。
「この石はね、ラーナ石と言うんだ。ラーナ石は北壁山脈を超えた先、雪に覆われた国”ラグナル王国”の中央に連なるコッド・ラーナ山地でしか採掘されない貴重な石で、魔力を貯めておく容器としての役割を果たすんだ。貯められる魔力量は石の質や大きさによって異なる。さっき坊やが触ろうとしていた石はかなり大きいから、君くらいの子供だと魔力だけでなく生気まで吸い尽くされて最悪死んでしまう事もあるんだ」
男の話に俺は聞き入っていた。
「ラーナ石は、またの名を百曜石と言う。その名の語源は、石の持ち主により全く異なる色を発す事にあり、その色は持ち主の内面を表していると言われているんだよ」
「お兄さんのラーナ石はどんな色をしているの?」
そう聞くと、男はおもむろに首に掛かった小さなラーナ石を外し、俺の前にそれをかざした。男の石は深い赤色をしていた。その色に目を囚われていると男が言う。
「君も自分の色を確かめてみるかい?小さな石なら君でも大丈夫だろう」
男は棚の上に乱雑に置かれた小汚い石の一つを俺に渡して言う。
「石を握っている方の手に全身の血を集めるようなイメージをしてみてごらん。そうすれば君の魔力が石に込められる」
右手に意識を集中させると徐々に拳が熱くなるのを感じた。それは今までに感じたことの無い心地良い感覚だった。
次の瞬間、俺の視界は突如、甲高い轟音と共に白い光に包まれた。テント小屋の中が強く照らされ、そのあまりの眩しさに目を閉じる俺。
少しして瞼を開くと、握っていたラーナ石は跡形もなく砕け散り、周囲の石も瓦礫の山と化していた。男は目を庇っていた腕を下げてこちらを見ると、目を丸くして声を張り上げた。
「なっ、なんなんだ今の光はっ。そんな、ありえないっ、君がやったのか」
俺はどうする事も出来ずにその場に立ち尽くした。
「これだけのラーナ石を砕き割る程の魔力を持っているだと..........。君っ、名前は何て言うんだい?」
「エドワード、エドワード・リュトビィッツ」
「エドワード・リュトビィッツ.......か.............」男は視線を下げた。
「ごめんなさい、壊してしまった石の分は必ず弁償します」
そう言って頭を下げようとする俺を止めて男は言う。
「いやいや、良いんだ、君に非は無いよ。こうなったのは全て私の責任だ。それより怪我は無いかい?........大丈夫そうだね」
安堵の顔をした男は忙しなく店の裏に行き、戻って来た彼は小さなラーナ石を握っていた。
「これを君にあげよう。この石はこの店で一番、いや、ロンバルシアで一番高価なラーナ石だ。小さな石だが、その身には無限の魔力を宿し、その輝きは太陽にも勝る。これは君が持っているに相応しい。きっとこれからの人生で君を助けてくれるだろう」
「どうして、それを俺にくれるの?」
男は小さく笑い言う。
「商人の勘ってやつさ。理由なんてどうだって良い、その代わり君が将来大物になったら、私に力を貸して欲しい」アサドは透明なそのラーナ石を俺の首にそっと掛けた。
「大きくなって魔力を操れるようになるまでは、この石に魔力を込めてはいけないよ。そうだ、名乗り遅れたね、私の名前はアサドだ。トナーリ商会のアサド。都でラーナ石を売っている。君とここで出会えた事をとても嬉しく思う。いつの日か再び君に出会えることを心待ちにしているよ。さあ、もう日が暮れてきた。お家へお帰り」
店の前で手を振ってアサドに別れを告げる俺に、彼は微笑み返した。
その日の晩、俺は夕食を食べながらキャラバンの商店での出来事を事細かに父さんに話した。
「でさあ、そのアサドって人がこれをくれたんだ」
俺が首に掛けたラーナ石を見て、父さんは言う。
「こりゃあ、とんでもなく良質なラーナ石だぞ。アサドと言う男は、それ程までに.......」
「でもさあ、まだ魔力を込めちゃいけないんだって。俺死んじゃうかもしれないから」
「エド、お前は将来、他人より多くの経験をするだろう。きっと辛い事も沢山ある。でもなあエド、お前は強い。どんな事があっても絶対に乗り越えられる。心の声を信じるんだ」
父さんは拳で自分の胸をドンと叩いて見せた。
「急にどうしたの父さん、それに心の声って何?」
「いずれわかる。ほら、シチューが冷めるてしまうから、話してばかりいないで早く食べなさい」
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