3話 不穏
(ふう……)
私、結乃視孤は、本日何度目かのため息を心のなかでつく。
だって……目の前には、長年憧れていた主様の姿があるんだもん。
艶のある、ちょっぴり長めな黒髪。長いまつげに、切れ長の目。そこから覗く、美しいひとみ。スラッとした手足に、私より30cmくらい高い背丈。そして何より、時を止めることができる特別なチカラ。
これらすべてが、私の心を鷲掴みにする。
……あぁ、主様!!! 長年探し続けていた主様!!
初めて主様を見たときの興奮は……一生忘れられない。
時が止まったときの、あの心臓のバクバク。周りを見渡した途端に見つけた、あの姿。振り向くときの仕草。
全部この目に焼き付いてる。
こんな私の問いかけにも答えてくれた、主様。
先程の一瞬を振り返っては口元が緩んじゃう。
慌てて真面目な表情に戻してクッションを集める。
「そっちは集め終わったか?」
「勿論です、主様!」
はわ……! 主様から、お声がけ頂いちゃった!!?
そんな事実に心を躍らせつつ主様の元へ向かう。
「だいぶ集まったな……じゃあ、この男性の下にまんべんなく敷き詰めてくれるか?」
「御意!!」
主様からの御言葉……!
あぁ、こうやって主様のもとで仕えられたらどんなに嬉しいだろう。
きっと嬉しさで飛び回っちゃう。
絶対、主様に仕えたい。どんなに時間がかかってもいい。主様に、この身を捧げるんだ。
そんな事を考えながら、私は主様の元へ向かった。
***
この子……結乃さんといったか。よく働くな……
にしても……やっぱり俺の先祖の話は気になるな。時代劇でもあるまいし、実際にそんなものがあるはずもない。
まぁ、『日常』とオサラバできるなら悪い気はしないが。
っと、もう敷き詰め終わったのか。早いな。
「時間、解除するぞ?」
「はい!」
同意も得たことだし、さっさと解除してしまおう。
で、その後詳しく聞いてみるか……
***
「きゃあああああああ!!!!!!!」
時を進めた瞬間に耳に届く、数々の叫び声。
だが、彼らが予想した未来とは違う結末になっているはずだ。
じゃなきゃ、俺らが苦労した意味がなくなる。
ヒュ───────ッ……
ボスン!!!!!!
「……え?」
先程までの叫び声とは打って変わり、今度は疑問の声が上がる。
「……あれ? 俺……生きてる……? なんで……飛び降りて……死ぬはずだろ……?」
まさか本人も驚くとはな。ま、当たり前か。
「主様、いかが致しますか?」
「そうだな……バレたらめんどくさいし、あそこのカフェにでも入るか」
「分かりました」
***
「主様、なにか……お話があるのでしょう?」
カフェへ入り席につくなりそう言われた。
俺の心中は察されていたのか。
「あぁ。いきなり言われて、なかなか整理ができなくてな。もう一度しっかり話を聞いておきたいんだ」
「わかりました」
尋ねるとなんの躊躇もなく開示してくれた。
好きな食べ物から嫌いな食べ物、アレルギーや興味のある職業まで。
そこまでは求めていなかったが、本人がいいのなら大丈夫なのだろう。
とりあえずそれらの情報は抜きにしてわかったことは以下の通りだ。
結乃視孤:12歳の中学1年生女子。神野家に仕えていた結乃の直系の子孫。
時間が止まった空間を認識することができ、《神通力》を扱える。
1度も成功しなかったが、《降霊術》も使用可能。
……ちょっと待て。成功したことないけど使用可能? しかも《降霊術》?? 面白そうだが不安要素しかないな。
「《降霊術》ってなんだ?」
「えっと、よくわからな──」
〘それについては私が説明しよう〙
!? いきなり頭の中に声が響く。
混乱し結乃さんを確認すると……
力がすっかり抜けてしまったように首が項垂れていた。
「お、おい!! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
「うっ……あまり揺するな……久しぶりすぎて何がなんだかわからん……」
「は?」
うぅ、だの、光が眩しいぞ、だのボヤきながら首を上げる結乃さん。だが、その顔つきは先程までのものとは大幅に変わっていた。
優しい眼差しはキリッとしており、挑戦的な表情をしている。
「やぁ、少年。私は神野迅。君の先祖だ。よろしくな!」
「ええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!????」
まさかの先祖登場で驚く。顔だけでなく声もいくらか低くなっているようだ。
二重人格か何かと思った途端、再び頭に声が響く。
〘うーん……はっ! 主様!!? って、あれ? 私、今どうなってるんでしょう?〙
「やぁ少女。私は神野迅。神野家の当主だ。といっても、数十代前だがな!」
ハッハッハと陽気に笑う俺の先祖。こんなので大丈夫だったのか……
〘ええええええええぇぇぇぇぇ!!!!!???? む、昔の主様!? が、私の……え!?〙
「まぁまぁ、取り敢えず落ち着き給え。私が君の体に憑依しただけだ。君に《降霊術》の素質があってよかったよ。今まで君の要望に応えなかったのは面倒くさかっただけだ。安心するといい」
結乃さんは驚き呆れてしまったのか、一言も喋らない。
「そういえば少年――時樹といったか。《降霊術》や《時を止める能力》について知りたがっていたな。私が直々に教えてやろう。かつて神野一の実力者と言われた私がな!」
そう語られた内容は、こんなフザけた様子からは想像もできないほど摩訶不思議で詳細だったが、わかりやすく説明してくれたおかげですんなりと理解できた。
しかもこのヒト、本当にすごいみたいだ。俺は全ての時間を止めるので精一杯だったが、なんとこの人、「自分が指定したモノだけ」時を止めることが可能なんだそうだ。逆だと思うかもしれないが、事実だ。例えるなら、箸そのものを使うことはできるが、トマトやゆで卵など、一部のものはつまめないといった感じか。
やり方を教えてもらったが俺には真似できなかった。流石は神野一の実力者だ。
「どうだい、少年少女よ。この能力は奥が深いだろう? これからはよほどのことがない限り少女の中にいよう。お望みとあらば、すぐに憑依してやる」
そう言い放って、俺の先祖は――憑依を解除した。
「なんだか、嵐みたいな人だったな」
「そうですね……」
少し余韻に浸ったあと、俺たちは今後の活動について話し合ったのだった。
***
そこに、ある男はいた。
血色の悪い顔をしていて、血走ったその目で周囲を睨みつけていた。
……誰かに、酷い恨みがあるような目つきで。
そんな彼に、思いもよらない情報が耳に入る。
「少年よ、君は指定したモノの時を止められるか? 例えば……このペンを空中に投げたとするだろう? 普通は落ちるはずだ。君が時を止めても、このペンだけを静止させることはできない。これはペンだけじゃない。ここら一帯の酸素の動きを止めることも可能だ。これはそういうチカラだからな」
(時を止める……狙った対象だけ……? しかも、酸素だけを止めるだと……?)
その、とても現実的ではない、作り話のような話は、彼の後ろの席から聞こえるようだった。周りにバレないように後ろを盗み見る男。そこには小学生くらいの女と高校生くらいの男がいた。
彼らは話に夢中になっており、よもやその話が漏れているとは思っていないようだ。
(これだ……このチカラがあれば、オレはアイツを──!!)
男はそう考え、知らず知らずのうちに嗤っていた。
そのカオは狂気に満ち溢れており、見るものに恐怖を覚えさせた……