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第五章

挿絵(By みてみん) 

「芽衣。夕ご飯できたから、おばあちゃんも呼んできて」

 芽衣はちょっと嫌な顔をした。

 夕方、川上と話をしてからもずっと芽衣はキヨのことを考えていた。それでも芽衣はキヨとはやはりあまり顔を合わせたくなかったが、無視することもできずに芽衣は渋々キヨを呼びに行った。

「おばあちゃん、ご飯だって」

 返事がないから仕方なく、芽衣は少しだけ襖を開いて部屋の中をのぞいてみたが、キヨの姿は見えなかった。

「おばあちゃん、部屋にいないよ」

 食事を並べていた栄子にそう言うと、栄子は手をとめて振り返った。

「そんなわけないじゃない。つい、さっきまでいたのよ」

「だっていないものはいないもん」

 そう言いながら、芽衣は唐揚げをつまんで口にいれた。

「芽衣、つまみ食いしないでよ。変ね、トイレかしら」

 ふらりと台所に入ってきた弘樹が言った。

「トイレなら、今まで俺が入ってたけど。」

 栄子は不安そうな顔を弘樹に向けた。

「弘樹、おばあちゃん、知らない?」

「いないの? じゃあ、さっきのはもしかしてばあちゃんだったのかな」

「さっきのって?」

「さっき、トイレの前を誰かが通った気がしたんだよ」

 芽衣の家のトイレは玄関のすぐ横にある。

 トイレの前を通ったのなら外に行ったのだろう。眉間に皺を寄せた栄子を見て、弘樹はあわてて付け足した。

「でも、玄関が開く音なんてしなかった、と思ったんだけどな。」

 弘樹が言い終わらないうちに、栄子は玄関にとんでいった。芽衣と弘樹は顔を見合わせて、後に続いた。玄関で栄子は靴箱をのぞきこんでいる。

「おかあさん、何してるの? そんなところに隠れてるわけないじゃない。」

「ふざけないで。おばあちゃんのお気に入りの草履がないの。ちょっと探してくる」

「大げさだよ。すぐに帰ってくるって」

 弘樹がそう言ったが、栄子はサンダルをひっかけて出ていってしまった。

 芽衣は、何もこっそり出ていかなくても行先くらい言えばいいのにと、心の中で呟いた。おなかがすいているから余計に腹が立つ。

「芽衣、ご飯の準備しろよ。腹減ったから先に食っちゃおう」

「お兄ちゃんがやればいいじゃない」

 芽衣はむすっとしたが、弘樹は涼しい顔で言った。

「なんだよ。いい嫁さんになれないぞ」

「ふん。お兄ちゃんに言われたくないわ。男女差別しないでよ」

「男女差別じゃない。年功序列だよ」

 結局、弘樹に言いくるめられた芽衣が食事の支度をして、二人で食べることにしたのだが、栄子はなかなか帰ってこない。

 食事を終わる頃になって、ようやく青い顔をした栄子が帰ってきた。

「おばあちゃん、帰ってきた?」

「まだ帰ってないよ」

 そのとき、ガチャガチャと玄関のドアノブを回す音がした。栄子が慌てて玄関に飛んで行った。

 芽衣も弘樹もお互いに知らん顔をしながらも内心では心配していたから、ほっとしたのもつかの間、台所に現れたのは父だった。

「なんだ。お父さんか」

 芽衣の言葉に、父は仏頂面をした。

「なんだとは、なんだ」

「ばあちゃんがいないんだよ。」

 弘樹の言葉に、父が振り返って栄子を見た。

「いないって……。どこ行ったんだ」

 答えることもできずに、栄子はおろおろしている。

「家出でもしたんじゃない。」

「芽衣、馬鹿なこと言わないで」

 本気で怒っているらしい栄子の顔を見て、芽衣はうんざりした。

「私、お風呂入ってこようっと」

 湯船に浸かって、芽衣はため息をついた。

(まだ八時じゃん。大の大人が帰らないからって大騒ぎすることないのに)

 いくら歳をとっているっていっても子供じゃないんだからと、芽衣は自分に言い聞かせる。大騒ぎすると、本当によくないことが起こる気がして怖いから、何事もないように振る舞っていたい。

 人は誰でも歳をとる。

 歳を取れば衰えることだって、認知症が脳の病気で仕方がないことだって、芽衣はちゃんと知っている。でも頭で理解できても、芽衣は今のキヨのありのままを受け入れることができない。

 一緒に過ごすことは嫌だからデイサービスに行ってくれればほっとする。それでもこのままキヨがずっと帰ってこないなんてことは考えたくなかった。

 考えれば不安になってしまう。不安に押しつぶされそうで怖くなる。

 そんな思いを振り払うように、ザブンと大きな音を立てて、芽衣は湯船に体を沈めた。


 九時を過ぎても、キヨは帰ってこなかった。

 両親は暗い顔をして、警察に連絡しようかと相談していた。重たい沈黙に耐えられなくて自分の部屋に戻った芽衣だったが、落ち着かない。

(このまま、おばあちゃんが帰ってこなかったらどうしよう)

 考えると、胸が締め付けられて、息が苦しくなる。

 じっとしていられなくて、芽衣は幼い頃のアルバムをめくった。

 芽衣の隣にはいつもキヨがいた。

 友達と喧嘩したときも、ガキ大将に意地悪されたときも、けがや病気をしたときもキヨが傍にいたことを芽衣は今更ながらに思い返していた。

 いつの間にかうとうとして、芽衣は夢を見ていた。

 夢の中で芽衣は見覚えのある風景にいた。

 キヨと芽衣が「アジサイの迷路」と呼んでいた近所の公園だった。

 公園と言っても、敷地は狭く外からでも全体が見渡せるほどの小さな公園だった。公園は低い丘のようになっていて、全体にアジサイの低木が生えているだけだった。それでも、細い道を描くように植えられたアジサイが迷路みたいだったから、かくれんぼや鬼ごっこをするのには絶好の場所で、子供がよく集まる公園だった。

 芽衣が小さい頃は、キヨと一緒にこの公園を散歩した。

 梅雨時、公園の中央にある簡素な東屋に座ると、公園いっぱいに咲いたアジサイを見渡すことができるから、芽衣とキヨのお気に入りの場所だった。

 夢の中で、芽衣はアジサイの小路をひとりで歩いていていた。その道の先にある東屋でキヨが芽衣に手を振っている。

 まどろみの中で歩きながら、芽衣は川上の声を聞いた気がした。


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