屈辱のぼろ負け【先攻戦】⑤
パス受け取り回数
勇士8回
隼平6回
須藤先輩 6回
俺 陽斗 3回
昊 4回
卓也 2回
晃平 2回
2周✕3点=6点
吹山高校
カット✕3回=3点
タイムの3分間はあっという間に過ぎた。
皆黙々と水筒やペットボトルから水分補給をする。
特に今後の作戦を練ることもない。
顧問は形式上なだけで、経験者でもないしな。
まあ、ニュースポーツなので経験者を探すのも不可能だろう。
とりあえず水分補給だけ済ませて、コートに戻る。
ボールは晃平が持っている。
選手はタイム前の場所からスタートだ。
なので、晃平は2番のガードを振り切った状態でスタートする。
晃平は素早く昊へとパスを出す。
そこだけは、タイムの時間に決めていた作戦だ。
2番のブロッカーが追いついてしまうと、もうパスは出せないだろう。
すぐにパスを出したことで、昊に無事に届けられる。
ところが……なんということだろう。
晃平へのディフェンスはそのまま2番ゼッケンが継続しているが、3番と4番と5番ゼッケンのブロッカー3人が昊についた。
昊は前方、右側、左側、後方とカードされ、動きたくても動けない。
体力を既に削られているのか、動きにもキレがない。
昊も焦っているようだ。
ドリブルで抜け出したいが3人に囲まれて抜け出せない。
「パスくれー」
勇士の声がする。
ちょうどその時、昊のディフェンスに隙間ができた。
5番ゼッケンの坊主の選手のディフェンスが手薄になったのだ。
少し足をもつれされてしまったようだ。
このチャンスを見逃すような昊ではない。
急いで、ドリブルで手薄になった後方へと抜け出した。
ドターン、コロコロ
派手な音がコート中に響いた。
昊が転んだんだ。
相手チームのディフェンスの僅かな隙は、後方の一本道だけだった。
その唯一の一本道に向かって、昊はディフェンスを抜けようとした。
そんな抜けた先にあったのは、脚だった。
……それもノッポの1番の。
「反則だ!」
須藤先輩が審判に向かって叫ぶ。
「なにするんだっ」
転んだ昊も歯をむき出して怒鳴る。
「そうだ、そうだ」
と、俺も便乗しておく。
ギャラリーでは、俺の時と違いクスクス笑いは無いものの小さなどよめきが起こる。
ピー、ホイッスルが鳴り響く。
「協議します」
バスケ部の顧問の先生が右手を上げた。
試合は一時休戦し、意図せずまた、水分補給の時間ができた。
「一体、スポーツを何だと思ってる。わざと脚を出して転ばせるなんて。退場だ、そんな選手」
須藤先輩が珍しく声を荒げている。
いつも、俺達のことを後ろから見守ってくれるお兄さんって感じだったのだが、今は1歳の齢の差を感じさせない。
まるで同級生みたいだ。
無性に距離が近く感じる。
「最低なやつらめっ」
昊はまるで虎のように獰猛な目で、相手チームを睨んでいる。
こちらも年下には見えない。
むしろ、チームのリードをしてもらってる分、先輩のように感じる。
まるであべこべだ。
勇士と隼平はというと、なぜか苦虫を噛みつぶしたような顔をして、お互いに顔を見合わせている。
「厳しいな……」
聡士がポツリと呟いた。
「どうい……」
「試合再開します」
時同じくして、協議が終わったらしい。
『どういう意味なんだ?』
と聞こうとしていた俺は途中で遮られる形となってしまった。
「協議の結果、飛賀高校の選手の転倒により、ボールが場外に出てしまったので、その転倒場所から再度試合再開します。ボールは飛賀高校からです」
とりゃ、当然だ。
俺はウンウンと頷く。
その先が、重要なんだ。
さっさとノッポを退場させろっ、と心の中で悪態をつく。
「尚、吹山高校の過失は認められませんでした。転倒は一方的に転んだと見做します。また佐俣選手も故意ではなかったと見做し、飛賀高校へ厳重注意と致します」
な、なんだとー???
俺は目をひん剥いて審判、もとい保井先生を見つめる。
そんな俺の視線に気付いたのか保井先生は俺の目を見ながら、全体に聞こえるよう大きな声で言った。
「佐久間、よく聞きなさい。1番の選手は佐俣がドリブルをしてから、脚を出したんじゃないんだよ。先に脚を出してたんだ。脚を出した後に、ディフェンスが崩れたんだ。そこへドリブルで佐俣がぶつかっていったんだ」
は?
どういう意味が理解が追いつかない。
つまり、どういうことなんだ?
パニックになっている俺の肩に手が置かれた。
振り返ると隼平がいた。
バツが悪そうな顔をして隼平が俺に囁いた。
「はめられちゃったね」
「え?」
「つまり、先に一番が脚を出したんだ。それから、ディフェンスが崩れたのもわざとだね。わざと崩して、そこから抜けるように仕向けたんだ。昊からみて後方だったんで、昊は1番の選手の奇妙な行動に気付いていなかった。敵は昊が唯一の一本道を選ぶと確信していたんだよ」
「何だよ、それ?」
冷静に現在の状況を分析できない俺は隼平に詰め寄る。
「下手したら昊がペナルティーを受けたかもしれないってことだ」
ともう片方の肩に手が置かれる。
勇士だ。
右肩には隼平、左側には勇士の手が置かれ、必死に頭を回転させる。
つまり、こういうことか。
敵の目的は昊の転倒だった。
そのために、3人のディフェンスをつけ、昊を動けなくした。
3人のディフェンスをつけられた昊は焦るだろう。
そんな時に僅かな希望の光のような、道筋が見えたら、その光りの道を選択するだろう。
それがディフェンスの崩れだった。
その崩れさえも、相手のチームの計算だったと知らずに。
結果、昊が相手の選手に一方的にぶつかりに行ったという体になってしまった。
「何だよ、それ」
やっと理解できた俺は、もう一度、同じ言葉を発す。
ただ、先程の『何だよ、それ?』とは意味合いが全く違う。
先程は、審判の判断に納得できずに、隼平から説明を聞いても、意味不明な結果に対してのその言葉だった。
でも今回は全く違う。
今回は、『何だよ〈その戦略は?〉それ〈はありなのか……〉』
鬼畜な戦略に俺はただ、そう言うしか他なかった。
勇士や隼平、聡士はそのことに気付いていたのか……
だからこそ聡士が『厳しいな……』と言ったのか。
俺はやっと合点がいった。
ホイッスルが鳴り響き、ボールは昊からスタートする。
昊にはノッポも増え、4人のディフェンスがついた。
昊の表情にも一切の余裕がなくなり、目は血走っている。
まるで飢えた獣のようだ。
けれど、4人のディフェンスに隙は全くなかった。
ディフェンスに追い詰められ、とうとう昊はドリブルで抜けるのを諦めたように見えた。
一人プレーを諦めて、パスにシフトチェンジするようだ。
辺りを見回して、パスができるか確認している。
2番のブロッカーにマークされてる晃平以外は全員フリーだ。
なんてったって、全員昊のディフェンスをしているのだから。
俺達は全員、いつパス飛んできてもキャッチできるように体制を整える。
俺と昊の目が合う。
昊は俺に向けてジャンプパスをしようとした……が昊の手を離れたボールは俺に届くことはなかった。
ぱーーーん
ボールが叩き落とされる。
ジャンプパスで昊の手を離れたボールはノッポによって、叩き落されてしまったからだ。
敵チームのカットが成立してしまった。
「くっっ」
昊がうめき声を上げる。
肩で息をしながら、両手を膝に置いて下を向いている。
汗が一滴、顔を伝ってコートに落ちた。
傍からみた俺でさえ、相当辛そうに見えた。
ボールは昊に戻される。
カット後なのでブロッカーは昊から2m離れなくてはならない。
「晃平!」
勇士が晃平を手招きする。
晃平を昊の近くに呼び寄せ、確実に晃平へとパスを送る計算だ。晃平が常にマークされているので、パスカット後のこのタイミングでしか、パスをするチャンスはなかった。
昊の1m手前には、晃平。
昊から2m離れ、晃平から1m離れた場所に敵のブロッカーたちは陣取っている。
脅威なのは、そのブロッカーの中にネズミがいることだ。ネズミのジャンプ力は侮れない。
どうするのか?
と俺は考える。
一度やった作戦が二度も通用するとは思えなかった。
昊も同じように思ったのだろう。
「陽先輩、真田先輩も来てください」
昊が俺達に声をかけた。
なるほど……
上手く考えたなと舌を巻く。
今、昊の周囲1mには、俺と晃平と卓也がいる。
誰にボールをパスするのが、昊以外には分からない。
それは敵も同じだ。
先程までは、晃平にパスをする可能性しかなかった。
でも今は3人いることで、昊が誰にパスするのか分からない。
脅威のジャンプ力を誇るネズミとて、一匹しかいない。
3人の前にジャンプするのは、分身の術でも使わない限り不可能だろう。
昊はボールをグイッと掴む。
ボールを掴み念を込めているようだ。
イケメンが目を血走せている姿は、かなり怖い。
昊は晃平を見つめながらボールを投げた。
しかし、ボールは晃平ではなく俺の方に飛んできた。
身体も目線も晃平だったはず。
でも、ボールだけ俺の方に飛んでくる。
そのバスケ技術の高さに感嘆する。
俺は『絶対にキャッチしないと』と身構える。
しかし、俺の手に届く前に、ボールはスピンし曲がっていった。
そして卓也の元へ。
まさか自分の元に来るとは思ってもいなかったのだろう。
卓也は驚愕の表情をしつつ、慌てて受け取り、マークのついていない隼平へとパスを送る。
隼平は、3週目のパスを受け取っていない最後の一人である晃平へとパスをしようとする。
でも、出来なかった。
何故なら、昊についていたディフェンスが4人とも晃平の元へマーク対象を変更したからだ。
隼平は晃平へのパスを諦め、卓也にパスを返す。
卓也から俺へ。
俺から卓也へ。
卓也から俺へ。
ブロッカーが晃平に集中している今のうちに、パス回数が少ない、俺と卓也でパス回数を稼ぐ。
俺と卓也のパス受け取り回数が5回ずつになったところで、俺は晃平を見る。晃平は5人のディフェンスに囲まれ、姿もろくに見えない。
仕方ない。
俺から晃平へパスをするのは諦めよう。
こういう時の新エース、昊の出番だ。
昊なら何とかして晃平へボールという名のバトンを渡してくれることだろう。
俺は晃平を横目でみる。
さっきまでみたく、俺にくれくれ状態だろう。
ところが、俺の予想は大きく外れることになる。
昊は青ざめながら、汗を流し、首を横に振っていた。
すごく辛く、無念そうにみえる。
体力が限界に達したのか?
でも、それでも最後までやり遂げるのが試合だろう?
それに、あの表情……
体力だけの問題ではないように思える。
そういえば……左足がなんか変だ。少し引きずっているようにみえる。
俺はハッとする。
まさか、転んだときに脚を捻った……のか?
俺の予想は大方正解だったようだ。
昊は首を振った後、視線を自分の左足の足首にやった。
結局、俺は勇士にパスをする。
勇士はドリブルで、晃平の元へ向かう。
ディフェンスをかき分けて、晃平の元へたどり着いた。
しかしパスはできない。
晃平との距離が1mを切ってしまっていたからだ。
そんな勇士の元へ隼平が応援へと走る。
隼平がネズミを逆ディフェンスする。
釣られて須藤先輩がノッポを逆ディフェンスする。
そっか!
その手があった。
晃平が5人に囲まれて動けないなら、ディフェンスを剥がすしかないじゃないか。
なんで、こんな単純な答えにたどり着かなかったんだ。
昊は苦しい表情を浮かべながら、4番を逆ディフェンスする。
俺も急いで2番の選手の逆ディフェンスをする。
卓也は残った5番の選手の逆ディフェンスだ。
それによって、晃平と勇士がフリーになった。
「勇士いけぇー」
俺が叫ぶ。これが俺達が作れる最後のチャンスだ。
一周させて、あと3点リードが欲しい。
勇士はボールを投げようとした。
ピーーーーーー
無情にもホイッスルが鳴り響く。
前半戦の試合終了のホイッスルだ。
「マジか?」
「嘘だろ?」
「マジで?」
「へっ?」
「くそっ」
「うへっ」
「「……」」
皆口ぐちに叫ぶ。
無言なのは、勇士兄弟だ。
流石、兄弟というべきか。反応が同じである。
もう少しで3周目のパスが成立したのに……
期待していたがゆえに、絶望感が半端ない。
勇士は怒りでボールを誰もいないコートに投げつけた。
ボールは地面で強くバウンドして跳ね上がる。
俺たちはただ呆然とそのボールを見つめていた。




