屈辱のぼろ負け【先攻戦】②
真夏の体育館は暑い。窓から時折涼しい風が流れ込む。それが、癒やしの風になっている。
俺は、汗が一筋首を伝うのを感じた。
果たして、暑さゆえの汗なのか、焦りからくる冷や汗なのか、当人である自分にも分からなかった。
勇士は気を取り直したのか、辺りを見回している。
ちょうどその時、ディフェンスを振り切って、昊が飛び出してきた。
勇士の目が光った……かのように見えた。
このチャンスを逃すまいと勇士が昊にパスを送る。昊は颯爽とボールを受け取り、ドリブルでディフェンスを振り切ろうとする。
しかしながらディフェンスは、さらに上手なのか、引き離すことはできない。
まだ、パスを貰っていない晃平がディフェンスを振り切ろうとするが、きっちりディフェンスされた晃平は雁字搦めにされたように、全く動けない。ディフェンスは2番のゼッケンをつけた普通の身長の選手だった。ベリーショートの刈り上げヘアの2年生だ。
ディフェンスがとてつもなく巧い。
何故に2年だと断定できるかというと、保井先生曰く『今日の吹山高校の選抜メンバーは皆2年生ですって』という一言からだ。
一歩、動ける太っちょボーイの卓也はどうにかしてパスを貰おうと、ディフェンスを振り切ろうと目を左右に動かしている。
ディフェンスは、3番のゼッケンをつけた背の低い選手だ。
まだ中学生といわれても、騙されるくらい背が低い。
卓也も身長では俺達の中で一番低い。
それにも関わらず、敵の3番は更に低い。
定石では、低い選手に背の高い選手を付けると完全に完封できるはずだが、背の低い選手に、更に低い選手を充ててきた。
どんな戦略を立てているのか全く理解できない。
俺等のチームにとっては、それは相手の隙をつくいいチャンスのはずだった。
それなのに肝心の卓也は全くディフェンスから抜け出せない。前後左右に右往左往しているが、敵のちび選手がすばしっこくて、苦しんでいる。
『まるでネズミみたいだ』
俺は敵の3番の選手に畏怖の念を抱いた。
そうこうしているうちに、どうしようもなくなった昊が苦し紛れにパスを俺に出す。先輩、隼平、勇士もフリーだが、まだ一回しかパスを受け取っていない俺を選んだんだ。
でも、なんてことを!
俺をマークしているノッポの目の前にパスを出した。
焦りでトチ狂ったのか?
俺は目を見開く。
ところが更に驚く事が起こる。
ノッポは高い背丈をもろともせずに、腰を上手く捻らせてボールを避ける。
避けられたボールは俺の手の中にすっぽりと収まった。
驚きで自チームのメンバーの動きが停止したかのように思えた。実際に停止したんじゃなかろうか。
当事者の俺だけじゃない。
隼平や勇士でさえ、口をあんぐりとあけている。
きっと、他のメンバーもそうだろう。
何を考えてるんだ!ノッポの一番は!
俺はパニックで目眩にも似た感覚を覚えたのだった。
もしかしたら、ノッポはトーテンポールかもしれない。
昭和生まれの親から聞いたことがあるが、幼稚園や小学校で、卒業の年にトーテンポールを作って、卒業制作にしたらしい。小学校には未だに、自分たちの作ったトーテンポールが残っており、時折、小学校前を通りかかったときに、懐かしさと青臭かった頃を覚えるのだという。今で言う『アオハル』というやつだ。
それと同様、ノッポはまっすぐ空に向かって、立っているだけで動かないのではないだろうか?
それならば、俺が卓也にパスを回すしかない。
俺は片足を軸にして、卓也に向き直った。
途端トーテンポールは変貌する。
トーテンポールがいきなり猛スピードで動き出した。
さながら、○○レンジャー系の、変身するメカを彷彿とさせる。
『トーテンポールが振り子に変貌した』
某ゲームのナレーションのように、オレの心に響く。
いかん、こんな馬鹿馬鹿しいことを考えてる場合ではない。
俺は気持ちを切り替えて、パスを出そうとする。
しかし、卓也もディフェンスを振り払う事ができない。晃平も同じく。
今パスをだせそうなのは、須藤先輩、隼平、勇士だけだ。
だが、2人にパスしたところで得点には繋がらない。
時間は刻一刻と過ぎていく。
どうしたらいいんだ。
ボールを持つ手に汗が滲む。
残酷なことにいくら考えても、現実は変わらない。
俺は途方にくれてしまう。そこに、救いの救世主が現れる。
そう、ディフェンスをまたまた振り切った昊だ。
「先輩、下さ……」
昊の声が届くや否や、俺は無我夢中でパスを出していた。いや、昊が言い終えるより先に、俺の手は昊にボールというバトンを託していた。
バトンと受け取った昊がニヤッと笑う。
まだ、一年生だけだって、中学生らしい面影を感じた。
つい数ヶ月前まで、中学生だったのだから、当然っちゃ当然なのだが、中学生らしい笑みに、自分の焦りが溶かされていく。
やっと俺は、敵チームも含めて自分意外の周りをみる余裕ができてきた。
昊は受け取るや否や、すぐさまロングパスを出す。
一体どこにパスするのか?
そこには誰も味方はいないのでは?
慌てて、ボールの行き先を目で追う。
そんな杞憂はすぐに払拭される。
卓也の1メートル後ろ辺りに、隼平が立っていた。
さっきまで、反対側にいたのに、なんでスピードだ。
まるで瞬間移動したように感じられる。
これには敵チームのメンバーも度肝を抜かされたようだ。目を飛び出すばかりに見開いている。
卓也はこのチャンスを逃さず、慌てて回れ右をする。
これで、卓也と隼平は向かい合う形となった。
ボールは隼平から、卓也へと託された。
俺は無意識のうちにホッと息を吐く。
自分でも驚きだが、卓也にパスを渡せて安心したのだろう。
あと一人、晃平にパスが回れば、全員一回はパスを受け取ったことになり、3点加算されるんだ。
俺は、なんだか上手く行きそうな予感がして武者震いをした。
この後、世の中そんなに甘くはないことが証明されることを俺はまだ知らない。
卓也は隼平からパスを受け取るや否や、直に隼平にパスを戻そうとした。その為に、胸の前にボールを持ち上げる。
自分では、このすばしっこい3番のゼッケンのネズミの包囲網をくぐり抜けるのは不可能だと判断したのだろう。
賢明な判断だ。
自分の能力を過信せず、客観的に現在の状況を把握出来ている。
ところが衝撃的な事が起こる。
卓也の手から離れたボールが、隼平の前へ届く前に、その間にネズミが入り込んだ。そのボールは無惨にネズミに叩き落とされる。
パスとパスの間を1m空けるというルールがあざとなった。
ボールはまるでスローモーションのように床に落ちた。
ここで、カットした敵チームに1点が加算され、試合のタイムは一時停止し、ボールは卓也に戻される。
次のスタートは、敵チームはボールから2m離れたところからホイッスルで再開される。




