袂を分かつ時
隼平が突然現れたことで山岳部メンバーは一時騒然となった。けれど口々に『おはよう』と挨拶をする。俺に次いで、隼平まで現れたのだから、驚くのも無理はない。
隼平はその挨拶に片手を上げて笑顔で『おはよう〜』と応えながら、真っ直ぐに俺の元へ向かってきた。
「…おっ……おう……」
昨日の件もあり、俺は少しどもってしまった。真っ直ぐに隼平の顔をみれない。
対する隼平はそんなことはお構いなしという風に、つかつかと俺の元へやって来て先に用件を言った。もう隼平の表情には笑顔はなかった。
「陽斗、お前、ラ◯ンみたか?」
質問を投げる。表情はやや焦っているように見える。
挨拶もせずに本題からいうのだから何かあったのだろうか?
今朝は早くに家を出たのもあって、携帯の確認はしていなかった。俺は、隼平の切羽詰まった様子に、すぐに質問の答えを返す。
「えっ?まだやけど……」
言い終わるか言い終わらないかのうちに、隼平は表情を強張らせた。『見てねぇーのかよ』と表情が物語っている。
それも一瞬。隼平は『やっぱりな』と納得したような表情をした。
「ちょっと陽斗かりるね〜」
言葉はとても柔らかく、表情は真面目で有無を言わせず、というような矛盾した態度で山岳部メンバーに声をかけた。あまりの迫力に誰も何も言えなかった。
それから俺に向き直り、至極真面目な顔をして言った。
「携帯持って付いてきてくれる?」
俺は隼平の真面目な様子に素直に従うしかなかった。
体育館から駐輪場に向かう細道の間で急に隼平は立ち止まった。隼平はいつもよりも、早足で歩くので俺は少し小走りになった。くそ、足の長さはここでも出るのかと俺は思う。
俺に向き直り、携帯を確認するように言った。俺は隼平の言う通りに携帯をみた。
「えっっ?」
第一声は驚きだけだった。あまりの驚愕の内容に感情が理性よりも先に溢れ出す。
「なっ……なんだよ……これっ」
俺の携帯を持つ手が震えた。
俺は文面を最後まで読まずに、隼平の胸ぐらに掴みかかった。手は依然として震えていた。
「隼平、これ……知ってたのか?」
激しい口調で隼平に問いただす。
少し考えれば分かったはずだが、その時の俺は頭に血がのぼっており冷静に考えることができなかった。何より直接本人に聞かなければ納得できない。
隼平は辛そうな表情で言った。
「俺も昨日知ったばかりだよ。ほら……練習試合後に……すぐに伝えれなくてごめん」
本当に申し訳無さそうな、やるせないような表情で隼平は謝った。
当然だった。
親友である隼平が俺にずっと黙ってる理由はなかった。隼平だって知らなかったんだろう。そう思った瞬間、氷を胃袋に突っ込まれたかのように、冷静になってくる。
冷静になった俺は脱力感から、胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「こっちこそ、悪かった」
俺は隼平に謝った。なんで俺はこんなにすぐに冷静さを失うのだろう。自己嫌悪になってくる。昨日もそれで勇士と喧嘩したというのに……
「俺もこんなに急だとは思わなかったんだ。今からでも間に合う。空港へ行こう」
隼平が焦ったように俺に言った。
そう言われて俺は逡巡した。そうしたい気持ちがとても大きかった。
いや、そうすべきだ。頭では理解している。
今会わなければ、今度はいつ会えるか分からない。考えるまでもない。喧嘩別れなんて後悔しか残らない。
けれど身体が動かない。どうしてだろう。
今の俺じゃ、新たな生活に立ち向かおうとしている勇士に釣り合っていないように思う。
ずっーと昔ーーそれこそ子供の頃から知っている、一緒に遊んできた親友だからこそ、新たな門出を送り出してあげたいと思う。
けれど、今の俺はうじうじ言ってるだけで何も成せていない。何者にもなれていない。何故か、それがとても恥ずかしいと思った。
大切な大切な親友だからこそ、真っ直ぐな心で送り出してあげたかった。
ほかでもない、大親友の勇士だからこそ……
だから、俺は行かないという選択をする。
俺はラ◯ンに返信をする。
『部活を辞めたことを後悔するかもな。俺たちは優勝するからなっ。次会うときは俺は覇者になってるからなっ。見送りいかねーぞ。練習しないとな。だから、勇士も頑張れ!』
俺の精一杯の強がりを文章として打ち込む。
その見栄こそが、俺から勇士への激励だった。
その日、勇士は北海道へ転校した。
理由は、まあ、ありきたりな親の離婚だった。勇士は研究者の親父さんについていくことになっていたそうだ。勇士の親父さんは、研究者気質でのめり込むと、食事も忘れて研究に没頭する。家事のできない父親が心配で勇士か聡志のどちらかは親父さんに付いていこうと兄弟で話していたそうだ。また、北海道は親父さんの生まれ故郷でしばらく車で行けば祖父母の家もある。
それに加え、勇士も科学が好きだった。親父さんが勤めることになる、科学の専門学科のある大学は、勇士の第一志望となるだろう。
対して、弟の聡志はこっちに残るそうだ。母親は看護師という仕事上、夜勤もあった。
その為、部を辞めることはない。
ギリギリまで言わなかったのは、しんみりした空気になりたくなかったからだそうだ。
ラ◯ンの一文を引用すると『最後に部を起こすというバカをしたかった』という一言に尽きるだろう。
最後の一文はこう締めくくられていた。
『夏が終わると転校すると決まってるのに、心が揺らぎそうになったじゃねーか。陽斗、すごい部作ったな。俺が手助け出来ないのが悔しいよ。ガンバレ!』
全てが合点のいく内容だった。部を作るときも最後まで、部に参加する意向を見せなかったのも頷ける。自分は転校していなくなるからだ。一カ月足らずで辞める部に参加するのは辛かったんだろう。
そして、試合後に怒ったのも……
俺がいつまでも勇士頼りにしていたことを気付いていたんだ。ずっと勇士をエースに考えてた。それを本人にも伝えていた。なんて残酷な仕打ちだったんだろう。
試合後にそこまでいうなら勇士が部長になればいいと言ったことが、勇士の逆鱗に触れたのも頷ける。
勇士はそうすることが、したくてもできなかったというのに……。
だから俺は勇士がしたくてもできなかった部活をやり遂げることにする。
勇士に会うのは、部活をやり遂げてからだと願かけをした。




