コンプレックス
卓也は俯きながら、ポツポツと話し始める。
俯いているせいで表情は見えない。
「……俺……ずっとコンプレックスだった……何に対してだと思う?」
「えっ?」
一体何というべきなのか?
『えっ?』としか返しようがない。
冗談を言えるような空気ならば軽く『〇〇だろ?』ってお喋り感覚で言えるが、とても冗談なんか言えそうない。
絶句してしまった俺に対して卓也は顔を上げ歪な笑顔で言った。
「何て言われても気にしないからさぁ……。言ってみてよ。恨まないからさぁ」
少し声が震えていた。
俺は恐る恐る言うことにした。
「……じゃ……じゃあ言うぞ。その……当ててしまっても落ち込むなよ」
一応予防線を張る。
俺だって、心を傷つけたい訳じゃない。
「その……あの……た……体型か?」
「……」
一瞬の沈黙後、卓也が苦笑した。
「だよなぁ~。そっちだと思うやんなぁ~」
ん?
そっちとはどっちだ?
俺の解答は間違いってことか?
俺は心の中で首を捻る。
「俺ね~、体型はそんなに気にしてないんだ。食べるの好きだし。食べる量減らしてまで痩せようとは思ってないし。それに俺、微かに自慢だったんだ。この体型でも人より素早く動けることがさ。……それなのに昨日は……動けなかった……」
あー、そっか。
言われてみればそうだ。
素早い動きは俺でも舌を巻くくらいだ。
どこからその素早さが生まれるか分からない。いうならば、卓也のガードをしていた相手チームの『ネズミ』を『スモールネズミ』と例えると、卓也は『BIGねずみ』とも言えるだろう。
素早い卓也がディフェンスを抜けれなかったのは、同じく素早い相手にマークされたからだった。
相手チームの他のメンバーがディフェンスだったら、卓也は簡単にディフェンスをかわせていたに違いない。
でもそれは仕方ないことだった。
物事には運というものがある。
簡単な例でいうと、テスト勉強でヤマが当たった時は、自分よりもできる奴より良い点を取れることがある。
今回もそう運が悪かった。
先生が前もって選手の得意なプレースタンスを漏らしていたのだから。
「それはしか……」
『それは仕方ないじゃないか』と慰める言葉が卓也によって遮られる。
「そんなんじゃない!!」
卓也の一際大きな声が体育館に響いた。
『じゃない』がかすかに木霊する。
いつの間にか須藤先輩や、晃平の手も止まっていた。時間が止まったように立ち止まって俺達の話を聞いていた。
卓也は興奮しながら叫ぶ。身体はぶるぶる揺れている。
「あいつ、試合中にに何で言ったと思う?『君も素早さが取り柄なんでしょ?身長ないもんねー。身長ない分、自慢に思ってた素早さで自分よりもチビに負けるってどんな気分?』だとよ。ふざけんなっっ。そうだよっっ。俺は身長がないのがコンプレックスだよ。だからこそ、素早い動きが勝負のスポーツでは何でもソコソコ出来たんだ!!テニスだって、サッカーだって、野球だって、水泳だって、ソコソコ出来るつもりだったよ。ただ、身長が圧倒的に有利なバスケを除いては……だから……授業中の練習だって疎かにしてた結果、ドリブルが苦手なんだ。」
興奮して怒鳴っていたくせに、『だから〜ドリブルが苦手なんだ』の最後の部分に関しては声が徐々に小さくなっていき、聞こえにくかった。
そっか身体がぶるぶる揺れていたのは、卓也なりの怒り方だったんだ。
何とも無いことだが、今日初めて俺は卓也の怒り方を知った。
同時に卓也が器用貧乏だということも知った。どんなスポーツでも、卒なくこなすくせに、何か一つのスポーツに特化してることはない。『それなり』という表現が正しいのかはわからないが、どんなスポーツでも『それなり』に出来るのだ。
もう一つ分かったことがある。
相手チームの『ネズミ』もまた、身長がコンプレックスだったんだろう。だからこそ、素早さを磨いた。たぶん、素早さだけが取り柄なんだ。
それを裏づけるのが、ネズミは後半戦ではレギュラーではなく控えだったからだ。
パッスパにはガードメンバーとしてレギュラー入りしていた。
今更ながら先生から貰った相手チームのプロフィールには、陸上部で走り幅跳びを専門としていると書いていた。それをみて、跳躍力の高さに妙に納得してしまった。
俺が何とも言えずにいると、奇妙な静寂が体育館に張り詰める。その静寂さえも破ってくれたのは卓也本人だった。
「だから、俺はドリブルの練習をする!!」
その時の表現はいつもの卓也らしく、少しはにかんだ笑顔だった。
ただ、笑顔とは裏腹に、言葉には断固とした決意をひしひしと感じた。
言葉には魂が宿るという言葉を聞いたことがある。それは知識として知っていたが実際に体験したことはなかった。
でも、大袈裟とかじゃなく、本当に言霊のように感じてしまったんだ。
時は動き、須藤先輩と卓也は片付けの手を動かし始めた。俺もウォーミングアップを始めようとした。ふと、視線が晃平にいく。
視線が合った。
晃平はまだ立ち止まったままだった。何か言いたそうである。
「なんだ?」
俺はストレッチをしながら聞いた。
晃平は意を消したかのように俺に告げた。
「俺、試合のレギュラーから外して欲しいんだけど……部活は楽しいからさ辞めたい訳じゃなくって……その……控えにしてもらえたらなぁ……って」
「はぁ!?」
あまりにも可笑しな話につい素で聞き返してしまう。
部活は辞めたくないけど、試合には出たくないってことなのか?
頭の中で晃平の言葉の意図を考えている間に、卓也がつかつかとやってくる。
「それはもう話し合っただろ!」
卓也が晃平をギロっと睨む。
「そんなんだけど……やっぱりいくら考えても俺が試合に出ると皆の足を引っ張ると思うんだ。」
晃平も負けじと卓也を真っ直ぐみて言う。
そうだった。
俺が隼平や勇士と親友なように、晃平と卓也もまた親友だったな。
「そうじゃないだろ?」
卓也が晃平に鋭い声で言う。
「晃平、チームに迷惑がかかるというのは只の言い訳だよな?」
「言い訳なんかじゃない。本当に俺だって勝ちたいんだ。勝つには俺が試合に出ないほうがいい」
「お前が試合に出なかったら勝てるといってるのか?」
「うん、そうだよ」
「そんな訳ないよな。お前が試合に出なかったら、今度は他のメンバーが集中ガートに合うだろうな。それは昨日も話したろ?それは分かってるはずだ。いくら他のメンバーでパスを回したところで、たった一人、集中ガードされたら点数は全く入らない。そういうルールだからだ。それなら、一番マークしやすそうな相手を誰だってターゲットにする。運動部経験がなくて、身長もない俺や晃平をな」
俺は一切二人の会話に口出しできない。
そういう雰囲気ではなかったからだ。
卓也はいつもの喋り方が嘘のように、鋭い言葉の刃を放っていた。
俺でさえ、言葉が氷片になって皮膚にブスブス突き刺さるのではないかと感じるほどだ。
「卓也はいいじゃないか?運動神経いいんだから……本戦でもターゲットにされるのは……きっと……きっと……俺だ!」
『俺だ!』という所を一際大きな声で晃平は言った。
晃平もまた卓也を睨んでいた。
「やっぱりそうじゃねーか!晃平はさ、チームに迷惑をかけるのが嫌なんじゃない。自分がターゲットになって惨めな思いをするのが嫌なんだよ。だから試合から逃げてんだ」
卓也の言葉が、氷片から氷魂になった。
傍観して聞いている俺ですら心臓に氷片が、みぞおちに氷魂が突撃した。
晃平は顔を真っ赤にして頷いた。
「……そうだよ。僕は自分だけが下手で、集中攻撃を受けたくない。自分だけがマークされて動けない。そんな試合を繰り返してたら自己嫌悪になる」
少し俯きながら返答したので表情は見えにくかったが、目が少し潤んでいるようにみえた。
「やっと認めたやん!」
卓也がニマっと笑う。喋り方はいつものトーンだった。
「あのな、俺気付いたんやけど、このスポーツは昊みたいにオールマイティに全ての技術を磨かなくていいんだ。そりゃあ、昊みたいに何でもできたら戦力にはなるし、数人はそんなメンバーも必要だ。でもそれだけじゃあ勝てない。時には、ブロッカーを引き付ける人間も必要なんだ。いいか、このスポーツは何か1つ取り柄があればヒーローになれる。晃平だってヒーローになれるんやで」
「えっ?」
「何か一つ、誰にも負けない動きを作ればいい。ジャンプ力、瞬発力なんでもいいんだ。晃平なら……そうだなぁ……持久力だな。自分はスポーツができないと思ってるだろ?でもな、登山もスポーツなんだ。自分の体力を温存しつつ、如何に息を切らさずに一定のリズムで登れるかが重要だろ?晃平はほとんど息切れしないだろ?それって、『心肺機能』が強いってことなんだよ。俺も詳しくは知らないんやけど、うーん、たぶん……体内に取り込んだ酸素を上手く血液に乗せて取り込めてるんじゃないのか?それってすごいんだ。強靭な心肺機能があれば、ハードな動きを試合中ずっとこなせるんだから。バテずに、試合終了まで動けるってすごいことなんだぜっ!」
「そうなのかなぁ……そんな簡単なもんじゃないと思うけど……」
「いや、そうだよっっ」
俺は突然会話に割り込んだ。
なぜって……突然閃いたからだ。
「晃平がずっとハードな動きをキープできるなら戦略の幅はずっと広がるよっ!相手のブロッカーの体力を消耗させてくれたら、後々の試合運びが楽になるもんな。ほら、何ていうんだっけ?相手チームのフォーメーション奔走?じゃなかった。翻弄だな。翻弄させてくれよ」
晃平は目をパチパチをさせた。目からウロコが落ちたような表情だ。
そして小さな声で呟いた。
「俺にできるかな?」
「ああ、できるさっ。俺が保証してやる」
卓也がニカッと笑いかけながら、晃平の左肩を叩いた。
「痛いよ……卓也」
そう言いながらも表情は晴れ晴れとしていた。晃平もニマっとはにかんだ。まるで何かの憑き物が落ちたように見えた。
場内円満な雰囲気になったところで、体育館の入口から声がかかる。
「取り込み中に悪いんだけどちょっといいかなぁ」
珍しく汗を垂らしている隼平だった。




